インディー(10)




ありがとう


というメールは来なかったと思う。


使い方がわからないとか、型が古いとか文句ばかり、言ってやがった。


何人かのアーティストと付き合って来たが、わがままでうぬぼれやのアーティストに共通しているのは


人に対する感謝の気持ちが希薄であるということだ。


ミュージシャンを名乗る人や、ヴォーカリストを名乗る人は、逆に、腰が低く、人当たりが柔らかいことが多い。


元ちとせも、そんな一人だった。

ほんとに人から好かれるいいキャラクターを持っている。

さて、ちぬる


詩集の表紙は胎児の絵にしたいから、イラストを描ける人を紹介してくれと要求して来た。


取り敢えず知り合いの同志社の学生のつてを頼ってイラストで飯を食って行こうとしているやつを探しだし、PCからプリントした作品を入手して、ちぬるに送ってやった。


詩集を出すには、まず手ごろな出版社を探し、費用がどれくらいかかるか当たりをつけておく必要があった。


ちょうど喫茶ルーンには、鹿児島から流れて来た詩人を名乗る画商が、毎日、遊びに来ていたので、そいつに声を掛けてみることにした。


画商を名乗る詩人と言った方が良い。

彼の名は、黒杉さんだったろうか?


京都の小さな出版社から、文庫版の分厚い詩集を出したばかりだった。


さっそく彼から直接買って読んだが、少年でさえも書かないようなシンプルでひねりのない作品ばかりだった。


ルーンで彼といろいろ話をした。

出版に必要な費用は、取り敢えず20万。

それより、作品を出版社の人に気に入ってもらうこと、ある程度売れると見込んでもらえることの方が、重要であると教えてくれた。


黒杉さんは、医者の息子でおとうさんは既に亡くなっており、その遺産で生活しているような感じだった。

遺産相続を巡って今も、親族ともめているような話をしてくれた。


祇園のクラブに通いつめているようで、幸薄いホステスの話をしきりにしていた。


歳は40前後だったろうか?


40までプータローやってきましたというような幸福な相が顔に出ていた。


(つづく)



© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: