チル と 木のチル



    ~~~ チル と 木のチル ~~~



 チルは、庭の木を、ぼぅ・・・と眺めているのが好きでした。
その木の樹齢は100年くらいで、ひいひいおじいちゃんの世代に
植えられたと言われる木です。

 チルはこの木が子供の時から大好きでした。冬になると葉が全部落
ちて少し淋しいけど、春になると葉がたくさん生えて、花を咲かせます。

 チルは明るくて優しい子で、友達にはチルルンと呼ばれていましたが、
それは小学校の時までです。

 中学に入ってから、仲の良かった友達にいじめられるようになり、学
校に行かなくなりました。

 かと言って、家の手伝いをするわけではなく、勉強もするわけでもな
く、布団の中で丸くなって、ぼぅ・・・としているか、庭の木をただただ眺
めているだけでした。

 こんな日がもう5年続いているのです。ですから、お父さんにもお母さ
んにもいつも怒られてばかりいます。

 だからチルは、いつも、死にたい・・・死にたい・・・。。。と考えているの
です。

 でも、去年亡くなったおばあちゃんが、そんなチルに言いました。
「自殺をした人は、神様に木にされて、何百年も身動きひとつとれ
ず、死んだ時の苦しみや、死ぬ直前にまで感じていた気持ちを、ずっと
抱えていかなくてはいけないんだよ。だから、どんなことがあっても、自
殺をしてはいけないんだよ。」

 チルは、その話をぼんやり聞き流して、信じませんでした。
「神様なんているわけないじゃん。。。人間は死んだら終わりだよ・・・。。。
この苦しみや悲しみから解放されるんだ・・・。。。」

 チルは、ずっと引きこもるようになって、学校にはずっと行っていない
ので、友達もいなくなりました。だから、友達と遊びに出かけることがな
いので、刺激がありません。だから、考えは、いつも暗い方にいってし
まうのです。

 また家族とも話をすることがなくなり、家族と暮らしているのに、何日
も声を出して話すことがありませんでした。

 それは、おばあちゃんが死んでからますますひどくなっていました。

 お父さんは仕事でいないので、あまり怒られませんが、お母さんから
は、毎日毎日、ちょっとしたことで怒られてしまいます。

 それが嫌で嫌で仕方ありませんでした。

 妹の智香は明るくて元気で友達が沢山います。それに、学校の成績
も良いので特にお父さんにかわいがられています。チルにとっては怖い
だけのお父さんです。そしてお母さんのことも怖いと思っています。

 チルは昔は元気で明るくて、妹思いの優しい子でした。だけど、いつも
心のどこかで、智香ばっかり・・・。。。と不満を感じていました。

 お父さんもお母さんも、チルには、
「お姉ちゃんなんだから!!」「お姉ちゃんでしょ!!」
と、そればかり言われていました。だからチルはいつも我慢をしている子
でした。

 だから、子供の時のチルは、庭の木に抱きつくことが好きな変な子でし
た。だけど、この木に抱きつくとなぜか元気がもらえる気がしました。

 それに沢山の思い出もあります。お父さんが枝からロープを吊るして、
ブランコを作ってくれたり、木陰ではお母さんがよく絵本を読んでくれて
いました。そして、シートを敷いて、妹や友達と、暗くなるまでおしゃべり
をしたり、サンドイッチを食べたり、まんがを読んでいました。おばあちゃ
んのお話も楽しかった・・・。。。

 時々お父さんやお母さんに怒られたときは、木に抱きついて、いつま
でも離れることはありませんでした。

だけど、それは、もう何年も前の話・・・。。。いまはそんなことはしません。

「死にたい・・・。。。死んで楽になりたい・・・。。。」

 チルは、毎日そう思っていました。

 そしてとうとう、その日が来てしまいました。

 お母さんと大ゲンカをしたのです。ほんのちょっとのことがきっかけでし
た。だけど、チルは今までのうっぷんを爆発させるかのように、大きい声
で怒鳴り、そして泣き叫び、暴れました。

 チルはその日の夜に、木にロープを吊るして、首を吊って死にました。
ほとんど発作的な行動でした。。。


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 気が付くと、チルは明治の後期にタイムスリップをしていました。けど、
自分の体はありませんでした。意識だけがあるようでした。

「ここはどこ???」

 でも、すぐに分かりました。そして、チルは気付きました。

 チルは、自殺をしたため、神様に木にされていたのでした。

 チルは木になって、何百年も身動きひとつ出来ず、じっとしていなくては
いけなくなったのです。

 そして、首を吊った時の苦しみ、痛み、死ぬ直前にまで持っていた心の
気持ち。それをずっと抱えていかなくてはいけないのです。

「おばあちゃんの言った通りだ・・・。。。」

 初めは小さな苗木でした。チルは自分が植えられている場所が、自分
の家の庭だと言うことに、すぐに気付きました。

「わたしは、ひいひいおじいちゃんが子供の時に、植えられたんだ・・・」

 チルは泣きました。泣いて泣いて泣きまくりました。それは何年も何十
年も続きました。

 そして、それと同時に、ひいひいおじいちゃん、ひいおじいちゃんの時
代の生活の営みを見続けていました。

 やがて、歳月が流れ、この家におじいちゃんが生まれました。
チルはおじいちゃんを写真でしか知りませんでした。

 チルは、おじいちゃんの成長も見守りました。

 おじいちゃんは、とてもわんぱくでした。おじいちゃんは空手をやていた
ので、木のチルにわらを巻いて、毎日毎日何百回も拳で突くのでした。

 木のチルは、痛くて仕方ありませんでした。だけど、若いおじいちゃんが
強くなっていくのを見ているのが楽しいと感じていました。

 やがて、おじいちゃんは、おばあちゃんと出会い、結婚をします。そして
お父さんが生まれました。

 ちょうどその頃、おじいちゃんは戦争に行って、2度と帰ってきま
せんでした。チルは悲しくて仕方ありませんでした。

 チルは、今度は、お父さんの成長を見守ることにしました。

 お父さんも実はいじめられっ子だったのです。だけど、お父さんはチルと
違い男の子なので、時々、チルがしていたように、木に抱きついていまし
たが、おじいちゃんのように、木のチルにわらを巻き、拳を突いて鍛えてい
ました。

 木のチルは痛くて仕方ありませんでした。だけど、お父さんは強くなっ
て、いじめに負けないくらい強い心を持ったのです。

 やがて、お父さんに彼女が出来ました。チルのお母さんです。とてもき
れいな女性です。もし、木のチルも自殺をせずに、生きていれば、お母
さんのようなきれいな女性になっていたかもしれません。

 お父さんとお母さんは、とても仲が良く、木のチルの前で色々と話をし
たり、キスをしたりもしました。そして、二人は結婚しました。チルが生ま
れたのは2年後でした。


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 チルは子供の時から、庭の木が大好きでした。そして木のチルも、チル
が大好きでした。

 チルが3歳の時、智香が生まれました。その2~3年後から、チルは、木
のチルに抱きつくようになりました。

 怒られたときや淋しいとき、悲しいときは、いつも木のチルに抱きつきま
した。そして、木のチルも、チルをなぐさめてあげていました。

 木のチルは、チルを見守り続けました。そして気がつきました。木のチル
は生前、自分はお父さんにもお母さんにも好かれていない・・・愛されてい
ない。。。と感じていました。

 だけど、間違っていました。お父さんもお母さんも、チルのことをと
てもかわいがっていて、大好きで、とても愛していました。妹の智香と比
べて、どうしてわたしだけ・・・。。。と不満を感じていましたが、違ってい
ました。。。

「ただわたしが、忘れていただけなんだ・・・。。。」

 そう気付いたとき、木のチルは泣きました。

 ある日、幼いころのチルが、木のチルをじ~・・・と見て、ポツリと言いま
した。
「どうして泣いてるの???」

木が泣くなんてことはあるのでしょうか?普通なら誰も気が付きません。
でもチルは気が付いたのです。

木のチルは、気付いてくれたことに、うれしいと思いました。 
だけど、木のチルが答えることは出来ません。 
チルはおばあちゃんに聞きに行きました。

「木も生きているからだよ。自殺をした人が、神様に木にされて、何百年
も身動きひとつとれず、死んだ時の苦しみや、死ぬ直前にまで感じていた
気持ちを、ずっと抱えていかなくてはいけないんだよ。だから、木は時々、
それを後悔して泣くんだよ。」
「自殺ってなぁに???」

 木のチルは、無邪気だった自分を見て、また泣きました。
「あのね、木はね、生きてるんだよ。そしてね、時々泣くんだよ。だから、
こうしてあげると喜ぶんだよ。」
 チルは智香にそう言って、木に抱きつきました。

「あたちも、おねーちゃんも泣くよ。」
「そうだよ。だから、こうしていると、元気がもらえるでしょ?それにこうし
てると木に抱っこされてるみたいで落ち着くよ。」
「うん!」
 そう言って智香も一緒に木のチルを抱きしめました。

 それは、お父さんやおじいちゃんも、悲しい時や淋しい時、元気がない
時に、こうして、抱きついていたことでした。

 お父さんは、それをおじいちゃんに教えてもらい、チルはお父さ
んに教えてもらったことでした。

 木のチルはまた気付きました。
生前チルは、木に抱きついたり、ただ、ぼぅ・・・っと眺めているだけで、
心が落ち着き、さわやかな気持ちになっていたということを・・。。。

 チルは木からエネルギーをもらっていたのでした。そして木のチルも、
チルだけではなく、妹の智香やお父さんやおじいちゃん、ご先祖様にも、
ほんの少しだけど、元気を与えていたのでした。木のチルは今まで気付
きませんでした。

 智香がしばらくして言いました。
「・・・でもママに抱っこしてもらった方が落ち着くね・・・。。。」
「・・・・・・・(^^;;;;;;;;」

 チルは智香が生まれてからお母さんに抱っこされることが激減していま
した。それは仕方のないことなのでしょうか・・・???

 チルの頭に浮かぶ言葉は「お姉ちゃんでしょ?」「お姉ちゃんなんだから」
です。


 やがて、チルは中学生になり、いじめられるようになって、学校へ行かな
くなりました。

 木のチルは、あと数年で、チルが自殺することを知っています。
「なんとかしなきゃ!なんとか元気になってもらいたい!!」

 チルは、毎日毎日、木のチルに抱きついたり、ぼぅ~~っと眺めていました。

「お願い!元気を出して!!!」

 木のチルは毎年冬になると、葉を全部落としてしまいますが、春になる
とまた芽が出て葉がつきます。そして、赤い花も咲かせます。
 でもそれでは、木のチルの言葉や気持ちが、チルに届くことはありません。


 そして16歳の夏・・・。。。

 チルはお母さんと大ゲンカをししました。チルの興奮はいつまでも納まり
ませんでした。

「だめーーー!!!死んだらだめー!!やめて!!おねがいっ!!!
神様お願いします!チルを助けてください!!」

 木のチルは叫び続けました。だけど、チルはあっさりと首を吊りました。


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 チルが次に目覚めたのは、病院のベッドの上でした。

「・・・・???? わたし・・・生きてるの???」

 お母さんが言いました。
「枝が折れたのよ・・・。。。」

 チルは泣いて泣いて泣きじゃくりました。
「助けてくれたんだ・・・。。。助けてくれたんだ・・・・。。。」

 お母さんは何を言っているのか良く分かりませんでしたが、チルの意識
が3日ぶりに戻って、安心して泣きました。

「おかあさん、ごめんなさい!おかあさんごめんなさい!!」

 しばらくして、お父さんや智香も来ました。そして4人で泣いたのでした。

 数日してチルは家に帰りました。そしてすぐに庭の木を見に行きました。

 チルは驚きました。家族全員が驚きました・・・。。。

 木は枯れ果てていたのでした・・・。。。

 チルは考えました。。。
「あれは夢だったのかな・・・???」

 チルが自殺をした時、奇跡的に枝が折れて、結果的に未遂で済みまし
たが、意識不明の状態が3日続きました。

 チルは長い長い夢を見ていたのでしょうか・・・???

 だけど、チルは、このことをずっと忘れたりしないでしょう・・・。。。


 何ヶ月かしてチルは以前のように明るく元気なチルになっていました。
 家族との仲も良くなり、友達も出来て、とても幸せな日々を過ごしています。

 そして時々、チルはお父さんとお母さんにだけしか分からない結婚前の
二人のことを、からかったりするのです。





         ~~~ おわり♪ ~~~


ちるとちか


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