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恩師の写真が
少しお年を召されて
でも柔和なあのほほえみの恩師の写真が
今なぜ私と出会っているのだろう。

写真と、文と。最近思いがけなく目にしたのだった。
うわ、すごかったんだ先生、知らなかった。
すごい人の授業を受けていたんだ、でも
そんなすごさなんて微塵も感じさせなかったよね、先生。

そんな問いかけを写真に向け、してみている。


色画用紙を切っている私。
この今の私を作ってきた要素としての恩師。

先生、あの授業は他の普通の授業と同じように大人しく受けていた私だけど
ううん、私たちだけど
いつまでも心から離れないのはなぜでしょうね。
たぶん、、、とさっちも推測するところまでは来ています。
ついこの間までは、手作りの教材だから
自分で作った教材だから
思い入れがあるから
子どもにもその分の熱が伝わるんだろうと。

それだけではなくて

感動という動機をもらった。
その感動そのままに作ったんだよね?教材。
それを作るに至るまでも様々な事柄だけでなく
何より「人」に出会い、生きざまたちが重なって
織り成された珠玉であるけれど朴訥なあの授業。。

先生ご自身の感動を軸とした生の人と人とのつながりあってこその
あのあったかい時間。
忘れられるわけがない。

だからなんでしょう、先生。
担任と副担任、何か楽しそうに忙しがっていたよね。
先生たち、学校、ホント、楽しそうだった。
子どもたちに生き生きと働く(学ぶ)ことの素敵さを
私も見せていきたいな。
できるかな。

討論番組で
子どもたちの未来への可能性を摘まないために教育の底上げを!
というようなことを1人の女性(作家さん)がおっしゃっていた。

強いていうならば
「どこからでも育ってみせる」と思っている人間ばかりではないかもしれない。
今は特にそうかもしれない。
さっちは早くからそう思ってきたことを
自分が本来持っている力だと捉えてきたけれど
本当は周りにそれを許してもらっていた、育ててもらっていたんだろうなと
想像して少し幸せ気分に浸っています。

人生、小さな事柄においては自分の第一希望通りに進まないことがほとんどだけど
もっと大きな事柄に、、もっと単純で大きな人生の道すじにおいては
気の持ちようというか、周りがどうあろうと、わりと思い通りに生きていけるみたい。
どこから育ってもいいんだよ、
どんなことからでも育つ、
そんな生きる力を持たせてあげられるかなぁ。
それさえも許されない世の中にだけはNO!を突きつけて。
できない状況なら頭の中で文句をいっぱい言えばいい。
歌に、物語に、ベールをかけて隠して言ってもいい。

もう一度見直すと先生の顔、
まじめな中にも「へへ~んだ☆」ってな具合に顎を上げちゃって
「どんなもんだい」って言ってるようにも見えてきた。





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最終更新日  2008年03月08日 22時44分42秒
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