「007 スペクター」21世紀のボンドにスペクター
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恐竜境に果てぬ序章第2節5
恐竜境に果てぬ序章第2節・時空理論その5「四次元」
『出現』の反対語は何だろうと思った。あるいはごく普通の言葉として『訪問』があるなら、その反対語は何かと、首をかしげるのだが、語い貧しきゆえかどうか、浮かばない。
こんなラチもないことを連想したのも、田所の先日来の行動が『神出鬼没』となったからに違いない。
田所が次々見せる驚異の発明のうち、テレポーテーション、つまり空間移動そのものは、以前探検車の試作機でも見てはいたが、人間そのものが空間移動して出没すると、視覚的に何かが異なる。何よりこれは画期的交通手段である。
彼は私と違って悪ふざけをしない男で、その現われ方も何らかの予告をして、こちらに言わば心の準備をさせてから、おもむろに現われる。
ただし、この出現の形は、開びゃく以来空前の劇的光景であり、我々はこれに慣れてもいないから、そろそろ現われるとわかっていても、いささか不気味な場面を見ることとなる。
例えば机のまん前の空間が一部、陽炎のようにゆれてゆがみ、その中に教室の景色とは異なった質感、色調の空気がやはりゆがんで現われ次第に形を成してゆく。薄いアルミ板のようなものを曲げると、鏡のように映った景色がグニャリと曲がって見える。あんな感じに近い。
陽炎のような田所の姿は見え始めてからほんの数秒で、はっきりした輪郭を現わし、完全に空間移動した実物が私の目の前に立つ。
田所はテレポーテーションをいきなり目の前で使って鮮やかに消え去ったあと、数日して再び現われた。
その開口一番のセリフが何んとも憎たらしい。
田所「何んだ、俺の好物のチェルシーか何か、飴玉のようなものくらい用意してあるかと思ったら、全く何もないではないか ! それに、お前の机の前の電気ストーブは、座標数値としては誤差にあと一歩というほど小さいから、数十cm間隔を置く計算にやや苦労したが、移動の瞬間、ぶつからなくて良かった」
何をぶつぶつ言いたいことを言ってやがるかと無視したが、田所は田所で、私の反応なぞに全く頓着ない顔つきで、もう既に別のことを考え始めているようだった。案の定だった。本当にこいつは変わり者だ。
「ホワイトボード借りるぞ」と言うが早いか、田所は、私のホワイトボードにごくありきたりな空間座標軸を書いたすぐあと、少し離れたところに、正方形の見取り図のようなものを書き、さらにその正方形の上の一点から垂線とおぼしき真っ直ぐな線を立てて言った。
田所「先日念を押したように、ここから先は、俺が経験したことを拡大解釈した話が入る。現在、広く認められている説に刃向かうようなことも語らねばならぬ」
私「無論、承知だ。で、その図は何を表わしてるんだ ? 」
今回の田所の来訪の目的は、時間旅行の基本理論の講義だった。
田所「この平行四辺形のような四角形は、多分察したと思うが正方形だ。無論正方形を書くつもりで書いたのではない。話を簡略にするためにそうしたのだ。この便宜上の正方形は『三次元世界』を表わす。つまり我々の存在する空間の世界だ」
私「その中に縦・横・高さの三つが押し込められてるってことだな」
田所「そうだ。そして、その正方形から立てたこの直線は、実は第四の座標軸だ」
私「なるほど。四次元座標軸を再現したわけだな」
田所「さて村松、我々の住むこの三次元世界は、広大な宇宙空間が広がっているわけだが、良く小さい頃は、この宇宙空間はどこまで行ってもその向こうの宇宙空間があって、遂にこの宇宙は果てのない無限の空間が広がっていると、聞いたこともあるよな」
私「ああ。もっとも、それも中学くらいまでで・・・あ、これはまあ頭の余り良くない俺に限ったことだけどな、高校で物理学を教わる頃・・というよりは、俺の場合、自作ロケットを飛ばす遊びをし始めてしばらくする頃には、アインシュタインの相対論にも興味が出て来てな、空間は曲がっていて、我々には感覚的にとらえられない曲率によって、空間的に閉じているのであって、果てしなく続くものではないと、何かの本で読んだ時はややショックを受けた」
田所「それだ ! それでいい。話を進めやすい。それでは、お前も、空間には果てがないようで実はあることを、次元を低くしてわかりやすく説明した箇所なんかも読んだと思うが・・どうだ ? 」
私「ああ、多分こんなことかな。ただし間違ってたら指摘してくれ。俺が読んで面白いと思ったのは、地球儀か、でなきゃ、地球そのものを使ったたとえ話だ。
我々が住む空間をそのまま表現するのでは、宇宙空間に果てがあることを納得しにくいから、この空間世界を一次元下げて、平面世界にたとえたってことでさ。
ただし、この平面は、真ったいらなものではなく、ちょうど空間が四次元的に曲がって閉じていると同じく、地球儀のような球体構造で考えるとわかりやすいって話だけど・・。あ、もしかするとこんな例えだったかな。高さを認識出来ない二次元人が巨大な球体の上を、まっすぐ進み続けると、元の出発点に戻って来て驚くってヤツだったかな・・・違ったか・・ ? 」
田所「いや、ズバリだ。ならばさらに話は早くなる。すまぬが、続きは俺が受けながら、語らせてもらうよ。無論、二次元人などというものも存在しないから、これも例え話だろうけどな。でも昔『アウター・リミッツ』という外国のSFドラマに二次元人が出て来た話があったがな。さて、つまり、仮に俺がミクロ化して充分小さくなったとする。この地球儀の上に立って、ま、重力は働いていると仮定せねばならぬが、日本を出発して、ひたすら正確に北へ北へと進んだとすると、やがて地球儀の回転軸のところに達して、つまり想像上の北極点に到達する。くどいが、ここでの俺は、地球儀の世界を『平面世界』だと思っていることとする。昔の人間の地理観みたいなものだ。
さらに進むと、これは事実は北進するのではなく、北極点を越えて南下し始めることになるが、そのことをミクロの俺には感知出来ない。俺の前方には、日本を出発した時からずっと見えていた地平線あるいは水平線が、相変わらず見えているから、自分が地球儀という球体の上をゆっくり弧を描きながら進んでいる自覚がない。
広大で無限の平面世界をひたすら前方へ進んでいる感覚しかない。ところが、既に俺は北極点を南下して、地球儀の向こう側へどんどん進んでいる。
この前進行動をあくことなく続けた結果どうなるかというと・・。
やがて地球儀を正確に一周した俺は、元の日本の出発点に戻ることとなる。この時経験する現象は、奇怪至極なものに映るはずだ。俺はひたすら北を目指して進んだはずなのに、再びたどり着くことのないはずの出発地点に戻ってしまったと驚くわけだ。
要するに、この大宇宙はどこまで行っても無限なのではなく、『果て』、というよりも閉じた空間世界となっていると考えられる。もっとも、宇宙の体積が有限であり、無論膨張し続けていても、その時々をとらえれば有限であり、それでいてどこまで行っても、閉じた空間内を果てしなく進み続けるという逆の言い方も出来るがな」
田所の話は、少し科学やSFに興味がある者には常識とも言えるたとえ話だったが、私は彼の説明がもっとはるかに飛躍した凄まじい話になる予感がしていたから、ここで差し出がましいとも思ったが、思い切って話の腰を折った。
私「つまり、田所の書いた図は、今話したばかりの三次元を地球儀にたとえたように、形は違うが、今度は正方形という全き平面にたとえたわけか・・ ? 」
田所「その通りだ。ただ村松、三次元世界を地球儀にたとえたやり方のほうが、より現実に近いという気がしないか ? 」
私「それは、俺に聞いてるのかよ ? 人もあろうに天才・田所博士が・・」
田所「バカ言うな。この話に関しては、俺も仮説の域を出ぬところが多々あると言っただろう。第三者、それもあるレベル以上理解が進んだお前のようなヤツに確かめながらのほうが、話しやすいのだ」
私「そうか・・ハハ・・・なんか、光栄だな。あ、いや、お前の設定した三次元正方形とも呼ぼうか、それは、世界の果てが無きに見えて実はあることの説明に地球儀を使ったのとは、説明対象そのものが異なるんだから、当然、数学などで多用される座標軸系の見方で正しいと思うよ」
田所「ところが村松。・・・ここでもう一つ無視出来ぬ四次元座標軸の考えがある」
私「うわっ。俺みたいなカボチャ頭じゃ、金輪際理解不可能なイヤなヤツが出るんじゃねえかな。アインシュタインの特殊相対論の四次元理論だろ・・」
田所「村松、この際だから、本心は思い出したくもないことだが、話しておく。そもそも俺が元の大学を去った原因は、『相対論への疑問』を提示したことだ。実際はもっとドロドロした人間関係が根本にあって、『反駁理論』だけで大学を追われることはないがな。ま、これは今は措(お)くとして、このアインシュタインの特に『特殊相対性理論』への支持には、それこそ風林火山ではないが、山の如き不動のものがある」
私「まことに済まねえがよ、俺はその理論だけはサッパリわからねえ。ただ、光より速い物質が観測されたという話は仄聞(そくぶん)した記憶がある」
田所「話がこのあたりから、あちこちへ飛んで、ごちゃごちゃして来るおそれがあるのだが・・実は今さっきまで長々と話した、言わば『宇宙定積説』こそが、アインシュタインの理論によるものなのだ」
私「え ? じゃあ、最近の研究かなんかで、また別の説が出ているってのか ? 」
田所「まだ結論は出ていないが、宇宙は開いているという考えもあるのだ。つまり、空間的にはどこまでも無限に続いて、文字通り果てがないというものだ。こうなると、何か別の次元的要素を加えて考えねばならぬことにもなろう」
私「田所、また話の腰を折って済まねえけど、本論に戻らないか・・。あ、ただし、アインシュタインの四次元座標軸だけは勘弁してくれ」
田所「いや、俺も次第に頭の中がまとまらなくなって、面目ない。とりあえず、お前の言う通り、軌道修正しよう。村松、いよいよ時空の話に入るか・・」
私「ああ、それでいい」
田所「またも質問だが、村松、お前、『時間』というものは――『物理的時間』というものは、現実に存在すると思うか ? 」
これは意表をつく質問だった。第一、田所は先史時代という、とてつもない過去の世界と現代とを結ぶ実験を成功させたズバリもズバリ本人である。その人物自ら改めて「時間とは本当にあるものか ? 」とこの私に問うたのだ。
田所「たとえば、きょう俺がテレポートでなく、先日のように東名高速を使ってお前の家(うち)を訪ね、こうして今もお邪魔しているとする。お前の玄関のインターフォンは、新築時の配線の都合で電話を切ってあって使えないことを聞いていたから、果たして誰かが玄関口に出てくれるかどうか心配で、思わず時計を見た。午後一時過ぎだった。そして・・」
田所は今度は教室の掛け時計を見た。
田所「まだ外は明るいが既に午後四時くらいだ。先日ときょうとを同じ日として無理やり結び付けるが、ざっと三時間経っている。村松、本当にここまで『時間』というものが物理的にこの空間の中で、過去から今まで経過したと思うか ? 」
どうせ私が一人二役で書いていることだから、何か私が既に知っていたような書き方をすれば、またご都合主義と思われても仕方ないが、『物理的時間は存在しない』との仮説を私に語った人物が、これは実在する――という話をする必要がある。ただ、その本人が私に話したことを覚えているかどうかは疑問だが。
つまり学生時代も、もうじき終わるというある日、帰宅のため、これから渋谷へ向おうという井の頭線の『駒場東大前駅』切符売り場のところで、その同級の学生は「時間などというものは、便宜上人間が考え出した概念に過ぎず、時間というものは、物理学の世界で、法則・公式に基づく計算に使われるだけのものだ」と言ったのを覚えている。田所にその話をした。
私「俺の考えは、又聞きに過ぎねえけど、どうも『時間』というものは、人間の生理機能が感ずるだけの、設定上のものという気は前からしていたな」
田所「そうか。この考えを知る者は意外に多いと考えていいものなのか・・・。
相対論が余りにも時間と光とを結びつけて理論展開したせいで、時間の存在が決定づけられた感もあるな」
私「やはり物理量としての『時間』の存在を否定するしかないとしたら・・・田所は過去というものをどう解釈するんだ ? 」
田所「そう、過去とは『経験の痕跡』とでも呼ぶか」
私「経験の痕跡 ? 」
田所「ううむ、どう例えたら良いか、これは俺にもむつかしい。ここで少し方向性を変えてみるか。村松、お前の手製のボウガンがあったな。あれに矢をつけて何かに当ててみてくれ」
私は発射装置部分が壊れかけている手製のボウガンつまり洋弓銃を修理し、そばの発泡スチロール板に向って、一本矢を放った。矢は何とか刺さった。
参考写真。無為徒食の村松手製のボウガン。
田所「わざわざ済まぬ。だがな村松、このボウガンの矢が飛び出て刺さる勢いと、それから」と、彼は手に同じく発泡スチロール製の球の形のものを持って、軽くモーションをつけて、私の射た矢にぶつけて見せながら続けた。
田所「この軽い球の飛ぶ勢いとでは、明らかに『スピード――速度』が違うと思わないか ? 」
私「そ、それは確かにそうだな・・・」
私は実はあいまいに肯定の返事をした。田所が、まとめ方に困っているのだから、私に理屈がわかるはずもない。
田所「村松、『マッハ』という速さの単位は有名だな」
私「ああ、カワサキのかつての若後家作りバイクの名前としても有名だ。すまん、続けてくれ」
田所「ナニ、少し脇にそれても、いや、全く無関係でもなかろう。お前、このジオラマつきSF物語を専ら書くようになって、もう随分月日が経ったものだな。
でな、今思うと、お前にしては良くあれだけの意欲がわいたものだと、この俺が感心するのも妙だがまあいい。
あの時、『青木湖』という人工湖を作っただろ。最後は青に着色したごく狭い池のような水面と周囲の風景を撮影するところまで実現させた。たいしたものだ。
さて、わき道にそれるとは、このことだが・・・あの何枚かの画像の中に、俺の車ともう一台バイクを配置した画像があったが、フフフ、もうわかるだろ」
私「ああ、そのことか。お前も知っていたか。そうだよ、あのミニチュアというか、食玩バイクこそ、カワサキのマッハ・・・500ccだったかな。おっと調子に乗りすぎかな。済まねえ、さて続きだ」
田所「あのな村松、俺の話も実はこの物語の流れとは直接余り関係ないんだが・・」
私「かまわねえよ」
田所「うむ。つまり我々は中学の頃が初めてだったか、文字式や方程式に関連して、『道のり・時間・速さ』という言わば物理の初歩に於ける三要素みたいな量を教わったな。
あの時、マッハという速さの単位が頭に浮かんで、『なぜ道のりと時間だけ単独の単位を持っていて、速さだけはこの二つの組み合わせか』と不満だった」
私「さすが田所だな、不服を感ずる対象までがハイレベルだ。で、話はそれだけか・・」
田所「そうだ」
全く以て味もそっけもない話だが、田所は『時間』の存在を打ち消したいがために、こんなことを言って強調したともとれる。
私「じゃあ、本論に戻るんだな。続けてくれ」
田所「改めて聞くが、俺が人工湖出現の実験をする時、いや、正確には人工湖とついでに首長竜――プレシオサウルスを出現させたことが何回かあったが、その時、俺は機械の調整をしながら『時間』という言葉を単位用語として使ったことが一度もなかったことを、村松、覚えているか、それとも聞こえなかったか ? 」
私「ううむ。一人二役をやっている俺の口から言うのも妙だが、そう言われてみれば、確かお前は『座標を合わせて』とは良く言っていたような気はするが・・」
田所「その通りだ・・と、書かれている俺が認めるのも、これまた妙だが、俺は過去を現在に呼び込むのに、または現在から過去へ返すのに時間という要素を全く使わずに実現して来た。しかし・・・ここからがむずかしいことだが、ゆえに『時間は存在しない』と自信たっぷりに言い切るまでには至っていない」
私「なるほど。お前が理論展開の前置きに、控えめだったのは、たとえば今言ったようなことが関わるからか」
田所「そうだ。だが体験した範囲では事実だということで話を進めよう。村松、ここからかなりSF的な、言い換えれば非科学的な論調も混じる。
俺は『時間』という要素を時空移動理論からハズして、実際に過去の動物などを現代に呼び込むことに成功した。これから得た仮説の一つは、言葉は矛盾するようだが、時間の中を過去や未来へと行き来するには、アインシュタインの特殊相対論の『因果律の崩壊』を否定することでも可能に違いないということだ」
またも難解な専門用語が出た。
第一、アインシュタインの理論のうち、一般相対性理論と特殊相対性理論のごく大ざっぱな区別さえ出来ない私には、『因果律の崩壊』は言うもさらなりといったところだ。
とりあえず、私は『因果律の崩壊』の意味だけを関係書で拾い読みだけして、田所の講義に備えておいた。これも最近の日課の一つとなった。ごく簡単に言うと、『因果律の崩壊』とは「光速を超えると時間が逆転する」というこれも有名な理論ではある。
『時間』は物理量としては存在しないか、または少なくとも持論の実証に於いては無用の概念だと田所は言ったが、このあと彼がある有名な『超自然現象』の話を始めたのには、いささか驚いた。
田所「お前が、このブログの本文かコメントで以前ごく簡単に書いた話をもう少し詳しく再現することとなるが、それから、お前の記憶の間違いを訂正しながらということにもなるが・・・。俺が『時間』の壁を突き破るのに、高速度による運動に頼らずに実現出来たことを裏付ける傍証のような伝聞がある。俺たちが子供の頃、多分少年雑誌にも載って、一時有名になった『航空機接触事件』だ」
―その5了、
序章第2節その6
へつづく―
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