黄檗山萬福寺の総門前、一対の龍目井(りゅうもくせい)の間に、「駒蹄影園碑(こまのあしかげえんひ)」という石碑があります。

お茶は中国から伝わったとされていますが、中でも鎌倉時代の二人の僧の役割が大きかったようです。
一人は曹洞宗(そうとうしゅう)を開いた栄西(えいさい)禅師で、お茶の種とともに、お茶を抹茶にして飲む習慣も日本に伝えました。
もう一人が明恵(みょうえ)上人で、彼は廃れかけていた華厳(けごん)宗を立て直し、京都の栂尾(とがのお)に高山寺(こうざんじ)を建てました。栄西から分け与えられたお茶の種を各地に広めたといいます。
伝えられている話によると、こうです。
あるとき明恵上人が馬に乗って宇治にやってきました。畑仕事をしていた農民に声をかけ、大事に持ってきた袋の中から茶の種を取り出し、この畑にまいて欲しいと頼みました。
農民は、見たこともないからまき方も分からないと言いました。そこで明恵上人は、畑の中に馬を乗り入れ、たくさんの馬の蹄の跡を作りました。そしてこの蹄の跡に種を植えればいいと教えました。そしてお茶の効用もいっしょに教えたのです。
写真の「駒蹄影園碑」は、明恵上人への感謝とその功績を讃えるために、大正15年(1926年)に宇治郡茶業組合によって建てられたものです。
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