「私のナベ」 私には、忘れる事ができない1匹の猫がいる。 その猫の名前は、ナベと言った。子猫の時に、私が拾い、その名をつけた。 名前の由来は“化け猫 ナベシマ”からだ。 その名の通り、お世辞にも美猫とは、言えない猫だったが ナベは、今も私の心を深く捕らえて放してくれない。 初めて生んだ子供を、ノラ犬に殺されると言う 痛ましい経験をしたナベは、その後 子供を全力で守ろうとする母親になった。 ある日、庭からナベの子供であるトラの 助けを呼ぶような鳴き声が聞こえてきた。 庭を、見てみるとそこには、 木の上で動けなくなっているトラの姿と 木の下で威嚇をするノラ犬の姿があった。 私がノラ犬を追い払おうと、立ち上がるよりも早く ナベは現れた。そして、ゆうに自分の体の3倍は あろうかと言うノラ犬に怯む事無く、立ち向かっていったのだ! 「ナベが危ない!」そんな私の心配をものともせず あっと言う間にノラ犬を撃退したナベは、優しく鳴いて トラを木から呼びおろしたのだった。 ナベの深い愛情に包まれて、トラはすくすくと育っていったが、 予期せぬ別れは、突然にやってきてしまった。 トラは、交通事故によりその短い生涯に幕を閉じた。 近所の人から事故の話を聞いた私は、トラを迎えに行ったが、 トラはいなかった。そして、その理由を帰宅した時に私は知る。 トラは家にいた。私よりも早く家に帰ってきていた。 ナベが連れて帰ってきていたのだ。 すでに自分よりも大きく成長していたトラを ナベはたった1匹で家まで、引きずって連れ帰ってきていた。 決して大きな体では無かったナベにとって その道のりは、どれ程長かった事であろう。 ナベは血で汚れたトラの体を舐めていた。 再びその目が開き、その声が自分を呼ぶ事を 願っているかのように、舐め続けていた。 しかし、どんなにナベが舐めても、トラの目が再び ナベをみつめる事は、無かったのだけれど・・・。 飼い主の欲目を持ってみても、ナベはブサイクな猫だった。 血統書などあるはずも無く、愛想も良いとは言えなかった。 それでも、ナベは愛すべき猫だった。 それから、数年穏やかな生活を我が家で過ごした後、 ある日突然ナベは、旅に出てしまった。 何故ナベが家を出たのか、その理由は私には分からない。 でもきっとそこには、ナベにとって大切な理由があったのだろう。 強くて、賢くて、優しかった私のナベ。 ナベが私の傍らからいなくなってもう、25年の歳月が経つ。 それでも、私は今でも心のどこかで ナベが帰ってくるのを、待っているのかもしれない・・。 文・挿絵/わち姫 (参照:Cam's北見2006年9月号) |