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家庭と仕事では、判断基準が全く違う。
仕事での判断は整合性。
合理・不合理で価値を決定する。
家庭ではの多くの判断は、情緒。
合理性で判断されることは少ない。
定年後のダンナが家庭に入って、最初に、失敗するのが、合理性と情緒の使い分け。
ニョーボの手伝いをしようと、手うを貸そうとするが、元企業戦士は、合理的に一連の作業を実行しようとする。
そこが失敗。
家庭内にはダンナの想像外の基準がある。
「そんなやり方より、こっちの方が、上手い事、いくやないか。」
最悪発言、アウト!
奥さんは 、ダンナが仕事でやらかしていたと、同じ程度に、長年、今までにやり方で、家事をこなしていた。
そのやり方を否定するのは、奥さんを否定する事。
仕事のやり方にニョーボが口出しすれば「何も、判らんくせに、偉そうなこと言うな!」って文句言うだろう。
仕事で合理性を追求してきた、ダンナにとっちゃ、家庭内のニョーボのやり方には、不合理性を感じる事もあろう。
どうするか?
従う事。
情緒の世界に慣れる事。
奥さんのやり方に従うしかない。
家庭は、合理・不合理を超えた非合理の世界を有する。
宗教と酷似。
「神」は合理・不合理を超えた非合理の存在。
神を信じる人に、不合理性を説いても、聞く耳もたず。
一旦、のめり込んだ宗教の世界から、現世に連れ戻すのは、至難の業。
どの宗教にも真面目に、真摯に、真剣に取り組んでいる信者がいらっしゃる。
織田信長は、生臭坊主どもより、そういった「正しい」僧こそが、農民たちを信じさせると、比叡山の全ての僧を根絶やししようとした。
トーイツ教会も熱心な信者を、夢から目覚めさせることは、至難の業。
信長並みに、組織そのものを抹消させるしかないかも。
しかし、50年も存在している。
それも、やはりムズカシイ。
「プーチン教」も同様。
政治家は、国家を整合性で、運用しなきゃいけない。
ただ、弱者への配慮も必要。
合理性と情緒を使い分けなきゃいけない。
民衆は、キビシイ合理性より、やさしそうな情緒論を好む。
ロシアは合理性を主張するために、ミエミエのインチキ住民投票を行った。
それでも、「信じたい」ロシア国民は、プーチン教主様を支持する。
プーチン教も教主様が、いなくなるまで、続く。
その時期は、近い?