uniawabioyoyoの前立腺がん日記

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2023.11.04
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カテゴリ: カテゴリ未分類
現代ビジネスの記事の転載です。

だれしも死ぬときはあまり苦しまず、人生に満足を感じながら、安らかな心持ちで最期を迎えたいと思っているのではないでしょうか。

私は医師として、多くの患者さんの最期に接する中で、人工呼吸器や透析器で無理やり生かされ、

チューブだらけになって、あちこちから出血しながら、悲惨な最期を迎えた人を、少なからず見ました。

望ましい最期を迎える人と、好ましくない亡くなり方をする人のちがいは、どこにあるのでしょう。

*本記事は、久坂部羊『人はどう死ぬのか』(講談社現代新書)を抜粋、編集したものです。

医療は、言い方は悪いですが、所詮は人間の営為です。神の所業ではありません。病気は自然の現象です。

医療によって治る病気も増えましたが、すべての病気が治せるわけではありません。

治る病気は治せばいいけれど、治らない病気を無理に治そうとすると、悲惨な状況になってしまいます。

これはひとえに医療の進歩が原因です。高度な医療がなかった時代は、死を受け入れざるを得ないので、人は比較的きれいに死んでいました。

医療が進んで、死を押しとどめる治療ができたおかげで、助かる人も増えた代わりに、助からない場合は悲惨な延命治療になってしまう。

私が悲惨な延命治療をしてしまったのは、その実態を知らなかったからです。

副院長が人工透析を許可してくれたのも、若い私に医療の現実を経験させるためだったのだと思います。

死を押しとどめる医療が、いかに悲惨な状況を作り出すかということが、徐々に世間に伝えられるようになって、無駄な延命治療に対する否定的な印象が広がりました。  

よく、「私は延命治療を拒否します」という人がいますが、それで悲惨な状況が避けられると思っていたら大まちがいです。

医者ははじめから無駄な延命治療はしません。治療をするのは、わずかでも助かる見込みがあるからです。

やるだけやった結果、助からない場合に、悲惨な延命治療になるのです。

仮に、あなたが高齢になって、脳塞や心筋塞の発作を起こしたとき、あるいは誤嚥性肺炎(食べたものが気管に入って起こる肺炎)でも同じですが、

そのまま自宅にいれば亡くなる可能性が大だけれど、病院に行って治療すれば、わずかだけれど助かる見込みがあると言われたとき、病院に行かないという選択ができますか。

少しでも助かる見込みがあるなら、病院で治療してほしいと思うのではないでしょうか。それで助かればいいですが、助からない場合が、悲惨な延命治療になるのです。  

当たり前の話ですが、自宅にいれば悲惨な延命治療を受ける心配はありません。

だから、ぜったいに悲惨な延命治療を受けたくないと言うのであれば、助かる見込みがあっても病院に行かない覚悟が必要です。

逆に、助かる見込みがあるのなら、病院で治療を受けたいと言う人は、悲惨な延命治療になるリスクを受け入れる必要があります。

助かる見込みがあれば治療を受けたいけれど、悲惨な延命治療はぜったいにイヤというのは、両立しないのです。

厳しいことを言うようですが、そこまで考えておかないと、延命治療は受けたくないと言っていたのに、結果的に悲惨な状況になってしまう可能性が低くありません。  

好ましい状況を実現するには、尊厳死しかありません。悲惨な状況になりかけたら、治療を中止して死なせる。それが尊厳死です。

現在、日本では気管チューブを抜く等の尊厳死は合法化されていません。水面下では行われているようですが、違法なので公にはできません。

とは言え、患者さん本人と家族のためにすることですから、当然、許されてしかるべきだと思います。

しかし、実際に尊厳死をするとなると、家族も医療者も大変なストレスを感じます。

いつ人工呼吸器をはずすか、いつ強心剤や中心静脈栄養をやめるのかを決めるのは、簡単なことではないからです。

それによって一人の命が失われるわけですから、決断に迷うのは当然です。

日常で家族や自分の最期のことなど考えたこともないという人は、その場になってから慌て、戸惑い、うろたえることが多いです。

そのときは専門家にお任せと思っていても、今はインフォームド・コンセントの時代ですから、患者さん側の意思を尊重するというのが医療者側のスタンスです。

説明はしてくれますが、決めてはくれません。決定権は当事者に委ねられるのです。  

尊厳死や治療の中止は、確実に本人のためになることですから、早まったり遅きに失したりしないためにも、

ふだんから死に直面したときのことを、しっかりと考えておく必要があると思います。





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Last updated  2023.11.04 10:20:17
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