建仁寺(けんにんじ)(勅使門)
京都市東山区大和大路通四条下る
京阪本線・祇園四条駅より南東へ徒歩7分建仁寺は、建仁2年(1202年)に建立された歴史ある寺院です。元号がそのまま寺の名前になったんですね。
鎌倉幕府の2代将軍・源頼家が土地を寄進し、栄西禅師が開山しました。栄西は、南宋に留学して日本に臨済宗を伝えた人ですが、創建当初から臨済宗のお寺だったわけではなく、当初は天台宗や真言宗と禅宗とが並立していたそうです。比叡山(天台宗)や高野山(真言宗)の力が強く、禅宗だけではやっていけなかったようです。
室町幕府の時代には、中国にならって「京都五山」が制定され、その第3位となりました。
応仁の乱などで、創建当時の建物は焼失してしまいましたが、天正年間(1573年~1592年)ごろから復興が始まり、徳川幕府の後ろ盾もあって整備されました。
明治に入って臨済宗建仁寺派として独立し、大本山となりました。
上の写真の「勅使門」は鎌倉時代後期のもので、もともとは平重盛の六波羅邸の門、あるいは平教盛の館の門を移設したと言われております。
三門(さんもん)「三門」は江戸時代末期の建物で、大正12年(1923年)に、静岡県の安寧寺から移設されたものだそうです。「望闕楼(ぼうけつろう)」と名付けられています。「闕」とは御所のことで、御所を望む楼閣という意味だそうです。
法堂(はっとう)「法堂」は、明和2年(1765年)に建てられたものです。創建800年を記念して平成14年(2002年)に、小泉淳作画伯による「双龍図」が天井に描かれました。
本坊本坊が、拝観の入口で、国宝の俵屋宗達作「風神雷神図屏風」(レプリカ)などがあります。方丈(ほうじょう)や庭園、法堂などを巡って拝観できます。
「方丈」は、慶長4年(1599年)、安国寺恵瓊(えけい)が安芸の安国寺から移設したものです。重要文化財に指定されています。
ちなみに、風神雷神図屏風の原本は、京都国立博物館に寄託されていて通常は見ることができません。しかしちょうどいま、特別展「琳派 京(みやこ)を彩る」が開催されており、3つの風神雷神図屏風(俵屋宗達、尾形光琳、酒井抱一)がそろって公開されています。(11月23日まで。休館日あり)
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