Full Power of Rain

Full Power of Rain

野球のおじかん


どわっと湧き上がった声の、そのど真ん中。どんと構えている少年に思わず視線を奪われる。

並盛中のグラウンド。
いつもと違う空気を漂わせたそこは、緊張感と汗と、乾いた土の匂いと、少年の声で溢れていた。

その中で、コンビニに行く途中だった獄寺の視線を奪ったのは、
いつか自分とお揃いにしてやったりと勝手に喜んでいたリストバンドを右腕に、
まだ真新しいスパイクを履いて、広いグラウンドを陽気な笑顔で支配していた少年だった。

二死で満塁を迎えた、さよならチャンスという状況(無論獄寺は知らなかったが)に立たされていたものの、少年はあくまで強気でそこに立っていた。
というより、そのチャンスを逃さない、確かな自信を持ってそこにいた。

その姿に、獄寺は不覚にも視線を奪われて立ち止まったのだ。
フェンス越しの彼の眼差しは普段自分に話しかけてくるあの甘ったれたものではなく、
ただ真剣に、白いボールと、相手の使い込まれていたグローブをじっと眺めていた。

「山本ー! でかいの打てよー!」

三塁からの声に、返事を返すより先に山本は、

「獄寺ぁー! しっかり見てろなー!」

――と。
さっきまでの視線を一瞬にして獄寺へ移すと、そんな甘ったれた声をグラウンドに響かせた。

呆れ返ったが、その一方でそれは獄寺の胸を軋ませた。



野球のおじかん



すかーん。
相手も思わず驚いたほどの爽やかな音を立て、白い軌道を描くボールはグラウンドを切り裂いた。

「っしゃー!!」

という山本の声を聞いて、やっと獄寺は何が起こったかを知った気がする。

(……あ、打った……)

などと思うより早く、山本は調子よく走り出していて。
くるりとグラウンドを走り抜けると、山本は仲間からの熱い歓迎を受け、へへんと嬉しそうに笑顔を浮かべていた。

かと思えば、ひらひらーっと身体を翻し、フェンスの向こうにぼうっと突っ立っている獄寺の方へと走り寄り、
「なぁどうだった!? ちゃんと見てた!?」とやたら嬉しそうな笑顔でべらべらと喋り始めた。

「てめーよ……チームメイトのとこにいなくていいのか、」
「ん? あ、あのな、あいつらは片付けのときに一緒だからいいのな、獄寺がもし帰っちまったら嫌だから、先に」

焦った口調で早々と告げると、山本はフェンスの金網にそっと指をかけた。
そういう動きの一つ一つすべてに痛いほどの視線をぶつけつつも、獄寺の中では時が完全に止まっていたようで、
さっきからぴくりともしない獄寺に山本がやたらと喋りかけるという、それはどうにもおかしな構図だった。

「なぁどうだった?」

その質問への応答に、獄寺はかなりの時間を要した。
さすがの山本も、自分の声がちゃんと獄寺に聞こえていたのか疑問に思ったほどだ。

だが、暫くして紡ぎだされた言葉はというと、それは山本をかなり喜ばせるもので。

「カッ……カッコよかったとか、オレはぜってー思ってねーかんな!!」

あくまで強気でそう言ったらしい獄寺だったが、染まった頬が山本にすべてを悟らせた。

「はは、そっかー」

へらーっと微笑んだ山本が、金網をぎゅっと掴んだ。
今獄寺の頭を撫でてやれないのがちょっとだけ悔しいような気もしたが、それは少しだけ我慢することにする。

「……誤解してんじゃねーよ! オレはほんとに、」
「うんうん、そーなのなー」

ぼうっと呆けていた獄寺は急に慌てだす。
山本の笑顔が何を言いたそうなのかも、今は何となく解ってしまって。
それはよけいに獄寺の心をかき乱した。

「なー獄寺っ、あのさ、もーちっとここで待っててくんね? あと片付けだけだからさー、」

両手をぱちんと合わせ、ウィンクしつつ頼み込む山本に、嫌だとはとても言え無かった。
それに今はちょうど昼時で、そういえば獄寺はそれでコンビニへ向かう途中だった。
それをふと思い出し、獄寺は何気なく呟いた。

「……マックおごれよ、」

待ってやるということに、悪い気はしなかった。
だから獄寺にしてみれば、山本を待ってやることの理由に、二人で昼食をとる約束を取り付けてやったまでだ。
それが山本を非常に喜ばせていることを、獄寺は果たして気付いているのだろうか。

「ん、いーぜ」

柔らかな笑顔が、フェンス越しに獄寺を照らす。
まだ夏には早い、けれど強い日差しで照りつける太陽に、それはちょっとだけそっくりで。

獄寺はただ、ぼうっとそんなことを考え、嬉しそうに急ぎ足で去っていく山本の後姿を見送った。

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