恐竜境に果てぬ第1章第3節その1

『恐竜境に果てぬ』第1章『先史時代』第3節・冒険と陰謀その1「暗躍の予感」(2015年12月10日開始)

女性メンバー早苗を新たに加えた冒険の旅はというと、白亜紀の恐竜世界の見学旅行のような形で始まり、ちょっとしたピクニック気分さえ感じさせた。田所が、事前に恐竜の所在を確かめていたようで、三人とも、バリアーに安全を保証されたリラックス・ムードで広い範囲を移動した。否、三人というのは勘違いで、田所は決してのんびりした気分ではなかった。ただ、残る私たち二人は、無表情とも言える彼の言わば引率により、あるエリアに何頭か固まって、先史時代の生活行動を見せる恐竜たちの姿を眺めて、いっとき過ごすと、探検車に戻り、次のエリアに向けて発進、走行し、やがて停止すると、別の恐竜たちの様々な動きを眺めることの繰り返しだった。

私たちは確かに、想像も及ばぬ数千万年の太古の地球上にいた。探検車型のタイムマシン試験運転以来、脅威という言葉をほとんど実感せぬ、言わばのんびりムードの時間旅行に私はすっかり慣れきって、さらに早苗も置かれた状況を知る由もなかった。
この楽観のツアーに緊張が訪れた。
田所は一通り、巨獣のいる一帯を巡り歩いて再び元の出発位置に正確に戻るとすぐに、この緊張感を我々に伝えたが、口調は彼特有の冷静さを崩さなかった。

田所「ヒル・アンドン教授から連絡が来た。二人とも今後は『敵』を意識して欲しい。単刀直入に言う。つい先刻の恐竜見物の間に、敵組織の複数の者たちが、我々に接近し始めたとの連絡だ。教授によれば、敵は現代世界の根拠地を出発して、とりあえずなのか、数人の要員をタイム・トンネル型の時間旅行機から、こちらへ送り込んだとのことだ。
何もいたずらに緊張をあおろうとするのではないが、村松、座席の発射桿以外に、以前教えた自動小銃などの扱いを今一度復習して、さらに早苗さんにも、間違いなく、いいか、繰り返すが間違いなく自在に扱える訓練をしてやってくれ。
試しに村松に今、古いタイプと同型で実は新型のもの、及び拳銃を渡すから、この場で指示通り、操作してくれ。横文字も使うかも知れぬが心構えはいいか ! ? 」

私「お、おう、何んでも寄こしてくれ」
早苗「あ、あの、敵と言っても相手は人間ですよね。その人間を射殺するのですか ! ? 」
田所「ある程度の緊張感をそろそろ持ってもらうために、あえて真剣に話しましたが、早苗さんに必ず射撃していただく命令ではありません。ただ、この際に話しておきますが、我々戦後の日本人は、銃砲を持ってこれを使うことを悪であるとみなす傾向が長年続き過ぎました。
しかし、アメリカ軍には女性兵士もいるし、日本の自衛隊とて、実際には人を射殺は出来ない法律があるものの、訓練では使っています。もちろん女性自衛官も同じです。

早苗さんは、銃火器使用に反感か抵抗感があるかも知れませんが、失礼ながら、あなたの拳法の技は、火を噴かず弾丸が飛び出さない代わりに、素手・素足が一瞬に相手に打撃を与える武器そのものなのです。拳法の精神は、また別にあるし、試合でもあるレベルの技を持つ者同士が緊張と集中のうちに闘うから、実際にはサッカーや柔道より、大ケガで身体不自由になることはまずないと、これは村松から聞いて知っていますが、村松はさらに、刃物を持ったならず者を相手に、これを半殺しにした経験があるとも話してくれましたし、犬を実際に殺したこともあるとも聞きました。
一応、不測の事態に備えるつもりで、一通り習得して欲しいのですが、やはり戸惑いがありますか ? 」

私「早苗よぉ、拳法は健全な武道だと思ってるんなら、今のうちに考えを変えて、現代世界へ帰れ。何んだお前、その程度の興味だけで、拳法やってたのかよ。それにしちゃあ、もっと高度な技を教えてくれと、あれだけしつこかったのは、何んのためだよ」
早苗「だって、あたし・・人を撃ち殺すなんて・・」
田所「村松待て。そんな言い方では脅迫に聞こえる。それなら、早苗さんの担当を、銃火器不使用との制限を設けて、変更しよう。その代わり村松、お前は心の備えをしておけ」
私「でも田所よ、俺たちはバリアーで安全なんじゃねえのか ? 」

田所「これは今になって申し訳ないが、バリアーも、防御エネルギーを消耗するぶん、常に安全無事というわけではない。特に万一銃撃戦となったら、防御壁が長時間の間に消耗して、次にエネルギー充てんして、復旧するまでは無防備になることがあるのだ。村松の腕力と武器所持を頼んだのもそのためだ」
私「そうか。何んか奥歯にもののはさまった気がしたのは、そういうことか。でも俺は今さら考えを変えるなんてこた、しねえぞ。問題は早苗だ」
田所「ここで机上の空論を続けても余り意味がない。決して変な意味ではなく、先刻話したように、早苗さんには、改めて考え直す余裕を与えてやろう。人一人殺害して、彼女が例えばPTSDにでもなったら、これは取り返しのつかない俺たちの責めにもなる」

平和ボケした我々に、猶予を与えぬ事態が発生した。
ヒル・アンドン教授(以下、ヒル教授、ヒル・アンドン、ヒルなどと書く「ミスター田所、緊急連絡事項伝えるよ。聞こえるか ? 」
田所「済まぬ。聞いた通りだ。話はお預けだ。ヒル教授、感度良好、よく聞こえます」
ヒル「わたし、やっと行動可能になったよ。敵の工作員が動き出したよ。もうすぐ会えると思うけど、対敵戦闘態勢頼むね」
田所「了解。教授、再会はまもなくですか ? 」
「ガーガー、ピピピ・・」

田所「ダメだ ! 妨害電波が入ったのかな。村松、自動小銃はあとだ。発射桿についてくれ」
私「了解 ! 」
田所「テレポート弾、発射用意 ! 」
私「用意よし ! 」
田所「十時の方向に敵の影発見 ! 射撃準備 ! 」
私「準備よろし」

もちろん、見渡したところでは、樹林以外、何も見えない。物陰から攻撃して来るつもりか。
田所「村松、試しに樹林に向けて威嚇射撃してくれ」
私「用意、てーっ ! 」
前方の樹木が一瞬で消えて、その向こうの景色が見えた。
田所「敵はバリアーを張っていない。警戒態勢で射撃待て」
私「田所よ、あれは助さんだぜ」

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久しぶりに佐々木助三郎元警官の姿が現われたが、何んとも無防備で、普段着姿で両手を上げ、ゆっくりこちらへ近づいて来た。
私「警官への恨みがあるから、このバカ、異次元へ飛ばすか」
田所「待て。彼は使者のようだ。こちらにはバリアーがあるから、降りてみるか」
私「俺が出る。一応、バリアー張ってあるしな」
私はハッチをあけて外へ出た。どうせろくな話し合いにはならないと用心してのことだ。
佐々木はジーンズのズボンにアロハ・シャツみたいな派手な出で立ちで、皮肉を言った。
佐々木「よう、田所の腰ぎんちゃくさんよ、久しぶりだな」
私「そういうてめえも、水戸黄門の家来にしちゃあ、リラックスした身なりだなぁ。マッポ(警官の蔑称)はやめたのかよ」

佐々木使者2.jpg

佐々木「これでも俺はタイム・パトロールの日本支部長だ」
私「どうせ渥美は、引っ込み思案で、お前一人だろ」
佐々木「バカ言え。もっと優秀な部下がそろってるぞ」
私「俺は気が短(みじけ)えんだ。用件をさっさと言え」
佐々木「きょうは使者として来た。お前ら、たった二人で、いや、もう一人女がいたなぁ。そんなショボい陣容で、俺たちに立ち向かう気かよ」
私「お前一人なら、俺だけで手玉に取れるぞ。一戦交えるか」

佐々木「いかにも俺一人だ。だから使者と言ったんだ」
私「てめえ、見え透いたウソつくな。こっちは、物陰のほかのヤツら、確認してるぞ」
佐々木「ほお、それは用意がいいな。でも、きょうのところは、ドンパチはやらない。無駄な抵抗はよせと忠告に来ただけだ。でも、サシでタイマン張ろうってのなら相手するぜ。これでも俺は格闘術のプロだ。道場拳法とは、チト違うと覚悟してかかれ」

私「田所よ、俺のバリアー、消耗するまでは解けないか・・」
田所「よし。俺が小銃で援護態勢とっておく。本当に一時解除でいいか ? 」
私「おう、マッポのにわか格闘術がどんなひ弱なものか、経験してえと思ってたんだ。こんなチャンスはめったにねえ。助さんよ、俺をみくびるなよ」
佐々木「それはこっちのセリフだ。行くぞ」
私は佐々木をにらんだまま、その挙止に集中した。向こうも恐らく同じと見えた。佐々木は私のほうを向いて構えたままだが、私は視線だけ彼に向け、わずかに身体の向きを変え、広い範囲をも視界に入れた。相手が一人であると複数であるとを問わず、拳法では広範囲を見ることを怠らぬ。ただし、格闘技の技の描写とは、こちらの考えをいちいち書いている余裕も必要もない。言わば客観描写をあえて文章に託すのみだ。本当の描写は勝敗が決まったあとから記述出来るのである。

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佐々木がこちらへ向かって、じりじりと接近し、突き・蹴り共に両者射程に入ったと思うまもなく、佐々木が何かの動きを見せた。次の瞬間、佐々木の身体が大きくゆれた。地面にドウと倒れたのだ。述べた通り、否、決着がついてさえ、転瞬の技の動きは書けないものだ。
実はこれが実力差著しい同士の格闘の形であり結果である。
警察官が特に直接打撃の空手高段者なら話は別だが、案の定、相手は警察道場で一通り柔道などを稽古しただけの技しか持たなかった。
余りにあっけなく、物足りなかったので、一つ相手の技に捕えられて、そこからさらに反撃しようと思った。

佐々木は既に屈辱に満ちた顔つきになっていたが、体力はあったに違いない。私がツカツカと近寄ると、負け惜しみのように、減らず口をたたいた。
佐々木「何んだ、この程度ならまだまだだ」
どっこいしょと余裕ありげな言葉を言い放って、起き上がろうとしたところへ、私はわざと手を差し伸べた。その瞬間、佐々木が私を投げ飛ばした。と見たのは一瞬のことに過ぎず、巴投げをかけられたと感じた直後、身体をひねって背負い投げに転じた。この連絡技に関する限り、彼は相当な高等技の持ち主である。私は飛ばされながら、利き足とは反対の左足の足刀(そくとう)を蹴り出し、地面を転がって、再び構えの体勢を作った。足刀(そくとう)とは、足先の外側を名前の通り刀のように形作る蹴りの型の一つで、直撃に成功すると、かなりの打撃になる。私が足刀(そくとう)を放ったのは、佐々木の胸のあたりである。

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今度は大きな口をたたく余裕はないと見え、その代わりに痛みをこらえるようなうめき声が聞こえた。
私は長年の警官への恨みもあり、ここで精神にまで傷を与えてやろうと、仰向けに倒れたままの佐々木にゆっくり近づいた。
私「おう、助さんよ、さっきまでの威勢のいいのはどこ行った。え ? 教えてちょうだいな。お山を越えて里越えて、表の通りへ飛んでったかい ? 何んだよ、人がせっかくものを尋ねている・・ ! 」
攻撃ならぬ口撃(こうげき)などという言葉はないが、もっと痛罵して心身共に、完膚なきまでに痛めつけてやろうと思ったのも、突然中断を余儀なくされた。

「シャーっ ! 」という不気味な音を発して、トカゲの化け物のような異形の生き物が、後足で立って樹林から、ピョンと飛び出した。
田所が「ラプトルだ ! 村松、バリアーが間に合わぬ。冷酷なようだが、お前だけ戻れ ! 」
田所の指示を聞いている余裕もあらばこそ、私に一べつくれた化け物トカゲは、すぐに地面に倒れている佐々木に視線を向けた。
この化け物の身体構造や、見るからに恐ろしげな前足のカギづめの凄さも、今や想像する余裕はなかった。

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本能的に身体が動いた。ラプトルが佐々木の身体に鋭いつめを立てて、何かを引っかこうとすると見た瞬間、私はわずかに頭部がむき出しになったヤツに飛びかかった。本能の動きとしか言えない中で、0、0何秒かの転瞬に考えたのは、飛びかかりざま、こいつの首の骨を渾身の力で折ってやれと自らに命ずるような回し蹴りを繰り出すことだった。ただ、無我夢中のことゆえ、背足(はいそく)で蹴らず、無意識に靴の堅い部分を当てていた。
「ウギャアっ ! 」と、ラプトルがのけぞって後ろへ倒れるのが見えたが、私の視界には、このラプトルが分身の術でも使ったように見えて、頭が混乱した。数頭のラプトルの仲間が樹林から次々飛び跳ねて出て来た。この一瞬の光景を、一頭が分かれたものと錯覚したのかも知れない。これでも私は一瞬で視界の敵を観察する集中力があったが、不気味なのは、ヤツらが思い思いの方向を向いて一見のんびりして見えることだった。それでいて、私を獲物と定めているのも確かだった。

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「むらまーつ、伏せろ ! 」と、明らかに田所でない何者かの声が、私に怒声を浴びせる大音を発した直後、私はなぜか地面に伏せていた。
「パンッ ! パンッ ! パパン ! 」と、乾いた音が立て続けに響いた。
バイク事故を起こしたその瞬間、もはや何がどうなっても構わないという思いにとらわれたことが思い出された。
それでもようやく地面に伏せたまま顔だけ上げると、数頭のラプトルがすべて倒れて、薄い煙を立ち上らせている向こうに、小銃の構えを解きかかったはげオヤジの姿があった。とっさに「田中角栄だ」と思ったのは、余程似ていると思い込んだ第一印象ゆえだろう。
初めて間近に見る『ヒル・アンドン』否、『ビル・アントン』教授の勇ましげな姿だった。

ヒルマシンガン.jpg

探検車のハッチから田所が珍しく興奮の面持ちで「ヒル教授っ ! 」と声をかけた。
ヒル「おおッ、ミスター田所っ ! ようやく会えたね。みんな無事で良かったよ」
このオヤジ、なまりのある日本語だが、なぜか支那人(中国人)を連想させるしゃべり方だと思った。
ヒル教授は、小銃をその辺の草っ原に無造作に置くと、私に近寄った。年配ながら体格の良い男だった。私はどうしたら良いかわからず、とりあえず礼を述べながら握手でもしようかと思ったが、彼はいきなり私にハグして、つまり抱きついて来た。

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ヒル「おお、むらまつの身体、鍛えられて、いい身体してるよ。ミスター田所からうわさは聞いていたが、お前さんは力のもちで優しいね。よしよし」
抱きしめた体からゆっくり離れてから気づいたが、ハグされているあいだ、かなりの力で締め付けられていた。
田所「村松、余計なことだが、教授は『気は優しくて力持ち』と言いたかったのだ」
こんなに興奮し続けて雄弁な田所を、初めて見た。
私「ビル・アントン教授、改めて感謝致します。危ないところを、ありがとうございました」
ようやくまともな言葉が出たと思ったが、ヒル教授は、無愛想な表情ながら、何んとなく笑みをたたえているようにも見えた。
ヒル教授は私から離れて、早苗に向き直った。小銃を置きっ放しのままなので、興味もあり、私はズッシリ重い小銃を拾って教授のあとに続いた。

ヒル早苗ハグ.jpg

早苗が目をキョトンとさせて、何やら当惑げだったのが、いささか可哀想だと思ったのは私だけだったろうか。彼女は私と佐々木の格闘の成り行きを心配と好奇心の入り混じった思いで、探検車を降りてすぐの場所で見守っていたが、所在なげにする彼女を見て、ヒル教授は、すぐに駆け寄り、声をかけた。
ヒル「おおー、ごめんなさいよ。日本美人にあいさつしてなかった」
早苗は「キャッ」と軽く悲鳴を上げたが、もうその時には先刻私にしたように、ヒル教授が、彼女のきゃしゃな身体にハグしていた。
ヒル「ミスター田所、お前さんの探検車、ん ? 今の発音で合ってるか ? 」
田所「見事な日本語です」
ヒル「わたし、ちょと疲れたよ。ミスター田所、ミスターむらまーつと一緒に・・、おーっ、ミステイク、もひとり、けが人いたね。みんなそのマシンに入れてもらっていいかな」

本来、二人用に設計した探検車型タイムマシンだが、この緊急時の直後、出来ぬことはない。やがて佐々木を加えた五人は、探検車に収まった。
ただし、佐々木は田所のベッドに寝かせた。
佐々木が使者と告げて近寄った時、ほかに仲間が隠れていたはずだと思い出したが、レーダー確認の結果、立ち去ったようだとわかった。ラプトルの襲撃を避けて予定の行動を中止したのかどうかはわからない。
ヒル「おお、狭いながらもいい我が家だね。このマシンの無限軌道車は、旧日本陸軍の97式戦車のものだね。日本陸軍世界一規律正しくて強かったね」
かなりよくしゃべるオヤジだった。
田所も久闊(きゅうかつ)を叙(じょ)したい思いが多々あったと察したが、初対面の私たちに愛想よく話しかける教授の様子を、今は静かに見守っていた。

次にヒル教授はベッドに横たわる佐々木を見つめた。私はこの時、我々のようには平和ボケしていない米国人の精神を垣間見た思いになり、彼の人柄を独断ながら察して、感動した。
ヒル「おお、彼は私たちの敵さんですね。でもね、不覚とは言っても、彼なりにはりきってやって来たのだから、ここで無理に説得するのは、彼に対する侮辱ですね。残りの敵さんたちが逃げた所を確かめて、送り返してやりましょうよ」
ヒル教授の言葉には、永らく我々日本人が忘れていた武士道精神に通ずる軍人精神があると思った。傷の手当もせず、このまま転送すれば、佐々木は、出発点で、敵なりの処遇を受けるかも知れない。結果のいかんを問わず、彼は敵側の一員の立場を取り戻すことは間違いない。ヒル教授の選択は正しいと判断した。ただ、その都度疑問が重なった。敵も量子論で陣容を整えているなら、その所在を我々側がどうやって確かめることが可能かなど。もちろん考えても無駄だから、いちいち口をはさむのはやめた。

田所はたちまちのうちに、ヒル教授の意図を察したか、佐々木を転送した。車内は言わば味方水入らずとなった。
ヒル教授「ミスター田所、ひしさしぶりですね」
田所「ええ、私も教授のお元気な姿を見て、うれしくてなりません」
ヒル教授「ん ? ミスター田所、ミステイク訂正するよ。久しぶりだね。お前さんも元気そうだね」
ヒル教授は再び早苗に向き直った。彼女がさきほどのハグを警戒したか、やや後ずさりするのがわかった。
ヒル教授「あなたはさなえさんですね。おう、漢字思い出したよ、田所に聞いてね、さなえさんは早苗さんと書くのですね。あなた、本当に美人ですね。私にもあなたのような娘が欲しかった。おっと、早苗さん、もうハグは一度したら、二度としませんから、ごめんね」

それにしてもよくしゃべるオヤジだ。軽々としかも正確にライフルを扱った印象が今は消し飛んだ。
ヒル教授「おお、これはミステイク。M16改を撃ったあとで、みなさん、驚いてるのに、私ばかりが、はしゃぎ過ぎましたかな。でもみなさん、私が射殺したのは、ベロキラブトルの仲間の小型肉食恐竜なので、こわがらないでくださいね」
恐がってなんかいないよ、お前さんさっきからよくしゃべるねと言いたいのをこらえていただけだ。そう言い返したいムードを、この年配オヤジは漂わせて、まんざら悪い気はしなかった。
ここで、田所とヒル教授は、操縦席に近寄り、何やら小声で真剣そうに話し始めた。
私と早苗に聞かれては困るのではなく、専門用語をまじえた難解な内容ゆえとも察しられたが、田所発明の探検車型タイムマシンの原理・構造の話もしているようで、時々「履帯(りたい)がどうのこうの・・」などという会話も聞こえた。

いっぽう、私と早苗は先ほどの佐々木との格闘の話を始めていた。早苗は、久しぶりに私の転瞬の応用技に関心を持ったようで、「師範代凄いッ ! あんまり速いから、あたし師範代が投げられて負けたと思って、とても悔しい気がしたの」と、称えてくれたが、私は皮肉を返した。
私「何んだ、『村松さん』が『師範代』に戻ったかよ」
早苗「いやよ、そんなイジワルしないで。じゃあ、言い方今までのにするわ。ねえ、村松さん、投げられた瞬間、『後ろ蹴り』使ったんでしょ。村松さんぐらいなると、利き足も反対の足も自在なのね」
私「とりあえず三段だからな。なぜかと言うとな、例えば『二段蹴り』を使うためには野球の名選手みてえに、両手・両足の切り替え出来なきゃダメなんだ」

早苗「じゃあ、あたしのレベルでよく教わったのは本当の二段蹴りじゃないのね」
私「そんなこたねえよ。女子の高校生がテレビで、インタビュー受けながら、見せることあるけど、あれも立派な二段蹴りだよ。特にああいうのは、少林寺拳法で正式の技になっているしな」
早苗「じゃあ、村松さんの二段蹴りは、空中で横蹴りを足と姿勢を替えて、二回蹴るのね・・。すごいわあ ! とても考えられない」
私「例えにするには失礼かも知れないけど、極真会館の創始者の大山倍達(ますたつ)氏は、跳躍能力がけたはずれの高さでさ、空中三段蹴りを使ったことがあるよ。でも二段蹴りも一瞬の状況で、同じ足を二回飛ばすのもあるよ。」

早苗は私のほうを向いて、二段蹴りを含む拳法談義に夢中で、気づかぬ様子だったが、逆に私は操縦席側を向いて彼女の話相手をしていたので、田所とヒル教授の真剣な表情での話し合いが気になっていた。
果たして、田所は教授に「失礼します」と軽く一区切りつけるあいさつをすると、私に視線を向けた。
田所「村松、改めて先ほどの技、見事だったぞ。シミュレーターでラプトル型の恐竜を複数倒した時は、実物でない映像だから、実戦への確信は正直わからなかったが、今、教授から話を聞いて、6頭のうち1頭は、お前の飛び蹴りで絶命していたことがわかった」
私「そうか。だがよ、自慢する気はねえから照れるなぁ・・」

ヒル教授「ミスターむらまつ、ホントに凄かったよ。お前さんの飛び蹴りで、一匹はけい骨を折られて即死だったよ。それから敵さんを倒した技も、お前さんは、ん ? わたしの日本語、文法がおかしくないかね・・」
話し始めてすぐなので、文法にミスがあるかどうかもわからなかったから、答えに窮した。
私「教授の日本語は、発音がいいので、すべてわかります」
田所「村松、佐々木を倒したお前の技についてな、教授は常に反撃と受けを怠らぬお前の強さを称えているのだ」
彼は通訳するように答えた。
私「ところでさ、むずかしい話は別として、今、教授とどんな話をしてたんだよ」

田所「ああ、主にこの探検車の、つまりタイムマシンの動力機能について、教授の質問に答えていたのだ。敵組織の複雑な話でもしてたと思ったか ? 」
私「何んだ、急に緊張がみなぎったから、てっきりその話かと思ったよ」
田所「もちろん、改めて教授から話があると思うが、お前たち大事なブレーンをつんぼ桟敷(さじき)におくようなことはないよ」
ヒル教授「ミスターむらまつ、ミス早苗、そろそろ敵の陣容と行動計画を、わたしの知る限りで、今から説明するね。なるべく、うーむ、かいまつんで・・」
田所「教授、そこは『かいつまんで』と言いますが、言い換えて『簡単に』と言っても通じます」
ヒル教授「おお、かい・・つまんでね。アイム・ソリー、ヒゲソリー」

たいしたギャグではないが、教授の妙な日本語が混じってこっけいだったので、一同ドッと爆笑した。
ヒル教授の話をそのまま彼の言葉で再現すると、聞き取りにくいところもあるので、田所の意訳を含めた言葉として、まとめ直してみる。

ヒル教授説明の意訳「敵組織は、元CERN(サーン)にスイス中心の欧州大国が協力して設置した固定式のタイム・トンネルにより、過去と現在を行き来する要員を配して、田所の移動式タイムマシンを監視・強奪を目的とする。
当初、監視国の有力国家である米国が協力の意志を伝えたが、世界情勢に絡む国家予算の都合で、ある種の情報交換にとどまっている。

米国は、軍事行動の準備も示唆していたが、これも現行のタイム・トンネルでは空陸の軍用兵器を送り込むだけのスケールが小さく、示唆にとどまる。
現状では、転送可能なタイム・ポールという二本一組の装置を科学者要員が携行、それに実戦経験のある特殊部隊(または工作員)要員が随行する形で攻めて来るおそれがあるが、目下のところ、こちらの動向をうかがっている状態。

これは田所のタイムマシンに不用意に接近出来ない敵の用心深さと、とれる。
原則、敵の要員は、科学者が拳銃、隊員が自動小銃を携行。敵のバリアーの性能は不明だが、こちらと同様の性能と用心すべし。銃撃戦になると、互いのバリアー・エネルギーの消耗により、双方とも生命の危険にさらされることにも警戒を要す。

なお、敵組織の主目的は、田所側の、過去の世界の事実の確認を妨害し、歴史の真実を隠ぺいのままに保つことに尽きる。とりあえず、目下の要所説明ここまで」

田所陣営要員.jpg

我々は、それではまずどう行動したら良いのかなど、問い返したい思いは多々あるが、田所・ヒル教授の指示に従うことを当面心がけるべきだと、私は独断ながら決めていた。(本文2016年1月10日日曜日終了)

─第1章「先史時代」第3節その1了、第3節その2へつづく─(2016 年1 月 17 日更新)

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