京阪の八幡市駅から南へ、東高野街道沿いの散策です。石清水八幡宮の一の鳥居を右手に、安居橋を左手に見て、八幡橋まで来ました。
八幡橋の碑
石標には「八幡橋 右 志水町 十二丁 左 橋本町 十一丁」と書かれています。右(南)に行くと志水町(現在の八幡清水井付近)、左(北)へ行くと橋本町です。
もう一つの面には「右 奈良街道」と書かれています。まっすぐ右(東)に向けて行くと、八幡市内を抜けて田辺(現在の京田辺市)、奈良へと続く道です。八幡橋を渡って南へ向かへば東高野街道です。石標には「川口 十五丁 下奈良 二十丁 上奈良 廿五丁 内里 三十丁 上津屋 一里 岩田 一里六丁 大住 二里 田辺 二里半 木津 五里 奈良 六里半」と読めました。川口から岩田までが現在の八幡市内です。
八幡橋の由来についてはよく分かりませんが、この石標を見ると交通の分岐点、あるいは出発点だったように思えます。
八幡橋の東側に、「念佛寺(ねんぶつじ)」というお寺があります。
念佛寺
同上
「天照山光明院念佛寺」というそうです。天慶年間(938年~947年)、「阿弥陀聖」「念佛聖」とも呼ばれる空也上人が開祖で、「空也念佛堂」とも呼ばれていたそうですが、慶応4年(1868年)1月の鳥羽伏見の戦いの時、官軍の砲火によって焼失したということです。
「戊辰史蹟念佛寺」の石碑
同上
境内には比較的新しそうな御堂がありました。
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