八角堂の手前にあった「水月庵」の石碑。
「水月庵」
水月庵(水月寺)は、ここから南南西の方向にさらに20分ほど歩いたところにあります。かなり離れているのに道標が置かれていることは、この道(東高野街道)が主要道であったことを意味しているように思えます。
さて、実際の水月庵は、以前ご紹介した円福寺(達磨堂)の西にあります。タイトルは「八幡市駅周辺」としていますが、実際には樟葉駅のほうが近いです。
かつては緑に囲まれていたのでしょうが、周囲は宅地化されました。
水月庵(水月寺)
「水月庵」の碑
お寺の山門前に置かれた由緒書によると、水月庵は、もともとは「阿弥陀堂」と称していたといいます。天明初年(1781年)、越前から霊宗尼という人がやって来て、円福寺の住職のもとで修行しました。やがて水月庵は尼僧の禅道場として名が知られるようになったということです。
ところでこの由緒書には、「何と云っても円福寺が近いので尼僧道場にふさわしく無い」という理由で道場は京都に移ったと書かれていました。男の僧が尼僧の近くにいては修業の妨げになるという意味なのでしょうか。たしかに円福寺まで山続きのようで、直線距離で200~300メートルしかありませんから、修業の場としては近すぎたかもしれません。
将軍・徳川家茂に降嫁した皇女和宮の死後、そのお付きだった人が、この水月庵で出家し、その菩提を弔ったということです。お付き女性が賜った和宮愛用の打掛けが残されているそうです。
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