ぐうたらたぬき途中下車

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2011年01月13日
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さてさて、東急・世田谷線から戻って、再び八幡市駅周辺の散策を再開したいと思います。

八幡市駅から東へ200メートルほどのところに「飛行神社」があります。

京阪八幡市駅周辺 飛行神社飛行神社

京阪八幡市駅周辺 飛行神社同上

京阪八幡市駅周辺 飛行神社エンジンの展示

入口を入ったところは、ガラス張りの大きなケースがありました。その中にはエンジンが展示されています。説明によると、航空自衛隊のF-104戦闘機に使われていたエンジンだということです。

境内に入ってみました。

京阪八幡市駅周辺 飛行神社ゼロ戦の機首部

上の写真は「零式艦上戦闘機(ゼロ戦)」の機首部で、昭和58年(1983年)、大阪湾で底引き網にひっかかったものだそうです。

京阪八幡市駅周辺 飛行神社拝殿

神社らしからぬ拝殿です。ちょっと見た目には、ギリシャの神殿のような柱が立っていますね。でもれっきとした神社です。

京阪八幡市駅周辺 飛行神社顕彰碑

「二宮忠八 1866-1936  妻 寿世 1873-1929  わが航空界の先駆者二宮忠八翁をたゝえる  航空幕僚長 空将 〇〇〇〇」と書かれています。

二宮忠八は、伊予の国(現在の愛媛県)八幡浜の出身で、ゴム動力による「飛行器」を考案しました。当時、陸軍で上層部に研究継続を願い出ましたが却下されたということです。

退役後、大阪の製薬会社に勤めながら資金を蓄えました。そして、故郷と同じ地名の八幡の地に移り住み、独力で飛行機研究に打ち込んだということです。

しかし独自の資金で研究を続けるには限界があります。もし資金があって研究が進んでいたら、世界初の有人飛行はライト兄弟ではなく忠八だったかもしれません。

志半ばでライト兄弟の成功を知ったのち、忠八は飛行機開発から離れますが、やがて飛行機事故で亡くなった人々の鎮魂のため、大正4年(1915年)、私財を投じて神社を創建しました。晩年には自ら神職についたといいます。

昭和30年(1955年)、忠八の次男が神社の再興にあたり、現在に至っています。

境内の鳥居は航空機によく用いられているジュラルミン製だそうです。






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最終更新日  2011年01月14日 01時19分29秒 コメント(2) | コメントを書く
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