うさぎ屋

うさぎ屋

うさぎ庵



2000年夏、とある日の昼下がり。
ウサギ屋がひょんなことから店から車で2時間半かかる島根県邑智郡に
野菜の仕入れに通うようになって1年半。

ようやくなじんできた仕入先の農家を3軒廻り、最後の一軒に立ち寄ったときのこと。
その農家の庭先に立つと、目に入るのは田園の緑と山の緑と青い空、空、広い空、街中とは別世界…
思わず深呼吸し、運転の疲れも吹っ飛ぶ大好きな瞬間。

遠くまで見渡せる広々とした眺めの中にポツポツ見える民家は、ほとんど昔ながらの白壁や土壁に瓦屋根。
ゆるやかな谷あいの中腹にあって、早朝には雲海が見えるとか。空気おいしい。
いつまでも眺めていたくなる、お気に入りの場所の一つです。

その日は快晴、真夏の日差しは強いけど、緑の上をわたる風はヒンヤリほてった肌を沈めてくれるし、
西日に照らされた景色は輝いて、ゆれる草木がキラキラ、ピカピカ、一段ときれいだし、
思わず、「住むんだったらこんなところがいいなあ~」

「そこの家なら空いとるんよ」と、
それを耳にした眺めの良い庭を持つ農家の森脇さん。

森脇さんは私と同い年の娘さんを生んだ頃、出版された有吉佐和子の『複合汚染』を読み、
わが子に安全なモノを食べさせたい一心で嫁ぎ先の田畑を無農薬有機栽培に切り替えた御仁。
野菜に限らずモノを作ることが好きで、古布を再生してタペストリーやスリッパを作ったり
音楽や本にもアンテナを拡げ、ときどき詩をしたためたり、俳句を詠んだりの自称元悩み多き文学少女。

その元文学少女の指さす先は、放し飼いのニワトリが2、3羽かけまわる、
丈の高い雑草にハイビスカスに似た赤紫のマロウの花の咲き乱れる空き地。
その向こうに古い瓦屋根の一軒家。
背には大きな柿の木をたたえ、折れた煙突のある風呂小屋らしき離れも見える。

「ちっと見に行ってみる?」
ずんずん歩いていく森脇さん。
「ハ?、ハア~」
呆気にとられつつ、森脇さんの後をヨタヨタ追いかけるうさぎ屋でありました。

まさか私がそこを借りることが出来るなんて「あり得ない!」と…
                                             つづく

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