南トルコ・アンタルヤの12ヶ月*** 地中海は今日も青し

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2006/01/10
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テーマ: 海外生活(7812)





「ビズィム・クルバンムズ・ゲレジェェェェッキ!(私たちのクルバン(犠牲)がやってくるよ~!)」

車の中から、私は向かいのメフ兄さんに電話を入れ、今そちらに向かっていることを知らせた。
開店休業中、もう長らく買い手を捜している向かいのレストランのオーナー、メフ兄さんが、実は今回のクルバンを切る役の名乗りを上げてくれていた。
クルバンはいいとして、さて誰に切ってもらおうか?カサップ(肉屋、屠殺職人)に頼もうか?となった時、メフ兄さんが頑として「俺が切る」と言い出してきかなかったのである。

カレイチの工事現場に到着。なかなか降りようとしない羊を、近所の若者たちに手伝ってもらって車から下ろし、庭のグレープフルーツの木にとりあえず繋いでおく。
あとは、私たちの「専属カサップ」の登場を待つのみ。
クルバンの羊は少々落ち着きなく、うろうろと階段を上り下りしたり、角を階段にこすり付けて紐から逃れようともがいている。
もうじき訪れる自分の運命が、羊には分かっているのだろうか。

我が家のクルバン羊


メフ兄さんは身だしなみを整え、真新しいセーターと清潔に洗われたチノパンで現れた。

私はちょっと心配になってメフ兄さんに尋ねる。
「今までクルバンを切ったことは?」
メフ兄はナイフの砥ぎ具合を確かめながら答える。
「初めて切るのさ。でも大丈夫」

メフ兄に言われて、エルカンは塩と水を持ってクルバンの羊に近付く。
祈りを捧げ、まず塩を食べさせ、その後で水を飲ませる。こうして、羊がクルバンとなる事実を受け入れたことになるのだという。
やがて、真新しいセーターの袖をまくり、ごく普通の黒いエプロンをつけたメフ兄がクルバンの元へやってきた。
最初に、クルバンの目を用意の布で目隠しする。エルカンともうひとり、昔メフ兄の厨房で働き、今も毎日メフ兄の手伝いに通っているムラットの3人でクルバンを横倒しにして動かないよう押さえ、メフ兄がクルバンの頭を後ろに反らせた。

「ビスミッラー(アッラーの名の下に)」

メフ兄がクルバンの首元にナイフをあてがい、何度も切り込んでいく。クルバンは鼻で荒い息をするだけで、悲鳴ひとつ出さない。間歇的に血がシューと音を立てて流れ出ていく。
断末魔になお足をバタつかせてエルカンや私の足を蹴り付けるクルバンの後足を逃すまいと、私は非情にも片方を右足で押さえ付け、もう片方を左手でぎゅうっと握り締めていた。


今回クルバンを神に捧げる当事者は、私自身である。
自分たちの選んだクルバンがどのようにして屠られていくのか、私には最初から最後まで見届ける義務があった。私には、今回の場合、自分たちの手を汚しながらクルバンを屠るということにこそ、真の意味があるような気がしていた。
1年遅れの地鎮祭が、ようやく実現しようとしていた。

現場の庭、グレープフルーツの木の根元を赤く染めた血は、あくまで清潔で濁りがない。血の臭いすら感じられなかった。

****


空気が満遍なく行き渡ったところで、後足首を縛ってグレープフルーツの太い枝からぶら下げ、皮を剥ぐ作業を開始した。
しかし、実際は十分に空気が行き渡っていなかったのだろう、皮剥ぎには思いのほか時間がかかり、メフ兄は皮の内側にナイフを当てながら皮を引き剥がしていく。
さらに、切れの悪いナイフと、クルバンを切るのが初めてというメフ兄の素人振りのお陰で、その後の解体作業も難航。途中で時計を見ると、自宅を出てからすでに4時間、午後3時にもなろうとしていた。
一番最後の後足に至っては、すでに相当疲れ切ったメフ兄は、解体しきれぬまま断念。

場所を現場の庭からメフ兄のレストランに移した私たちは、ビニール袋をかき集め、近所への分配分を用意し始めた。
カレイチにあっても古くからの住宅の多く残る地区に位置する現場周辺には、ゴミ拾いで生計を立てる老夫婦はじめ貧しい家族も結構住んでいる。全部で10袋ほどに均等に分け、ムラットに配りに行ってもらう。
頭、肺、肝臓、腎臓、胃、腸は、欲しいという人がいて遠慮なく差し上げた。掃除に時間がかかるが、美味しいチョルバ(スープ)や料理になるのである。
我が家には、解体されなかった大きな後足や背骨の一部、ふくらはぎなどが、功労者メフ兄には、あばら骨のほか残りすべての部分が残された。

午後5時。自宅を出て6時間後、すべての仕事を終えた私とエルカンは、ようやくセラップと子供たちの待つ自宅へ向かう帰途についた。
何ひとつ飲まず食わずの6時間が経過していた。


 (つづく)






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最終更新日  2006/01/13 04:35:13 AM
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