幕末,堀眞五郎,敵への報恩長州編3

箱館戦争,幕末動乱維新の人々,峠下の惨劇,蝦夷の地、八王子千人同人移住隊,秋山幸太郎の散華,箱館戦争で捕虜になった男達,堀眞五郎のその後,品川弥二郎から受け取った「血に染まった人見勝太郎の陣旗」が紐解く「堀眞五郎、謎の空白場面」人見勝太郎と品川弥二郎,敵への報恩(長州編),【楽天市場】

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捕虜達のその後<敵への報恩_薩摩編(現在の頁)
■1(捕虜第一号)_五稜郭や陣屋などに置き去りにされていた負傷者達7人組_ 長州、堀眞五郎他
□関連: 敵への報恩(薩摩編)ー軍艦高雄、船将:田島圭蔵
□薩摩の「死角」に填め込まれた二人の男達_ No.1 英士の末路:村橋久成< No.2 真実の人:池田次郎兵衛
空転!松前に齎された平和交渉
敵への報恩_長州編(3)
堀眞五郎、あの時、捕らえられた捕虜series_No.2
関連(あの時捉えられた捕虜Series_No.1): 敵への報恩(薩摩編)
「血に染まった陣旗」が紐解く「堀眞五郎、謎の空白場面」

堀眞五郎の謎の空白場面
・・・同友志士_品川弥二郎氏から、人見勝太郎に手渡された「彼自身の血に染まった陣旗」

一見、無関係の二事象。ところが、相当複雑だが、どうやら、万事ここから始まる。
「血に染まった陣旗」が紐解く「堀眞五郎、謎の空白場面」

敵への報恩_長州編:最初から読むには→ No.1
No.2 <※現在の頁は No.3 No.4 No.5 No.6 No.7
峠下&七飯_蝦夷の地、八王子千人同心移住隊

ー蝦夷の地、八王子千人同心移住隊
・・・・「秋山幸太郎」達のプライドー


怒声を発し、渇を入れる強行姿勢の堀。その彼に対し、脅え従う兵達。
しかし、その時、なんら恐れる様子もなく、
むしろ憮然と歩み出た男がいた。

「解り申した。一件、お引き受け致そう。」

粗末な衣服を身にまとい、農兵同然の男が、
なぜか、堂々、そう語った。
男の名は 「秋山幸太郎」 といった。

彼らは、八王子千人同心蝦夷移住隊。
今、この瞬間、彼らの意地とプライドが爆発したのだった。

思わず、憮然とする堀。しかし、秋山はそう語ると、いきなり、
そんな堀には、おかまいなしに、平気で尻を向けた。
若者達皆を振り返るなり、抜刀した右腕を
勢いよく天に突き上げ、鋭い声を響かせた。

「たとえ、何があろうとも、我々の村を失ってはならぬ!
我らが峠下は、何人とて、踏み荒らすは許さぬ。
皆、よいな、よく聞くがいい。
・・・・・・・
かつて徳川は武田の地を滅ぼした。その徳川が、我らのこの地を
再び奪いに来るのじゃ!よいか、今、ただちに心に念じるのじゃ。
・・・・
よいな!今や、徳川は・・・もはや、徳川ではない。
賊じゃ。賊なのじゃ。解ったな!我が里に踏み入る賊に成り下がった!
・・・・
念じて、奮起せよ!断固戦うべし!
我らがこの里を失ってはならぬ!!賊を討ち捕れ!」

先刻まで、長州の堀を憎々し気に見つめていた若い男達。
それが、今この瞬間皆は一変して、奮い立った。

「そうだ、賊じゃ!賊など、この刃が、斬り倒してくれるわ!」

血気盛んな一人の若者が、そう叫んだ。息も凍る真冬の峠下。
白い雪が、彼らの頭髪に、そして肩に降りかかる。

若者達は、総髪を後で束ね、黒髪の束をそのまま肩に垂らす形、若者特有の髷を結っている。
丁度、若馬の尾を思わせるようなその髷は、現代で言うなれば、一種ポニーテール風ともいえる。
身分の高い侍と異なり、結ぶ位置は遠慮気味にやや低いものの、やはり若さの証だ。

その黒髪の房が一斉に激しく揺れた。
彼に感化されて、興奮した他の若者達が、皆一挙に燃え上がり、シュプレヒコールを挙げたのだ。

「賊じゃ!賊じゃ!賊など、皆殺しにしてくれるわ!」

皆が続いた。

「おのれ!賊共め!人見勝太郎とやら、そやつ、今に、見ておれ!
賊の使者など、この俺様が、斬り伏せてくれるわ!」

彼らは皆、口々に、幕軍を罵り叫んだ。



純粋無垢の若者達。その雄叫びが、秋山の心に、悲壮に突き刺さってくる。
若く清い者は、何色にでも染まる。
今、秋山は、その罪を一人、背負い込んで、噛み締めていた。

実のところ、彼自身、今己に誓ったのであった。
「よいな、わかったな!」そればかりを繰り返し語った自分が悲しく、滑稽に思えていた。
若者達への説教はいわば自己への口実。己に言い聞かせたも同然だった。
しかし、もはやいかなる感傷も許されはしない。
たとえ己が邪悪な鬼になろうとも、村は断固、死守せねばならぬ。


ひっきり無しに降りつける粉雪は、いつしか、
横殴りの強い北風に煽られて、雹(ひょう)となり、
若者達の顔面に容赦なく叩きつけてくる。
決心して、硬く唇を噛みしめた若者達。
それは、より一層、悲壮感を増していた。

この「雹」とは、小粒ながら充分に弾丸の威力を持つ。
氷の結晶だから、霰(あられ)とはまた異なる。
尖って鋭いのだ。顔面にまともに受けるとかなり痛い。
猛スピードで打ち付けられると、時には、顔面に傷を負う。
痩せ我慢して耐え続けると、体力消耗が著しいから「曲者」だ。

この雹が、目にも、寒さに思わず歯を食いしばった口にも、
ぶちあたってくる。必然的に視界が狭まる。
秋山は、体を斜に構え、額をやや突き出すような体勢で目を顰め、
顔面に直撃する雹の一斉射撃攻撃を
避けながら、若者達の群をひととおり見回した。

十四五の子が心配だったが、幸いここに紛れていない様子を
即時確認することができた。十代半ばの子はすぐわかる。
この時代、彼らの背丈は、一目瞭然大人より小さいからだ。

対して、十七八の子は、大分居る。背丈だけ一人前に
伸びた子も、肩幅はまだ微妙に狭い。
そのアンバランスな体格は彼らの年頃に多くある特徴だ。
竹刀稽古と異なって、死闘の剣には肩が要る。

「まずい。これでは、肩が細い・・・細すぎる・・・」秋山は、胸が痛かった。

学も武術も彼が若者達に指導した。そして村を豊かに潤す為に、彼の養蚕技術を精一杯に施した。

だから、それらは皆彼にとって財産なのだ。彼が品種改良した新種の「桑の幼木」も
懸命剣術指導をして育てあげた若者達も・・・彼にとって、ある意味でよく似た存在だ。

「育てよ。育て!大きく育て。早く俺を抜け!
たのもしい姿を俺に見せてくれ!」


かけがえのない宝物なのだ。けっして失いたくなかった。( 秋山幸太郎をもっと詳しく




◆子連れ狼_秋山、妻、愛、誓い


秋山が、最愛の妻を失ったのは、一昨年のことだった。
正味、一年と半年となろうか。

愛するの妻は、二人の幼子を残し、無念、病に倒れ、世を去った。
妻の名は「ハト」といった。彼女は、死に際に夫に懇願して果てた。
「どうか、お願い、この子らを頼みます・・・」

秋山は、安政五年、移住隊を引き連れてこの地に降り立って以来、村人の住と食の確保に駆け回り、
新たに担うべく養蚕の土台構築のため忙殺された。今彼は、四十一歳、男盛である。
多忙の極み、そうした事情から、彼は晩婚なのだろうか。
それとも初期の子は何人か、哀れ早世したのか?どうゆうわけか、子はまだ幼い。

村の為、全力で尽くしてきた秋山。指導格といっても貧しいのは同じだ。
しかも彼は僅かな金も惜しみなく、農へのいざない、若者達の教育、剣術指導の方向に費やす。
・・・
妻の墓は、そのへんの川縁によくある・・・、どこにでも転がっているような小さな自然石。
墓石らしい墓など、他の村人達と同様に、まともに建ててやることなど、とてもできなかった。
しかし、その「石っころ」みたいな小さな墓に、彼は誓った。

「ハトよ、許してくれ。・・・だがな、お前の可愛いこの子らは俺に任せてくれ。なんとしてでも
俺が守り通してみせるからな。安らかに眠っておくれ。
すまんがな、暫くの間、一人ぼっちにさせるぞ。悪く思わんでくれ。まだ、相当長いぞ。
子らが小さすぎるぞね。あやつらを育てにゃならんからな。
だから、俺はまだまだ、お前の元には行けないぞ。許せよ、ハトよ・・・。」



妻に死に逝かれた彼は、 「子連れ狼」 だった。

古武士の風情を漂わす厳つい一人の男は、人知れず、家では家事を為し、
子の世話をする優しい父親だった。

子が幼すぎるから、語り合う対象にはなりえない。必然的に相手は・・・亡き妻、ハトだった。
彼女は今、手の平にすっぽりと収まる小さな存在に化している。
それは位牌という名のちっぽけな木片。
朝に夕に、彼は、その木片にそっと語りかけるのが日課となっていた。

しかし、運命とは残酷だ。
妻への誓いは、突如訪れた箱館戦争の嵐が踏みにじった。


彼は、妻への誓いに後ろ髪を引かれながら、急遽、子供達を村人に委ね、
戦闘に駆り出される宿命を負った。

しかも今、彼は村の「将」として、男達を束ね、先頭に立っているのだった。


桑の幼木、雹が雪に替わる時


突如、雹の猛攻撃が止んだ。

なんてことはない。時には、顔面に傷を負うというこの「雹」とは、脅威でありながら
裏を返せば脆い。延々何時間もの長時間、続くことはまずない。

待てば必ず止んで、雪に替わる。 この日もその例外ではなかったようだ。

秋山の視線は、一瞬村のはずれ、遠くに注がれた。
緩やかな斜面に沿って、そこには、冬囲いを施された桑の幼木が綺麗に並んでいる。
薦を被って整列した小さな樹木達。それらは皆、小さな体で、降りしきる雪にも健気に
よく耐えて、しっかりと立っている。

・・・
その光景は、なぜか、去年の冬場、「村の仮設学校」に隊列を組んで
通ってくる可愛らしい童の姿を思わせた。

学校といっても、ただの掘っ立て小屋だ。
子供達は、藁の帽子を被って、一列になってやってきたものだった。

小さな子らが、懸命に、ちゃんと、締り雪の尾根沿いを選んで、
キュッキュと雪を踏みしめて、学校にやってくる。

その音が聞こえてくると、秋山は
囲炉裏に薪を一杯にして、
子らを暖かく
迎えてやるのであった。
.






秋山にとって、「峠下」も、
ここから暫し離れた「七飯」の村も、ある意味で我が子同然の存在である。


皆、仲間同士、励ましあって、骨身を削り、
今日まで育てあげた大切な存在、
いわば、エデンの里、創世記、理想郷であった。

八王子千人同心といえば、土方歳三達と同じ庭。徳川報恩の為、忠誠を誓い、命をも惜しまぬ武蔵の男達。

それが、わざわざ、安住の地、徳川の天領を抜け出し、安政五年(1858)に一族を率い、
蝦夷に移住してきた。それはまさしく、徳川に間借りしたものでなく、構想の上で、
自分達独特の世界だった。

彼らには、共通の観念があった。それは、 「北辺の守り&開墾の精神」 である。

村の発展は、年次熟成型の計画。開墾当初数年間は、基盤確立期。
つまり数年は飢えと戦う覚悟なのだ。しかし目的はそこに留まらず、
序々に村を潤し、各々が持つ知性と経験を惜しげなく注ぎ込み、さらなる転回をいざなう。
秋山は、知識人であると同時に、養蚕の高度技術者である。まずは村を富まし、その余裕をもって、
明日を担う師弟を徹底教育。また、武勇を奨励し、襲い来る外国の脅威に対処しようとするものだった。
学問も武術も、秋山ら指導者達が兼ね備えている。惜しげなく若者に注ぎ込んだ。

目下、この村、峠下はその開発途上にあった。
蝦夷地における我らの開墾の里=峠下は何人にも踏み荒らして欲しくない。
この思いが、彼を奮い立たせたのであった。


彼らの一部は、まず真っ先に( 詳細 )新政府を阻み、清水谷公考暗殺クーデターを試み、
徳川応援に立った。ところが発覚し、捕らえられ潰されてしまったのだ。

村の若者、 斎藤順三郎 は、いちはやく、新政府に徴兵された。村山次郎の手の者となり、
目下、水面下に潜伏する。

生きる道は、もはや、ひとつしかしかない。
「この村、峠下と七重」は、たとえ、己の命が引き換え条件になろうとも、断じて守り通す。
・・・・
それが、「秋山幸太郎」の意地であり、またプライドでもあった。

秋山幸太郎、出陣の時



秋山は颯爽と先頭に立ち、自ら、若者を率いて戦場へ走った。


「皆の者、いざ、突き進め!」
あたり一面、銀世界。真冬の蝦夷の山道、
白い綿帽子を被った常緑の針葉樹の樹海が果てしなく続いてゆく。

重く垂れ込めた灰色の空、黙々と降りしきる白い魔物達よ。

不気味な嵐の前の静けさ。凍結した水蒸気が上空で、轟々と音を発し、
雲間から差し込む細い光の筋。大気がぐらぐら揺れ動いて煌めく。

黙々と深雪を漕ぎ進み、山道を付き従う若者達の隊列。
彼らの姿は、揺らめく大気の影響で、歪んで見えた。

先頭を行く秋山の吐く息が、白く凍りつき、
煙のように、たなびいていた。



哀れ_八王子千人同心、蝦夷移住隊

猛然と立ち向った若き村の戦士達。
発端は、官軍であり、箱館府であり、長州藩士、堀眞五郎に
尻をひっ叩かれたからだ。

しかし、彼らは「箱館府兵」という肩書きなど、実は心の中、どうでもよかった。

「村を守りたい。」その一心である。

しかし、榎本軍の猛攻撃が襲い来た。
額兵隊も伝習隊も完全に、洋式調練を経た新式の軍隊である。
銃ひとつをとって語るにも、狙撃兵の持つのは、ミニエー銃、スナイドル銃。
命中率も高ければ、連続射撃の機能もある。
それに、なんといっても、ブリュネ達が本格的調練を特訓したアスリート達なのだ。

対して、村の若者のは、時代錯誤の火縄銃。
皆が各々、手に持つ先祖の形見、大切な刀は・・・磨いたところで、錆びの入ったボロ刀。

悲しいけれど、どう考えても、彼らに勝ち目があるわけはない。

榎本軍の新兵器にあっては、自軍に利非ずが明確であるにもかかわらず、
降りしきる雪の中、村の戦士達は、皆奮い立ち、勇猛果敢に闘い続けた。

雪原に咲いた紅い「彼岸花」



あたり一面、銀世界。
散りばめられた血色の花びら。

人間達の罪。罪の色とは、
この血色のことだろうか?

されば、償いの色とは、
何色なのだろう。

無数に狂い咲いては、
たちどころに
乱れ散った赤い花。



八王子千人同心、蝦夷移住団。代表格の一人であった
英雄、秋山幸太郎。彼も、また、無念、ここに、散華を遂げた。


急遽、女子供を非難させた村の家々。物陰に隠れた村の若い戦士達。彼らは捨て身のゲリラ戦方。
突如飛び出しては斬りかかってくる。当然、死ぬつもりでかかってくるから、達が悪い。

これには、さすがの榎本軍も、思いのほか、手を焼いた。
それに、奇妙なことに、ボロを纏った農兵達の中に、なぜか、白刀戦に秀でた者が混在している。
その構えといい、剣裁きといい、とても素人に為しえるものではない。

さりとて、身なりはといえば、継ぎはぎだらけのボロを纏い、陣袴に見立てた破れ袴ならまだしも、
冬だというのに、尻めくりの股引姿の者もいる。意図あって、士官クラスの者が、
農兵姿に身を窶していたところで、ここまで手の込んだ変身はできようはずがない。

その風情で、腕前は、剣の修行を積んだ一流剣士なのだ。
こうなってくると、榎本軍にとって、それは、奇妙どころか、不気味だ。
八王子千人同心蝦夷移住隊は、秋山達指導格の者から、こうして剣術を学んだ勇敢な戦士であること、
この時点で誰も知らなかった。

榎本軍としては、もとより、皆殺しの意はない。
むしろ、平和裡に事スムーズに進めたかった。だから、農兵達がさっさと尻尾を巻いて
逃げ去ってくれるなら、むしろありがたかったのだ。

ところが、しぶとい。

ことに、榎本軍から見て、実に目障りな男が一人いた。
身なりは粗末だが、将的存在であるのは一目瞭然だ。

その男は、先頭に立ち、自ら白刀を振るう。しかも、この剣使は只者ではない。
榎本軍からすると、この男は、次から次と味方を斬り倒す・・まさに「曲者」だった。

しかし、ある意味で、指揮官としては、あたかも二流品に見えた。
なぜならば、自ら先頭に踊り出て、抜刀かざして、死に物狂いで暴れ狂っているのだ。

その姿は、遠方からも完全に目だっていた。
当然、狙われた。それは、まさに秋山幸太郎だったのである。

「もはや、あやつだけは、生かしておけぬ!
かまわぬ、始末してしまえ!」指図役がついにキレた。

さっそく、遠方から後方支援する「狙撃兵」は、その手に持つ
スナイドル銃の照準に、それを、ぴたりと捕らえた。

白刀戦の独特の金属音、兵達の叫び声、それらが入り乱れる中、
突如、銃声が響き渡った。銃弾は確実に、一人の男の眉間を貫いていた。

男は、白刀を握り締め、直立した姿のまま、大きく弧を描くようにして、
仰向けに、どっと雪面に倒れた。途端に、雪煙が舞い上がった。


顔面を血に汚した秋山は、かっと目を見開いたまま、息絶えていた。
雪面に、血色の花びらが無数に乱れて散った。

八王子千人同心、蝦夷移住団。代表者の一人であった英雄、秋山幸太郎。
彼は、無念、ここに、散華を遂げた。

秋山が暴れ狂ったのには、訳があった。桑の幼木と若者、それは彼の全財産。
若者の命を散らしたくなかった。

安政五年、秋山や 平山金十郎 の父達、代表格率いる「八王子千人同心、蝦夷移住団」。
今ここにいる若者達は、あの時、親達に手を引かれてやってきた頃、小さな少年だった。

彼らの多くが、この地で、寒さと飢えの犠牲となり命を落とした。
稀に丈夫にすくすく育った子が十歳を超え、やれやれと安堵するやいなや、なんと、突如、
原因不明の水痘病に倒れ死んだ。それは、決まって冬のことだった。(後の世に解明:ビタミン不足)
ここにいる若者は、その生き残りなのだ。なんとしてでも大きく育てたかった。

一人の厳つい武将は、その姿と裏腹に、実は、若者の犠牲を阻止すべく、哀れな親鳥が雛を
庇うようにして、犠牲になったのだった。


村の戦士達に、一気に動揺が走った。
秋山ある限り、村の若者達は「農兵共」と罵られ、軽んじられても、誰一人ひるまなかった。

しかし、秋山の死で、万事がぐらついた。長を失い、狼狽した彼らは、もはや、官軍の誰の指示も耳に入らない。
生き残りの兵達は、堀眞五郎の制止も、完全に無視して、一目散に逃げ去った。
今日まで皆を率いてきた村の英雄、秋山を失ったのだ。

たちまち、蜘蛛の子を散らすように、逃げ去り、木々の間に姿を消した。



夥しい血痕が、白い雪面に、飛び散り、
穢れ無き冬の大地を毒々しく汚していた。

村は、戦闘士達が放った火の手に焼かれ、粗末な家々は、ことごとく崩れ落ちた。
それは官軍の手によるとも、また、その反対に幕軍とも言われ定かでない。
いずれにせよ、村は、全焼。消えうせたにかわりない。

村を守る為に立ち上がった村の戦士達。彼らの捧げた命は、どこへやら。命にかえて守り通した村は、
虚しく炎に消えた。無数の命が、血色の花びらとなって、この雪面に散りばめられた。

若者達にとって、尊敬してやまぬ雄者であり、恩師である秋山。せめて、首だけでも、掻っ切って
持ち帰り、首塚を弔いたかった。しかし、全敗。命からがらの脱出劇なのだ。
その余裕はない。泣く泣く、秋山の屍を置き去りにして逃げ去った。

川辺のルート

若者達は、必死で駆けた。地元の者のみぞ知る山間の獣道を抜けて、深い谷の川縁を目指した。
道の選定を誤ると、雪崩を惹き起こし、お陀仏だ。しかし、そこは、やはり地元育ちの強み。
どうにか、迷わず目的の川辺に出た。

強い寒風が吹き曝すこの川辺道。その雪面には地紋のような無数の漣模様が形作られている。
雪が止んだとしても、幸い人の足跡はその文様に紛れる為、目立たない。
その上、表面がぎっしりと硬化した締り雪だから、地元人ならではの慣れと感で、
特定のリズムをもって小走りに駆け抜けるなれば、滅多に抜からずに進めるのだ。

氷の張った川の表面には、雪が降り積もっているため、土地感のない者が深追いすれば、
川辺と川との境目が解らない。うかつに川に足を踏み入れようものなら、たちまち、
氷が割れて溺れ死ぬことだろう。敵の裏を掻いた賢明な選考ルートだ。

しかし、この道に出た途端、一気に悔し涙が溢れ出た。
せめて、恩師の首だけでも、持って逃げたかった。走りながら、嗚咽が込上げてきた。
悔いても悔い止まぬ深い悔恨の情が、清い若者達の心を苛んでいた。


歴史とは残酷也。秋山幸太郎については、彼の存在すら重視されない。
単なる村人の犠牲者、その一人。その程度の事柄として、些細な過去となされて、埋もれて消えた。

八王子千人同心、蝦夷移住団。彼らは、また一人、尊い指導者を失った。
今日まで、皆を率いてきた英雄、秋山幸太郎。

「北辺の守り&開墾の精神」崇高なる志をもって蝦夷地に移住した彼ら。
不屈の精神。一年また一年の積み重ねで育て、発展途上にあったこの村。

※この峠下の後、秋山の住居のある七重も同様の惨事に遭い、村は焼かれ、
またしても、村の青年や農兵達、尊い命を落とすことになる。七重には栗本鋤雲の
薬草園もあり、被害を蒙った。
※七重浜と七重村(=現代の七飯町内:七飯という文字が出てくるのは明治12年以降)、
混乱しそうですが、場所はぐっと離れていて、別の地域です。

秋山幸太郎達の「エデンの園」

秋山達は精魂尽くして次世代に継ぎ込んで、夢を託してきた。秋の収穫を終え、山々が枯れ野と
化して、やがて白い雪に覆いつくされる。小さな村は積雪に閉ざされ孤立する。

しかし、夏中一生懸命、休みなく働いた村人には蓄えがある。民家の傍らには、大量の薪が積まれ、
家々には暖かな囲炉裏がある。若者達は学に勤しみ、老人を慈しんで、幼子の無邪気な笑顔が
人々をなごませる。

冬の間、深い積雪に覆い尽くされて、鬱蒼とした木々の合間、死んだように眠る村。
しかし、どの家からも、なぜか、特有の音が聞こえてくる。
キー、トントン。キィーッ、トントントン。

それは、女達が生糸を紡ぐ音。お蚕さんの恵みで良質の糸を産み、新たな潤いを齎す。

冬間、産物は途絶え、食物も収入も、万事、停止する。本来なら、人々は身を削り、食い潰す。
ところが、この村はその冬間にも、豊かに潤い、その余裕を以って、絶え間なく次なる生産を怠らない。

村の女達が自ら、美しい錦を織るのだ。機織の音が、穏やかな冬の山里にやさしく響き渡る。

雪が溶けて、春が来る。
織物を売り、種物を買う。
今年よりも、たくさん種を買う。

箱館の商人に掛けあって、
寒さに強い洋物の種を入手する。

できれば、高く売れる野菜がいい。
港の外人達が食するという「メレケン野菜」
とやらの種も買って育てよう。

囲炉裏の前で老人が言う。

「来年こそ、若い衆のために、ちゃんとした道場を作ってやろう。
学問も大切じゃが、冬、まともな稽古場が無いのでは、ご先祖さんの志に背くような
もんじゃ。皆で力をあわせ、農作業の合間、協力して、道場を建てようではないか。
なに、来年は、今年の努力が実って、土地はもっと肥えておるじゃろう。
きっと、野菜も豆も、麦も・・・来年は、きっと豊作じゃろうよ。

それに、若い衆には、本を買ってやろう。箱館の町では蘭学に限らず、英語など、
外国もんの本も入手できるよってな。沢山買って与えよう。」


今現在、脂の乗り切った壮年期、41歳の秋山は、
いつの日か、そんな老人になれる己の姿を夢見てた。
武術も学も、既に若者達にすでに追い越され、己は安心して、『ただの老人』になれる日。

「若いもんは、みんな優秀じゃ。もはや、わしなんぞ、なんら及ばんぞ。頼もしゅうて
しかたないわのう、なっ、婆さんや」・・・いつも優しく美しかったあの妻を失ったのは
遠い昔 ・・・になるはず だった。

小さな位牌に納まった妻も彼の意識の中、秋山自身と共に年老いてゆく。
位牌の中にいる妻は、こうして、ことあるたびに「のう、婆さんや」と声を掛けられる存在に
化してゆく・・・。将来の自分は、そんな一人の老人になろうと、秋山は、いつしか夢見てた。

貧しさの上、さらに生活を切り詰めて、愛妻の墓石さえ持たぬ身の男。
しかし、その秋山にとって、それだけは、唯一夢だったのだ。

妻への誓いは、無念崩れ去った。我が子を育てあげるまで、すまないが、一人で眠っていておくれ・・・
そう語った秋山は、皮肉にも、妻の死から、わずか一年半、共に天の人となった。

哀れ、幼子は地上に残された。


全て、夢。万事、架空の夢に終わった。
今、この村には、何もない。何もかも失った。

英雄、秋山幸太郎の屍に、黙々と白い雪が降り積もる。

いつしか、風は止んでいた。
荒れ狂う北風が頬に叩きつけた横殴りの冷たい氷雪は、にわかに、
巨大な綿雪にかわっていた。
・・・・
無風状態で、ふんわり、ふんわり、大きな綿雪が、密に降り詰めてくる。
たちまち、秋山の屍は白く覆い尽くされていった。

やがて、雪は、それらの全てを覆い隠し、
あたかも、何事もなかったがごとく、
山々には、あの「静寂なる針葉樹林」が蘇るのであろう。

もはや、何も残っていなかった。
今日まで、築きあげてきた・・・秋山達の夢の里。
そこには、もう、なんにも、残っていなかった。

秋山の死をもって、村の未来は全て崩壊した。


幕軍が五稜郭を占拠するまでの間、各地に小戦があったのみで、犠牲は比較的少ない
・・・と思われがちだが、・・・確かにそれは「数値」のみである。

初戦期の犠牲は、圧倒的に若者に集中した。
官軍側も同様である。

福山の兵も憐れな結末となった。
官軍の長ともいうべく存在、長州にがっちり見張られ、 少年達の散華 が相次いだ。

悲しからずや、ああ運命よ。
同様にして、幕軍側も、若く清らかな少年達の命を、ここに喪失する宿命を背負う。

幕軍は、突貫を繰り返し、行く手を阻む敵陣に突入。

・・・・ 続く

その前にちょっと

秋山幸太郎の墓について

◆秋山さんについて一杯情報はありません。少しでも出ている資料や、幾つかの本を読んだ中、
何冊目かに読んだ本には、お墓の写真が掲載されていました。
しかし、写真を見た時は、まさに、胸が張り裂けそうでした。

とても人の墓とは思えない。本当に「川っぺりの石っころ」そのまんま。妻の名が「ハト」さんだから、
通行人は思わず、「鳩」の墓か?と勘違いしてしまうのではないか!と思うようなお墓。論より証拠。
墓の周囲にはゴミ、食べカスが散乱していたのだそうです。

千人同心蝦夷移住隊の暮らしは、だいたい上記のような状態ですから、奥さんの「ハト」さんが
亡くなった時点での粗末なお墓・・・これは仕方のないこと。

しかし、秋山幸太郎は、官軍にとって、戦功をあげなかったから・・と粗末にされていたんだな・・と
思わず怒ってしまいました。幕軍を食い止められなかった負将って扱いだったのでしょうか?
それとも、斎藤順三郎のように、なんらかの戦功がなければ、地元兵は、所詮、農兵って扱いで
この人物に限らず、みんな、こんな仕打ちをうけていたのでしょうか?

結果は何であれ、「殉死」に他ならないのですから、彼が亡くなった段階で、奥さんの墓と共に
きちんとすべきところ、一体なんという仕打ちなのかと、昔のことなのに、
非常に立腹してしまいました。

両親を失った幼い兄弟が、その小さな手に野に咲く花を一杯持って、
この「石ころみたいなお墓」の前に、時折やってきていたのだろうか?
そう思うと悲しくてやりきれません。
それとも、もしや、この子達は、まさか・・・!!我こそは秋山の子孫也と名乗って下さる人物を
存じません。なんとなく、淋しい予感もしてきます。

思わず、殺気立って巻末の発行年月日を確認したところ、この本は、ずっと昔に書かれた
ものではありませんでした。昭和の後半のことであります。
こんな時代まで、秋山の墓が、この「石ころ状態」のまま放置されていたとは、
一体なんなんだ!!

・・・と怒りながらも、読み進めたところ、著者の先生も、まさに怒ってらっしゃるのが、
文章で解りました。


◆しかし、今日、立派なお墓になっています。◆

本当にほっとしました。一安心しました。
その経緯については存じませんが、著者の先生の御尽力の程、伺えます。
先生は今・・とか、ペンネームは・・とか、私のような駄文、駄サイトが宣伝してよいのか
どうか、悩んだ結果、むしろご迷惑になるといけないので、ここでは割愛させて頂きます。

どうか、英雄、秋山幸太郎よ!安らかに眠れ!
天国で奥さんと、子供達、一家揃って仲良く暮らしていてくれますように。
思わず、祈ってしまいます。秋山さん、貴方は英雄です!!声を限りに叫びたい!!


◆七重は明治12年から七飯という表記も始まって、今日では七飯。

美味しいフルーツワインもあれば、リッチでマイルド、言う事無し!のチーズやバターなど
とても恵みの幸にあふれた町。
明治に入って、官営七飯農業試験場が設立されて、 エドウィンダン という技師の指導の元、
どんどん西洋式の農業&牧畜技術が指導され、また、ここで育った優秀な技術者が各地に、それを
普及。そこで、不毛の地、蝦夷は、いまや、農業王国とか、食の○○とか、
「美味しい=北海道」のイメージまで一躍、発展を遂げました。

しかし、「官営の力!」が元になって、明治の開拓使の力によりと万事語られていますが、
やや冷たい言い方になりますが、現実は、その前の段階に秋山幸太郎達が、ここに養蚕を試み、
年次熟成型の農業発展構想を転回したのが土台なのだ!と言い切ってもさほど間違いではないでしょう。


旨さてんこもり!北海道、大漁猟師町!

ihijikata.gif土方歳三と、蝦夷に移住していた八王子千人同心の話
拙者は、仲間同士敵味方で戦う宿命を負った。蝦夷隊の原半左衛門達は、厳しい自然
環境と戦いながら、ジャガイモの生産にも貢献したんだ。No.1~No.3あるよ。
一応歴史中心のNo.3にリンク▼。読み終わったら、ついでにNo.1で旨い食い物も
覗き見してくれ!
クリーム色のポテト伝説

敵への報恩_長州編:最初から読むには→ No.1
No.2 <※現在の頁は No.3 No.4 No.5 No.6 No.7
next_car NEXTは_人見勝太郎、白銀の使命_長州編(4)
文章解説(c)by rankten_@piyo、
写真等、素材については頁下表示


幕末のオーバーザレインボー


わくわくドキドキ!



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EyesPic :彼岸花,民家
Piece :TOPバナー内の刀と背景,刀
ATNET :人物アニメ;


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