教えない教育実践日誌

教えない教育実践日誌

教育と強制力の話



「教えない教育」なるものを提唱する平井雷太さんにであったのは、かれこれ4年くらい前のことですから、子どもたちが小さいときは、自分なりに悩んでいました。

いま大学生の娘が小学生のとき流行っていたのは、岸本裕史さんの『見える学力、見えない学力』という本です。いま流行っている、『百マス計算』で有名な陰山さんは岸本さんのお弟子さんです。百マス計算も確か岸本さんの考案だったと思います。

岸本さんの理論は、ものすごくコンパクトにまとめてしまうと、「子どもの学力は、毎日の積み重ねである」という事であり、日々の学習習慣をつけることや、テレビを見る時間を管理したり、食事をきちんととるようにすることが学力に直接関係があるというようなことでした。

子どもの通う小学校の先生とずいぶん話をしましたが、小学生の間は、誰かが家庭での学習の習慣を作る手助けをするのが一番いいようです。

もちろん、長い時間をやる必要はなく、簡単にできるものが良いような気がします。要は「勉強させる」ではなく、子ども自身が毎日机に座って勉強するのが当たり前という感じに持っていくこと。

子どもの通う小学校では、必ず日記を書くことになっていました。それと国語の本の音読。私はそれに岸本さんの作った算数のドリルを買ってきて、子どもと話して1日1枚と決めていました。ピアノを習っていたので、それにピアノの練習が10分くらいでしたっけ。

全部で30分もすればいい方でしたが、なるべく毎日やるように声掛けしていました。

学校の宿題が多いときは、それによってうちでやるものを減らしていましたし、体調が悪いときはもちろんパス。

小学生には毎日の勉強の計画を立てるのはむずかしいので、「ドリルを一日一枚」みたいな決め方がいいのかもしれません。「その日の復習をしましょう」なんていわれてもきっと困りますよね。

強制的にさせていた覚えはあんまりなくて、学校から連れて帰って、おやつを食べさせたら、しばらくして「はい、今日の分の勉強は?」と声を掛けて机に向かわせていたのです。

この話を他のお母さんにすると、「うちの子は絶対やらない」とか「テレーズさんちは優秀だから(ホントは違います)」と言われていたので、誰にでも使える方法かどうかは定かではありません。

はじめた時期は小学1年生からだったので、子どもが勉強や学校や宿題が新鮮だったからうまく行ったのかも知れません。2年目以降は、ほとんど「勉強しなさい」と言った覚えがありません。

ただ、夏休みは、宿題を済ませてから遊ぶという約束を取り付けて、結構うるさくさせていたようにも思います。実家の父が「教育ママだなあ~」といっていましたから。

強制力が必要なのは、「学ぶこと」には段階があって、ある段階まで行かないとおもしろさがわからないということがあるからなのだと思います。

算数の計算は、何度か繰り返してスラスラできるようになると、おもしろさがわかってきます。

漢字なども、ある程度読めるようになると、本を読むのが楽しくなるのですが、読めないものが多いといやになるんだと思うのです。

ピアノやバレエのようなものもそうで、基礎的な事をある程度身につけないと、本当のおもしろさがわかるところまでは行きません。

これを「わかる」から「できる」への転換と言ってもいいのかもしれません。「できる」というのは「身につく」事で、たぶんそこに行くまではある程度の時間、続けることが必要で、それを助けるために、ときには強制力を使う必要があるのだろうと思います。

「強制力」というのは、強い薬のようなもので、使わなくてよければそれにこしたことはありませんが、ここぞというときには必要なのだろうと思っています。

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