「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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さすらいの天才不良文学中年
与謝野晶子 橋本夢道 宇野千代 小林信彦
与謝野晶子に乾杯!
2月27日付の産経新聞を読んでいたら、与謝野晶子の記事が目に留まった。
四国高松で彼女の講演原稿が発見されたという。与謝野晶子と言えば、その才能が夫である詩人鉄幹の筆を折らせたという、短歌の天才である。
引き付けられて目を通す。唸った。
「人生には物質的なものから精神的なものまで、いろいろの楽しみが御座います。中にも精神的な楽しみの最も高い位置にあるものは『愛』と『学問』と『芸術』の三つであると信じます。
其等の片はしに触れても、人間に生まれた最高の意義が感ぜられます。私が常に歌を作って居りますのも此の喜びのためで御座います」
(彼女の講演原稿抄をそのまま引用)
思想家や哲学者は、言葉を持って人生を問う。作家は小説で人生とは何かを問いかける。芸術家は絵を描くことや音楽によって、人生を表現する。与謝野晶子は、歌によって人生を見つめていたことが良く分かる。
精神的な喜びに人間の意義を問うた、与謝野晶子に乾杯!
橋本夢道を知ってるかい(前編)
本日から三日間、関ネットワークス「情報の缶詰」6月号に掲載した「橋本夢道を知ってるかい」をお送りします。
橋本夢道を知ってるかい(前編)
「妻よ おまえはなぜこんなにかわいんだろうね」
自由律俳句の鬼才、橋本夢道(1903~74)の愛妻句である。この句の他にも夢道は、
「精蟲四万の妻の子宮へ浮游する夜をみつめている」
など、感動的な自由律俳句を多数残している。
1.自由律俳句の鬼才
自由律俳句の世界では、橋本夢道よりも種田山頭火(代表句「分け入つても分け入つても青い山」)の方が有名だろう。また、東大卒業後、生命保険会社の役員までしながらその地位を捨て、放浪した尾崎放哉(代表句「咳をしても一人」)も捨て難い。
しかし、二人と夢道が決定的に違ったのは、夢道が妻と家庭を愛し、無頼ではなかったという点である。
自由律俳句は異端の俳句と呼ばれる。しかし、五七五という定形律にこだわらない「俳諧自由・俳諧自在」という思想によって、大正から昭和初期にかけて盛んであったことを知る人は少ない。
また、自由律俳句を一行詩だという人もいるが、俳句には違いなく、五七五にこだわらない俳句と考えた方が分かりやすい。
2.夢道の生い立ち
夢道は明治36年、徳島県の片田舎に小作農の三男として生まれた。高等小学校卒業後15歳で上京し、江東区深川の肥料問屋に小僧として住みこむ。
大正11年、新聞で荻原井泉水の自由律俳句「君を待たしたよ 桜散る中を歩く」を見て感動したのが夢道の俳句人生の始まりであった。翌年、萩原井泉水に師事、自由律俳句を作り始める。
昭和3年、24歳で月島の畳屋の娘、荻田静子に一目惚れする。18歳の彼女と相思相愛の仲となり、二人は深く愛を誓うのだが、肥料問屋の家訓は「恋愛結婚は野合につき禁止」であった。夢道は静子にこの恋を諦めてくれと頼むが、逆に静子に説得され結婚を約束する。
2年後、二人は別居のまま結婚、子供も生まれるが、番頭に秘匿する。しかし、そのようなことが隠しおおせることもなく、発覚し馘首される(続く)。
橋本夢道を知ってるかい(中編)
3.俳句弾圧事件による入獄
昭和5年、夢道は輸入雑貨商で働きながら俳句作りに励み、栗林一石路と俳句誌「旗」を創刊する。いわゆる「プロレタリア俳句運動」を起こすが、特高による新興俳句弾圧事件に遭い、昭和16年から18年までの2年間余り投獄される。
当時の特高によるアカ狩りは度を過ごしており、季語「枯菊(かれぎく)」を使って俳句を作っただけで拷問されたという。理由は、菊が天皇の象徴だからである。それ故、「自由」という名が付いているだけで、共産主義思想の持ち主として特高は自由律俳人を弾圧した。
こうしてみると、当時の日本と今の北朝鮮との間に差があるとは思えない。
さて、このときの自由律俳句も迫力満点である。
「大戦起る この日のために獄をたまわる」
「うごけば、寒い」
「村は新緑 戸籍に死にし兵帰る」
「面会や わが声涸れて妻眼ざしを美しくす」
「初夏のさし入れべんとうのそら豆」
この「うごけば、寒い」という句には解説が必要である。冬の獄中で作った句であり、これほど状況を簡明に述べる句はない。夢道が監獄に入れられている間、妻の静子は毎日面会に来た。妻は夫の獄中も家と子供を守った。夢道の妻への愛情は増すばかりであった。
4.飢餓日記と妻への愛情
戦後は「新俳句人連盟」結成に加わり、反骨の俳人として終始する。他方で、夢道は製菓屋を営む。しかし、極貧の生活である。
「無礼なる妻よ 毎日馬鹿げたものを食わしむ」
この句も解説が必要で、妻を非難するのではなく、こういうものしか食べられない戦後の世相を非難しているのである。
「すいとん畳に下してきて不服を言わさぬ妻」
「さんま食いたし されどさんまは空を泳ぐ」
「天が不仕合せをたまわるごとし芋を食う」
「石も元旦である」
妻を賛美する句も多い。
「妻よ おまえはなぜこんなにかわいんだろうね」
「妻 鶴に近づくや 鶴 妻の美に驚きぬ」
「うぐいすの 匂うがごとき のどぼとけ」
「思い出のみつ豆たべあつている妻が妊娠している」(続く)
橋本夢道を知ってるかい(後編)
5.銀座月ヶ瀬のキャッチフレーズ
その後の夢道は、家業の製菓屋を銀座に「月ヶ瀬」として出店し、一応の成功を収める。何と夢道は「あんみつ」も発案し、キャッチフレーズまで作る。
「みつまめをギリシヤの神は知らざりき」
晩年、胃の調子が悪く国立第一病院で検査したところ、食道がんの末期と診断される。入院治療するが、がんは肺に移転しており、昭和49年死去(享年71歳)。
没後、第三句集「無類の妻」が第7回多喜二・百合子賞を受賞する。選者の評。
「夢道の作品の最大の特徴は、骨格の太い、スケールの大きい作句ぶりと独特の庶民性がみごとに融合している。口語調で親しみやすい表現であり、俳句の表現上の約束ごとを知らない読者にも深い感動を与える」
夢道は現在では昭和の芭蕉とも呼ばれ、故郷徳島の鳴門公園に句碑が設置されている。
句碑は千畳敷の高台にあり、そこから鳴門海峡の渦潮が一望できる。
句碑に刻まれた夢道の句である。
「熊ん蜂 飛ぶや鳴門の渦の上」
生涯金と名声には縁がなく、酒と俳句と妻をこよなく愛した人生であった。おいらもこういう人生に憧れるなぁ(この項終り)。
鎌倉文士骨董奇譚
青山二郎の「鎌倉文士骨董奇譚」(講談社文芸文庫)が面白い。
小林秀雄、中原中也など昭和の文人と交遊のあった異才青山次郎は、批評家、本の装丁家、骨董鑑賞家であった。
この本所収のエセーの中で青山が宇野千代について触れている件(くだり)がある。
実は、おいらは隠れたる宇野千代のファンである。
青山がその宇野千代について言及するエセー「最も善く出来た田舎者」を読んでいたら、「空想を抱かない女」という表現にぶつかった。
空想する女と空想しない女に分類しているのである。
無論、宇野千代を空想する女として表現しているのだが、これを押し進めると、空想する人生と空想しない人生になる。
空想しない人生というものは面白くないが、空想ばかりする女というのも如何なものだろうか。
この問題を突き詰めると面白い。
小林信彦「『あまちゃん』はなぜ面白かったか」(前篇)
小林信彦「『あまちゃん』はなぜ面白かったか」を読んだ。
神保町の東京堂書店で著者サイン本を売っていたからである。小林信彦はサインをしないので有名だ。
この本は、知る人ぞ知る週刊文春の連載コラム「本音を申せば」の2013年分をまとめたものである。このコラムが読みたいから週刊文春を買う人がいるくらいだ。1年間は52週なので、約50回分のエセーが掲載されている。
一読して感じたことは、小林信彦のポリシーである「反戦、反原発、反東京五輪」が相変わらず中心ではあるが、映画の話しが多くなっていたことである。
彼は昭和7年生まれであるから、今年82歳になる。だから、往年の映画の話しが多くなるのであろうか(余談だが、おいらの母が今年86歳になることを考えると、小林信彦が現役であることには感嘆する)。
さて、あまちゃんの話しである。
小林信彦の博覧強記振りから紹介すれば、朝ドラのルーツは新聞小説である。
新聞小説などに今の人間は興味がないに違いない。しかし、その昔、新聞の目玉は新聞小説だったのである。
その戦後の代表格は獅子文六であった。今、獅子文六を知る人はいない。第一、「シシ」ってどう書くかも知らないはずだ。石坂洋一郎と石川達三も戦後の新聞小説のエース格であった。戦前の第一人者だと永井荷風であろう。
時代が下って、おいらの世代のエース級は失楽園を書いた当時の渡辺淳一か。あの連載のときだけは、日経を定期購読していてホントニ良かったと記憶している。
その朝ドラは、正式には「朝の連続テレビ小説」である。第一作目の朝ドラはやはり獅子文六の原作であった。NHKは新人女優の発掘番組としても位置付け、第4作の「うず潮」では林美智子がデビューしている。
こういうことをさりげなく教えてくれるのが小林信彦なのである。このエセー、面白くない分けがない(この項続く)。
小林信彦「『あまちゃん』はなぜ面白かったか」(後篇)
では、「あまちゃん」はなぜ面白かったのか。
小林信彦の解説は神髄をついている。
あまちゃんは、「海女」と「アイドル」と「地元」という三本の糸をベースにした、アメリカの珍道中映画と喝破している。珍道中映画だから、毎回15分のドラマに毎回必ずギャグが入るという、今までにない発想の朝ドラだったのだ。
だから、面白かったのである。梅ちゃん先生もコメディだったから途中から引き込まれて観たが、ポリシーが違う。おいらはこの朝ドラだけは全回観た。主題歌のCDまで買ってしまった。
ついでに述べると、八重の桜が面白くなかったのは綾瀬はるかを主役にしておきながら、主役を無視して歴史を追うストーリーにしからであると小林は批評している。プロデューサーと脚本家が悪いのである。
閑話休題。
小林信彦の映画の話しは尽きない。その中で大島渚の俳優の決め方には唸った。
大島は、「一に素人、二に歌うたい、三、四がなくて、五に映画スター、六、七、八、九がなくて、十に新劇俳優」だったそうだ。
こりゃ、慧眼である。実際、大島は「日本春歌考」で荒木一郎を主役に抜擢している。
もう一つ。
大島の「戦場のメリークリスマス」でのデビッドボウイの役は最初ロバートレッドフォードになる予定だったという。
しかし、ここからが面白いのだが、アメリカの観客は映画が始まった最初の15分で分からなければ映画館から出ていくし、そういう映画しか観ない、と云う理由でロバートレッドフォードは降りたのだそうだ。
分かるなぁ、だからハリウッド映画はバカしか観ない映画なのだ。おいらの持論、「フランス映画に優るものなし」はやはり当たっている。
最後に。
小林信彦、曰く。本音で話す人間がいなくなった。かつては野坂昭如という人がいた。
そのとおりである。今の世の中さみしい限りである(この項終わり)。
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