Full Power of Rain

Full Power of Rain

いちばん綺麗なバカ野郎


ただ空虚に満ち、心の無い街。

そこにただ独り。
じっと佇んでいたオレは、誰に聞かせるわけでもない独り言を、空に吐き捨てた。
硝煙は灰色の街に沈み、身体の傷は燃えるように疼いていたが、
それでもオレは休む気すらなれなかった。

火傷した傷が、ちりちりと痛む。

荒れた街。穢れている街。
争いがすべてを支配していた、どうしようもなく愚かな街。

オレはその真ん中で、ただぼうっと呆けていた。
廃れているのは、何も残っていないのは、荒れているのは、オレも同じ。

いやむしろ、この街は、オレを映し出したような街。

その街で、久しぶりにオレは、人間らしい人間に出逢った。
オレが殴りつけようとも「元気ならいいんだ」とへらへら笑う、度を越したお人好しのそいつ。

こんなバカは始めて見た。

オレを映したようなその街に、その男の影は住み着いていた。

思えばそれが、すべてのきっかけだったのかもしれない。
オレがそれに気づくのには、ちょっとだけ時間がかかった。

どうしようもないオレの喧嘩に、弱いくせに巻き込まれにきやがって。
満身創痍の身体で、オレが元気ならそれでいいと、
へらへら笑う、どう考えても変なそいつ――。

どうしようも無い街の、どうしようもないバカだと思っていた。そいつのことを。

だけどオレは、そいつに良く似た、どうしようもない男をもう一人だけ……知っている。
いつか傷付けたはずの笑顔によく似ていた、どうしようもない笑顔は、
バカみたいに必死なピアニストに手向けられた花束にもそっくりで。

それを傷付ける気も、撥ね退ける気も、オレには無い。

汚い街で、綺麗な音色を護り続けたバカ野郎を知っている。
カルロという、イタリアでいちばん、綺麗なバカ野郎だ。

そして、そいつにそっくりの、どうしようもない野球バカをオレは知っている。

オレの心を満たす、穏やかな温度。
満身創痍になってもオレだけを心配する、無垢な瞳と熱い眼差し。
研ぎ澄まされた声を潜め、オレの独り言を拾い上げてくるそいつ。


そいつの名は山本武――。


イタリアの、いちばん綺麗なバカ野郎に、そいつはとてもよく似ていた。

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