さすらいの天才不良文学中年

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狼よ生きろ、豚よ死ね

 狼よ生きろ、豚よ死ね

 女子サッカーで北朝鮮が勝ち、なでしこ日本が負けた(7月30日)。負けるべくして負けたのだろう、今更驚く程でもない。


女子サッカー


 ただし、北朝鮮が中国戦で行った、あの暴挙だけはいただけない。北朝鮮の執念でロスタイムに1対1の同点とするのだが、オフサイドと判定され結局1対0で負けたときのことである。審判に食ってかかったり、蹴りを入れるわ、で翌日の試合の日本戦は主力三人を欠いての闘いとなった。

 今回は、それでも日本女子サッカーが負けてしまったことについて、うんぬんするつもりではない。この試合の結果を広島から横浜に帰る新幹線のニュース・テロップで見て思い出したのは、「狼よ生きろ、豚は死ね」である。

 小学校低学年のころだったと思う。母親が買い与えてくれた絵本に、それはそれは恐ろしい画があった。満腹になっても美食を食べ続ける醜い様相をした金持ち達の絵であった。画は、テーブルを囲んだ中年や老年の王様然とした男達が食卓の上に山のように美食を積み、それぞれが箸やフォークで旨いものを頬張っているのだ。男達の体はぶよぶよに太り、顔は醜く弛んでいる。背景には黄金の屏風や豪華な調度品が並び、周りには妖艶な美女を侍らせている。美意識の欠片もなく、ひたすら醜悪な豚がどぎつい原色をした金襴緞子の世界の中で本能を剥き出しにして旨いものを食っているという画である。しかし、同時に、甘美さやエロチックの香りも漂うという不思議な地獄絵図である。

 正直に言うと、おいらはこの画に子供心に震え上がった。旨いものばかり食っているとこうなるのだ。粗食にしなければ、天罰が下るのだ。同時に、画に漂う退廃的で甘美な雰囲気に強烈な蜜の味があるようだ、ということも盗み覚えた。当然のことながら思考は混乱したが、それでも、幼心に豚は絶対に死ぬべきだと思った。狼よ、生きろと思った。それは、自分が豚になる恐怖の裏返しであると同時に、強烈な美意識が自分に植え付けられた瞬間であったのかも知れない。

 残念だが、この絵本は現存しない。我が家の母は物持ちが良く、恐ろしく古い物でもひょいと押入れから出してくるのだが、流石にこの絵本だけは出てこない。今から思えば、西遊記の一場面だったような気もする。孫悟空を瓢箪か何かの中に吸い込んだ化け物の宴会の一場面であったのかも知れない。そうでなければ、春本に匹敵するようなあのエログロ画が子供の目に触れるはずがない。

 話しを元に戻す。北朝鮮の乱暴狼藉は無論言語道断であるが、実は、彼らはある意味では狼ではないかと思ったのである。恐らく60年前の戦前の日本も、今の北朝鮮も、洗脳のされ方は似たようなもののはずだ。日本の特攻と全く同じことを今の北の若者が行っても不思議ではない。少し飛躍するが、今の日本は、あの絵本の中の豚になったような気がするのだ。おいらが震え上がった、あの画の美食に酔いしれる醜い男達そのものに日本はなってしまったのではないだろうか。「狼よ生きろ、豚は死ね」である。ハード・ボイルド好きのおいらが誤解を恐れずに敢えて言えば、北には狼の要素が残っており、そういう観点からは、北にも一部の理があると思っても良いだろう。念のために言うが、このことは北を擁護しているのではない。心のあり方を問うているのである。おいらは狂った狼でも良い、死んでも豚にだけはなりたくないのである。



おもしろき こともなき世を おもしろく

「おもしろき こともなき世を おもしろく」


高杉晋作1.jpg


 高杉晋作の辞世の句といわれる。

 実はこの句には、「おもしろき こともなき世に おもしろく」が正しいという説もある。

 だが、この「を」と「に」では意味が全く異なることに気付く。

 高杉の生きた幕末は閉塞感の漂う江戸時代末期にあって、変革が予測された。260年以上続いた江戸幕府の屋台骨がゆらぎ、世界の中で日本のあるべき姿を考えなければならない時代の到来であった。

 閉塞的で身分に縛られて生きる封建社会の崩壊を本能的に予知した高杉は、「おもしろき こともなき世を おもしろく」であれば、自分が主体になって面白い世の中にしてみせよう(世の中をひっくり返すぞ)という意味合いが強くなる。

 それに対し、「おもしろき こともなき世に おもしろく」であれば、面白くもない世の中におれはどうしたら面白く生きることができるんだ、というニュアンスが強くなる。

 そうだとすると、やはり「おもしろき こともなき世を おもしろく」であった方がダイナミックであり、かつ、面白い。

 さて、この句は病床にあった高杉が亡くなる数か月前に詠んだ辞世と云われているが、最近の研究ではどうもそうではないらしい。

 また、この句には下の句があって、「すみなすものは 心なりけり」とされる。

 しかし、下の句は功山寺挙兵の際に、福岡の勤王女流歌人で高杉を匿まったり、支援をしていた野村望東尼(ぼうとうに)の作である。

 この下の句の意味はプラス思考だから、「おもしろき こともなき世に おもしろく」の句の場合であれば、自分の考え方次第で人生は面白くなるとピッタリの下の句となる。

 いずれにしても高杉晋作が27歳で夭折していることを思うと、この句を考えることは感慨深い。




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