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2009.09.24
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カテゴリ: 読書/歴史系
紀元324年、ライヴァルのリキニウスを敗走させ、
ただ一人の最高権力者として内戦を勝ち残ったコンスタンティヌス。
帝国全体の一新を企て、自らの名を冠した新都コンスタンティノポリスを建設。
帝国の絶対専制君主として君臨したコンスタンティヌス帝は、
旧来の安全保障の概念を放棄し、キリスト教を特権的に振興。
ローマをまったく別の姿に変えてしまう。
それは中世のはじまりの姿だった─。



ローマ人の物語(37) (新潮文庫)


コンスタンティヌス帝により、
40年ぶりに、一人の皇帝に統治されることになったローマ帝国。

ところが、コンスタンティヌス帝は、首都をビザンティウムへと移します。

そしてビザンティウムを、
コンスタンティヌスの都という意味の、コンスタンティノポリスと名を改めます。

ここでもう完全に、ローマ帝国は、かつてのローマ帝国ではなくなってしまいました。。

皇帝が市民の第一人者であり、ファミリア(運命共同体)であったかつての帝国は、
絶対君主制に形を変え、中世となっていったのですね。。



コンスタンティヌスは、キリスト教を公認した人ですが、
この人がいなかったら、キリスト教はローカルな宗教のひとつになっていただろうということですから、
歴史におけるこの人の登場は、とてつもなく大きな出来事だったのですね。。

108Pにこんな言葉が載っています。

『ローマ人は三度、世界を支配した。初めは軍団によって。次いでは法律によって。
そして最後はキリスト教によって』


なるほど。
わかりやすい歴史の流れだなぁ

ただし、コンスタンティヌスは、自分自身がキリスト教信者であったわけではありません。

塩野さんが、
『現実世界における、つまりは俗界における、統治ないし支配の権利を君主に与えるのが、「人間」ではなく「神」である、とする考え方(アイデア)の有効性に気づいたとは、コンスタンティヌスの驚嘆すべき政治センスの冴えであった』 (122P)
と書かれているように、政治手段としてキリスト教を利用したことが、
その後の歴史の流れを決定的にしたのですね。

びっくり

そして、当時のキリスト教への改宗者への多くは、信仰心からではなく利益からだったってのも、
なんか意外でした。

次はどうなっていくんだろう、ローマ帝国…。

次巻の文庫化まで、また一年待ちたいと思います





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最終更新日  2009.09.24 10:44:23
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