Full Power of Rain

Full Power of Rain

Buon compleanno.


今日はあいつの生まれた日。



Buon compleanno.



完全にそわそわしきっているらしい山本は、さっきからずっと獄寺の手を握っている。
迷子にならないように親の手を握り締めている子供のような、そんな感じだ。

その頬は、ほんの少しだけ紅潮していて。

獄寺がそれから目を逸らし、脇にあるベッドの枕もとの目覚まし時計に目をやれば、
秒針が今日の残り時間があと僅かだということを静かに知らせているところだった。
山本もそれに気付いたらしい。獄寺の手をきゅっと掴んだ。

「てめぇ、餓鬼じゃねーんだから」
「だって、獄寺と初めて二人で過ごすオレの誕生日だもん」

去年の獄寺の誕生日は一緒に迎えたけどな、と山本が笑う。
それに、今度は獄寺が顔を赤くした。

暖かな春の陽気は、夜まで生きていた。
二人を柔らかな温かさが包む。

きっとそればかりでない、何かに包まれながら。

「なぁ、12時ぴったしになったらさ、キスしてい?」

獄寺は無言で了承する。

それぐらいの頼みなら、聞いてやってもいい。
今の彼にはそう思えたからだ。

それからほんの数秒後。長針が、かち、と鈍い音を鳴らした。

「……んっ、」
「っ……」

山本がきゅっと獄寺を抱き寄せ、獄寺はその背に腕を回す。

柔らかく触れて、そっと離れる。
何度も、何度も。

――この温もりにもっと、溺れていたくて。

しばらくそうしてから、獄寺が湯気の出そうなほどの赤面で何事か呟き始めた。
それが言葉になるのには少しの時間を要してしまって。

「ぁ……山本……! そ、その……」

山本から少しずつ離れ、ごそごそと何処からか何かを出してくると、それを山本に向かって投げつけた。
山本に言わせれば“照れ隠し”らしい獄寺のそれは、一歩間違えるとかなり危なそうな行為だったが、
ひょい、と山本はそれを慣れた手つきで捕まえた。

「……ボール……?」

そこには格好の良い筆記体で、“Buon compleanno.”とだけ記されていた。
イタリア語なのだろう、見慣れない英字の羅列だ。

その意味を訊こうと山本が口を開く前に、獄寺が滑り込むように口を開いた。

「そのッ……誕生日、おめで……と、な。 ……やまも、」

獄寺が言い終わるより先に、山本が思い切り獄寺を抱き締めた。
目の前の恋人が、いつも以上に愛しくてならない。それにたまらなくなってしまって。

「獄寺ぁっ……オレ、泣いてもいいかなぁ、」
「……もう泣いてるじゃねーか」

獄寺は自分が使いもしない野球ボールを、どんな顔で買いにいったんだろう、とか。
そんなことを考えていたら、もっともっと獄寺が愛しくなってきて、嬉しさがぐいぐい込み上げてきて。
この涙は、間違いなく嬉し涙で。それは解っているのに、この涙を止める術が解らない。

獄寺の首筋を、山本の温かな涙がしばらく濡らしていた。

「山本……?」
「ごめん、嬉しくてつい……さんきゅーな、獄寺」

ぐす、と鈍い音を立てながら山本が微笑んだ。

「これからもずっと、オレの傍にいてくれな?」

来年も、再来年も、ずっとずっと先の未来でも。
共に最初の祝福を分かち合うのは、ずっと獄寺であるように。

山本は祈りながら一言だけ、囁くように獄寺に言った。

「大好きだよ」

獄寺はそれに優しく頷いて、いつもなら考えられないようなことをそっと呟いた。

「…………オレも、」
「え、獄寺……」

待ち望んでいたその続きは、まだ聞けなかったけれど。
これで、十分すぎるほどだ。

「……さんきゅーな……オレ、今すっげー幸せ……」

瞼を閉じたその先にいつまでもお前がいることを、願う。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: