南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し

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2005/01/20
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いまだかつてクルバン(犠牲動物)を屠ったことのない我が家では、幸か不幸か、地元住民ならではの生々しい経験を身をもってしたことがない。
しかし、周囲の人間の、クルバン・バイラム時期ならではの行動や反応を見聞きするだけでも、毎年のように新たな発見があるものだ。

 今日は、過去3年間のクルバン・バイラムを通して見聞きしたこと、感じたことを思い出しながら、書き綴ってみたい。

●1年目(2002年)

 私たちの住むスィテ(専用の庭や子供用の遊び場、バスケットボール・コートなどを有するマンションの総称)の住人は、私たちを除くと、ほとんど医師や弁護士、教師、ホテル・オーナーなどなど、教育程度も高い(はずの)中~上流階級の人たちである。
 一方、この辺りは新興住宅地で、次々建設される今風のスィテやアパルトマンと隣り合わせに、昔からこの地に住む農家が残っていたりする。庭には鶏が放し飼いにされ、家の前を通りかかると家畜の臭いが漂ってくる。
 そして、この辺りのスィテ、アパルトマンのもともとの土地のオーナーは、そんな農民たちである。土地を提供する代わりに、数戸の家を譲り受け、親戚も呼んで今では優雅なマンション暮らしであるが、肌に染み付いた感覚や子供の頃から受け継いできた習慣は、一朝一夕に排除できるものではない。


 わがスィテのすぐ後ろにあるアパルトマンの庭に、バイラム直前、合わせて3頭ほどの羊、ヤギが繋がれていた。
バイラム初日、子供たちが垣根(といっても鉄製だが)越しに見守る中、クルバンたちは順々に、手馴れた人たちの手で大人しく屠られていった。
私は初めてということもあって、怖いもの見たさ。途中から怖々見学に行ったが、すでに皮を剥がれるまでになったクルバンたちは、あくまで家畜としての運命をまっとうしているに過ぎず、哀れみは感じても、大抵の日本人の方が想像されるようなおぞましい恐怖感や残酷さは私は感じられなかった。

 というのも、私自身、幼い頃から、家畜を食用にまわすという行為、家畜を捌く風景に見慣れていたせいもある。鶏と羊という違いはあろうが、この仕事はいつも母親が務めていたため、私はその横で、鶏が足を縛られて紐で逆さまに釣られ、首を切って血を抜かれ、次には羽をむしられ・・・・という一連の作業を経て食肉に変わるところを、つぶさに見てきた。最後には、頭や足、羽を除くあらゆる部位が、食用になった。首や骨はガラ・スープに。内臓は煮物に。
 大小の違いはあれど、初めて見る気がせず、そしてほとんど衝撃を受けなかったと聞けば、ここを訪れてくださる方々に「信じられない」と愛想をつかれそうだが、それが正直なところである。

 ところが、クルバンを捌く風景を見慣れているはずのトルコ人の中にも、この習慣を毛嫌いし、野蛮だと非難する人たちが結構いることを知って、私は驚いた。
わが隣人。同じスィテに住む教育程度の高い(はずの)住人たちである。
バイラムの挨拶に行った隣人宅に、ちょうど何組かの隣人が集まっていた。話題は自ずとクルバンの話へ。
 「一体、この習慣はいつ始まったの?こんな野蛮な習慣、やめるべきなのに!」
 「後ろのアパルトマンで切ってるでしょう?あの人たちは田舎者だからねえ」
 「知ってる?4階のおばあさん。階段の踊り場で、クルバンの肉を焼いてたのよ。バルコンだと寒いからって」


 その頃はまだ、隣人たちの話すトルコ語を完全に聞き取れたわけではなかったが、大体そんな会話が繰り広げられていた。
当時は、ただ横に座って耳を傾けることしかできなかった私だが、イスラムの伝統で宗教的な意味を持つこの習慣を、ただ野蛮な田舎の習慣と片付けることには、さすがに反対したい気分だった。
 イスラム的伝統・習慣を重視しない(したくない)、都会派を自認する人たちにとっては、自分を「田舎者」と切り離して見せるためにも、少なくとも「野蛮」とうそぶいて見せる必要があるのだろう。
とりわけ、我が家のカルシュ・コムシュ(お向かいさん)である正義さん(仮名)夫妻は、その時の会話でも、さも嫌そうに眉をしかめつつ、クルバンを切る習慣と、アパルトマンの庭などでそれを行う人々を唾棄に付していたものだ。

 それでもこの年には、さすがに我がスィテ共有の庭でクルバンを切るような住人がいないことを知って、私もホッとしていたのだが・・・。



 クルバン・バイラム初日。まるで元旦の朝のようにひっそりとして、人の動きもまだない。連休になることから、親戚の家に出掛けたり、旅行に出かける人も多いので、駐車場の車も半分くらいに減っている。
クルバン・バイラムになると、カプジュ(住み込み管理人)だって暇を取って郷里に帰ってしまうのだ。

 前年同様、後ろのアパルトマンには2頭ほどのクルバンが繋がれていた。
なんとなく気になってバルコンに出て、後ろの様子を見ていた。
すると、我がスィテのバスケットボール・コートの入り口に3人の人影。よくよく目を凝らしてみると、コートの入り口に、クルバンらしきものがぶら下げてあるではないか!
 「まさか!」
こんな光景を目にすると放っておけない私は、デジカメを手にすると、すぐにエレベーターに乗り込んで階下へ。
3人の男性のうちふたりは白い服をつけていて、すぐに肉屋だということが分かった。
残るひとりは・・・
振り向いて私の顔を見た彼は、一瞬「まずい人間に見られた」というようにばつの悪い顔をしていたが、すぐにいつもの偉そうな勿体つけた表情を取り戻し、ブツブツと言い訳とも独り言ともつかないような言葉をつぶやいた。

 それは、前年、あれだけクルバンを切る人間を野蛮だ、田舎者だとけなしていたお向かいの正義さんだった!
そしてクルバンの羊は、私たちの目の前、バスケットボール・コートの入り口を囲む鉄製の框からぶら下げてあり、とっくに皮を剥がれ、その下には血溜まりまでできていた。
 開いた口が塞がらないとは、このこと。私はひとことも言えず、彼らの様子を見守った。
肉屋は、バケツに水を汲んできて、コートのコンクリートの床に溜まった血を一応洗い流したが、ピンク色の染みは、それから数日して雨が完全に洗い流すまで、なかなか消えなかった。
私は、後先のことは考えず、「証拠写真」として、クルバンの前でポーズを取る正義さんと肉屋をカメラに収め、自宅に戻った。

 わがスィテの庭で、しかもバスケットボール・コートなどでクルバンを屠った隣人は、後にも先にも、田舎者が大嫌いで、弁護士という職にある自称「アンタルヤ育ちの都会人」正義氏だけだった。






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最終更新日  2005/03/02 06:15:58 AM
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