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今日から9連休のゴールデンウイークとか。 と言っても、365連休のGY(ゴールデンイヤー)の日々を過ごしているヤカモチでありますから、毎年この時期は、現役の皆さんのお邪魔にならぬようにと、出かけることを極力差し控えていますので、吾事ニ非ズ(It's none of my business.)であります。 そんな連休初日の今日4月29日は、当ブログ開設16周年記念日でもあります。 当ブログは2007年4月29日に開設しているので、本日で丸16年に達したことになる。ブログ開設日が偶然にも詩人・中原中也の生誕100年という日に当たっていたということはこれまでにも度々述べているが、従って、今日は中原中也生誕116年という日でもある。 昨年秋にはその中原中也のお墓参りと長門峡銀輪散歩も果たしました。<参考>中也銀輪散歩・お墓参りとザビエル記念聖堂 2022.11.16. その中也のことで思い出すのは中学の同級生で、高校でも同じサークルで活動した友人・朝麻呂君のこと。 彼の奥さんが昨年秋に動脈乖離で急逝された。二人が結婚する前、ヤカモチも、まだ独身であった彼女とは面識があり、彼女と中也の詩のことで、会話の内容は忘れてしまっているが、何か会話をしたという記憶がある。 当時、彼女は東京女子大の学生で、吉田熈生先生のゼミに属して居られたと聞く。角川書店刊の中原中也全集の編者が、大岡昇平、中村稔、吉田熈生の三氏ということから、その名はヤカモチの記憶にあったので、吉田ゼミということで中原中也の詩のことが話題に上ったのか、中也の詩のことが先で、その流れで吉田先生の名が語られたのかは、古いことなので、定かではない。 今年の正月の朝麻呂君からのメールで彼女がお亡くなりになったことを初めて知り、大変に驚いたという次第。 この3月に東京に出向いたついでに朝麻呂君と新宿で会い、遅ればせのお悔やみを申し上げたのでありましたが、あらためて彼女のご冥福をお祈りします。 (角川書店「中原中也全集」) さて、丸16年、5845日で、アップした記事件数は3140件。 日記記入率は53.72%ということになるが、昨年のそれは、37.26%、今年に入ってからのそれは、36.97%であるから、最近は3日に1回のペースに近い。今のヤカモチにはこれ位が無理のないペースということになるか。 とにもかくにも、これからもよろしくお願い申し上げます。各年別記事掲載件数 2007年 128件(4月29日~12月・247日間) 2008年 193件 2009年 216件 2010年 203件 2011年 222件 2012年 233件 2013年 251件 2014年 241件 2015年 210件 2016年 178件 2017年 183件 2018年 183件 2019年 184件 2020年 185件 2021年 150件 2022年 136件 2023年 44件(4月29日まで・119日間)<参考>カテゴリ「ブログの歩み」の過去記事はコチラ。
2023.04.29
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先日、舞洲まで銀輪散歩してまいりました。 舞洲は何度か訪ねているが、ブログ記事で調べてみると、直近は2016年8月25日のようだから、7年ぶりとなる久々の訪問でありました。 大阪城公園から、大川べりを走り、淀川神社の蕪村像にご挨拶して、道路向かいの蕪村公園で、コンビニで買ったサンドイッチの昼食。<参考>蕪村像の写真掲載のブログ記事 秋風や銀輪駆けて蕪村まで 2017.9.21. 蕪村公園のブログ記事 蕪村公園と奇妙な実のなる木 2019.7.14. 毛馬閘門へ。(毛馬閘門) 淀川河川敷の道は工事中にて走れない。 堤防上の道も所々で工事中通行止めになっているとのガードマンさんの話であったが、う回路覚悟で、堤防道を西へと走る。 何度も迂回して一般道路に出てはまた堤防道に戻る、などを繰り返して、ようやく阪神高速湾岸線道路が見える河口近くまでやって来ました。(淀川堤防上の道) 前方に見える湾岸線道路を過ぎれば、舞洲へと入る常吉大橋も近い。 北港ヨットハーバーを右に見て、常吉大橋から舞洲に入る。 今回、舞洲にやって来たのは、舞洲シーサイドパークのネモフィラを撮影するため。土日、祝日は「大変混雑」ということであったので、金曜日に行くこととしたもの。(舞洲シーサイドパーク園内マップ)<参考>過去の舞洲関連記事 舞洲・若草読書会 2008.5.31. 舞洲銀輪行 2008.10.21. 銀輪渡船場巡り 2016.8.25. ネモフィラ祭り開催中とあって、舞洲シーサイドパーク園内は、混雑とは行かないまでも、結構な人出でありました。 入り口前に自転車を駐輪して、入場。(舞洲のネモフィラ1) ネモフィラの花畑の中に居る猫は「ネモにゃん」というらしい。(同上2)(同上3) ネモフィラに立ち混じって、不法侵入のナガミヒナゲシが咲いている。(同上4)(同上5)(同上6) ネモフィラの花の向こうには大型の船も。(同上7) 青色の薄い花もあれば、濃い花もある。(同上8) 桜とのコラボゾーン。 桜が満開の頃には桜とネモフィラの競演が見られたのであろう。(同上9)(同上10) 白い花のネモフィラもある。(同上11) どちらを向いてもネモフィラだらけ。(同上12)(同上13)(同上14) 風が吹き渡ると、花たちが一斉に立ち騒ぎ、青いさざ波となる。(同上15)(同上16) この日は薄曇りのお天気。 青空であれば写真も一層引き立ったのだろうが、そう何もかもうまくは行かない。(同上17)(同上18) はい、ぐるり園内一周しました。(同上19)ああ四月 舞洲の空 風青く 君もネモフィラ われもネモフィラ (偐家持)(本歌)ああ皐月(さつき) 仏蘭西(ふらんす)の野は 火の色す 君も雛罌粟(こくりこ) われも雛罌粟(こくりこ) (与謝野晶子) 園内を一回りしたので退場です。 此花大橋は舞洲の先の夢洲での万博に備えての工事のため、工事車両の通行を確保するためであるか、自転車や歩行者は通行禁止となっているようなので、常吉大橋へと向かい、来る時に見た北港ヨットハーバーを望みつつ、来た道を戻る。(北港ヨットハーバー 常吉大橋の上から望む)(常吉大橋) 淀川沿いを、伝法大橋まで走るが、向かい風が強く、速度が出ない。 伝法大橋の先、阪神電車の踏切を渡った先で、一般道路に出て、アトは方角だけを頼りに、ジグザグと走っているうちになにわ筋に出る。靭公園、大阪城公園経由で帰途につきました。 今日はネモフィラづくしの記事でありました。
2023.04.26
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友人・岬麻呂氏からの旅便りが届きました。 今回は、珍しく一人旅。 南東北の桜めぐりの旅であります。 今年は全国的に例年よりも開花が早くなったというような事情もあって、「葉桜かも、なるべく標高の高いところを狙ってみる。」などと仰ってお出かけになりましたが、その首尾や如何に、であります。<参考>過去の岬麻呂旅便り記事はコチラ。フォト蔵アルバム・岬麻呂写真集はコチラ。(旅・岬巡り報告308南東北桜めぐり&同写真説明)(同上付録※掲載洩れにつき2023年5月13日追加掲載) では、例によりまして、上掲の「旅・岬巡り報告308」などと共に、別途メールでご送信いただいた写真を並べ、その旅のご紹介をさせていただきます。4月11日関西空港➝仙台空港➝二本松IC経由➝岳温泉・鏡池➝同・桜坂➝安達太良山麓の桃畑➝川桁・観音寺川➝猪苗代町・亀ヶ城公園➝猪苗代町営磐梯山牧場➝鶴ヶ城➝東山温泉・庄助の宿・滝の湯(泊)、能舞台「花心殿」 仙台空港に降り立って、レンタカーにて、先ずお訪ねになったのは、岳温泉にある鏡池の桜とその鏡池に向かう坂、桜坂の桜であります。(岳温泉・鏡池)(岳温泉・桜坂) 何れも見事満開であります。 安達太良山の中腹付近ということで、標高の高いところを目指されたのが功を奏したようであります。(桃畑・安達太良山麓) はい、同じく安達太良山麓の桃畑も満開。 次は、JR川桁駅近くの観音寺川の桜です。(観音寺川・JR川桁駅近く) 「有名ではないが両岸1kmの桜並木」とのこと。 丁度、満開を迎えていました。 そして、猪苗代町の亀が城址の桜です。(猪苗代町・亀が城公園) 磐梯山を背景に亀が城公園の桜もなかなかの眺めです。 会津若松市の鶴ヶ城に対してコチラは亀が城。残念ながら城址ということで、鶴ヶ城のような城郭の姿はないようです。(猪苗代町営磐梯山牧場) 同じく猪苗代町の磐梯山牧場の桜。 これで、七分咲きだそうです。(磐梯町のマンホール) はい、今回もマンホールの写真を9点も送って下さいましたが、これは磐梯町のマンホール。順次ご紹介することとします。 そして、鶴ヶ城の桜です。(鶴ヶ城) 桜の名所でもあり、会津若松市の定番観光地。 ヤカモチも何回か訪れている。 しかし、マンホールは桜ではなく松の図柄であります。 まあ、会津若松ですから、桜よりも松、仕方のないことであります。 大伴家持も「八千種の花は移ろふ常盤なる松のさ枝をわれは結ばな」(万葉集巻20-4501)と詠っていますな。(会津若松市のマンホール) この日のお宿は、東山温泉・庄助の宿 滝の湯。 岬麻呂氏としては3回目のご宿泊だそうです。 対岸にホテルの能舞台「花心殿」があり、ライトアップされて、綺麗。(能舞台「花心殿」)花咲けば 松のさ枝は 結ぶとも 心は身にも 添はずなりける (岬北行)4月12日喜多方市・押切公園➝日中線枝垂れ桜➝米沢城址➝長井・最上川千本桜➝伊佐沢の久保桜➝烏帽子山公園➝高畠町・まほろばの緑道➝上山城、御幸公園・斎藤茂吉記念館➝天童公園➝天童温泉(泊)、倉津川の夜桜 旅の二日目は北上して、喜多方へ。(日中線の枝垂れ桜) 見事な枝垂れ桜の並木。 日中線というのは、旧国鉄・喜多方駅と熱塩駅を結んでいた鉄道。 その廃線跡の桜並木であります。 日中線という名称は、熱塩温泉の北に位置した日中温泉に由来するものとのこと。 次は、米沢市の松が岬公園、米沢城址の桜。満開です。(米沢城址)(米沢市のマンホール) はい、米沢市のマンホールです。 米沢市の市の花、アズマシャクナゲの図柄であります。(長井・最上川千本桜) 最上川千本桜は、散り始め、とか。 伊佐沢の久保桜は、樹齢1200年のヤマザクラ、「樹勢衰え花少ない」とかで、写真はありません。 しかし、烏帽子山公園の桜はご覧のように満開。(烏帽子山公園) そして、高畠町の「まほろばの緑道」(国鉄の廃線跡)も満開。(まほろばの緑道) この近くには、童話作家・浜田広介の記念館があるそうです。(高畠町のマンホール) 上山城の桜も満開。(上山城)(上山市のマンホール) 天童公園の桜も満開。(天童公園) 4月15日、16日が桜祭りで、この場所で「人間将棋」が開催されるのであるが、桜吹雪の舞い散る中での開催となったものと思われる。(天童市のマンホール)(天童駅前の道路案内板)(倉津川の夜桜) この日のお宿は天童温泉。夜は倉津川の夜桜散歩。見上ぐれば 倉津の川の 夜桜の 先に朧の 月はありける (朧家持)4月13日東根市・白水川➝堂の前公園➝村山市・東沢ばら園➝新庄市・最上公園➝山形市付近で車のトラブル、JAFに出動要請➝国営みちのく杜の湖畔公園➝仙台空港のレンタカー店で車の交換➝鹽竈神社➝岩沼温泉(泊) 天童市から更に北上、東根市へ。(白水川の桜) 白水川は、東根市を東から西に流れ、最上川に合流する河川。 「観光地ではないが見事な桜並木の堤防」にて、知る人ぞ知る桜の名所。 まあ、大阪くんだりからはるばると「桜追いの旅人」がやって来るのですから、この時ばかりと景色は輝きを増すのでありました。(堂の前公園) 堂の前公園は、東根市の東部山際にある市民憩いの公園。山の中腹まで植栽された桜が満開。(東根市のマンホール) これはサクランボの図柄でしょうね。 次は、村山市の東沢ばら園。 ばら園に桜を見に行くというのは、バラに対して失敬な気もするが、桜が見事なのだから仕方がない(笑)。(東沢ばら園) 此処の桜も満開。(村山市のマンホール) 新庄市の最上公園の桜は七分咲き。(最上公園)(新庄市のマンホール) 桜追っかけ一人旅。満開、満開で、ここまでは順調でありましたが、好事魔多し、山形市付近まで南下したところで、車のエンジンがかからないというトラブルが発生。JAFに出動を要請し、応急処置をしていただく羽目に。 国営みちのく杜の湖畔公園(此処では桜にも見放されたようで、花なし)を経由して仙台空港へ。レンタカー店で車を交換してもらい、最後の仕上げにと、鹽竈神社へ。(鹽竈桜・鹽竈神社) はい、満開の鹽竈桜に今年も再会、旅の仕上げとなりました。 この日のお宿は岩沼温泉。4月14日岩沼温泉➝仙台空港➝関西空港 最終日は、移動のみ。朝の便で帰阪でありました。 以上です。本日もご覧いただきありがとうございます。
2023.04.24
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囲碁例会の仲間の福麻呂氏はゴリラの絵を専ら描いて居られる。 先日、第62回二元展の案内ハガキを頂戴したので、本日、神戸までそのゴリラの絵を見に行ってまいりました。(ゴリラの絵・「前からみた自分」と「羨しいな」) 左の絵、「前からみた自分」が今回の新作。 神戸市教育委員会賞第二席を受賞されていました。 右の絵、「羨しいな」は、見覚えがある作品。 帰宅後に調べてみると、昨年10月の二元会兵庫支部展に出展されていた作品にて、その折のタイトルは「羨ましいな・・・」と今回のそれとは微妙に違っていますが、さして深い意味は「無いのかな・・・」であります(笑)。(「前からみた自分」)(「羨しいな」) この作品は、昨年の二元会兵庫支部展では、アートエキスプレス賞を受賞されています。<参考>二元会兵庫支部展 2022.10.10.(展示風景)(同上)(二元展案内ハガキ)(兵庫県立美術館王子分館・原田の森ギャラリー) 会場前の風景です。 午前10時開館のところ、9時45分頃に到着したので、会場前のベンチでしばらく待たされました。 会場の美術館の西側道路脇にて目に止まったのはコレ。(大阪大学レゴ部) レゴ部とは何であるか。 イゴ(囲碁)部なら分かるが・・(笑)。 で、これも帰宅後にネット検索で調べてみたら、コチラに説明がありました。「レゴ部とは?」の部分を下に転記すると、 レゴ®ブロックを通じて、社会や関西の子どもたちに社会貢献する集団です。これまでにも数多くの公共施設や商業施設でワークショップを成功させてきました。またテレビや新聞などのメディアにも多数出演しており、その活動の様子は社会に広く認知されております。 さらに年2回の学祭では部員オリジナルの作品展示会を開催しており、毎回入場者合計3000人を超える大規模なイベントとなっております。現在総勢48人の部員が在籍しています。ワークショップの計画・運営が主な活動内容ですのでレゴブロックの経験・スキルは全く問いません。 以上、今年もゴリラの絵を見に神戸まで、でありました。<参考>福麻呂氏の絵画関連過去記事は下記をご覧ください。〇二元会兵庫支部展 2022.10.10.〇二元展・ゴリラの絵を見に神戸まで 2022.4.22.○二年ぶりのゴリラです。 2021.7.6.〇出直し二元展・毎度のゴリラ・・ 2019.7.6.〇ゴリラの絵を見に梅田まで 2018.10.12.〇二元展に行って来ました 2018.7.8.〇サルの絵・真っ赤な嘘と真っ白な嘘 2017.11.20.〇二元展へ銀輪散歩 2017.7.6.<参考>福麻呂氏の絵はコチラ。
2023.04.20
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今日は、囲碁例会で梅田スカイビルへ。天気予報では雨ということで、自転車ではなく電車で行くしかないか、と思っていたが、朝起きてみると雨は降っていない、この分なら自転車でも行けるか、と判断。念のためザックに雨具をしのばせてMTB(マウンテンバイク)で自宅を出発。 ところが、家を出てしばらくすると雨がポツリポツリ。地下鉄長田駅付近までやって来た時には、本降りになる気配。 雨具着用で走るかどうか迷ったところで、地下鉄駅入り口のすぐ前に有料自転車預かり所のあるのが目に入る。ここに自転車を預けて電車で行くということも可能。雨具はザックにいれたものの、帽子を入れ忘れたことに気付き、本降りになると、雨対策としては不十分な装備でしかないということもあって、急遽、ここでMTBでの走行を諦め、これを預けることとする。 長田駅から地下鉄中央線に乗り、森ノ宮駅でJR大阪環状線に乗り換え、大阪駅へ。森ノ宮駅のコンビニでビニール傘購入。 大阪駅に降り立ってみると、雨は小止みになっていて、傘をささなくてもいいくらいの降り方。これだと長田駅前でMTBを預けずにそのまま走り続けた方がよかったかと後悔したが、これは結果論。 大阪駅から梅田スカイビルへと歩き出すとこんなのが見えて来ました。(大阪駅前、梅北広場の巨大女性像) 近くに寄ってみなかったので、作者や像の名前は分からないが、最近設置されたものなんだろう、ヤカモチは初めて目にする。 梅田スカイビル到着は11時20分。 少し早いが、いつもの店(ラーゴ・ディ・チェーロ・パルコ Lago di Cielo Parco)でランチ&珈琲とする。 昼食後、喫煙所でタバコを一服。少し時間が早いので里山を散策。(梅田の里山・タブノキ) 大伴家持が越中で見た「つまま」(タブノキのこと)とはくらべものにならない若い木であるが、若葉が芽吹いている。スカイビルの つままをみれば 芽を吹いて まだ若からし 梅田里山 (偐家持)(本歌)磯の上の つままを見れば 根を延へて 年深からし 神さびにけり (大伴家持 万葉集巻19-4159)(同上・ハクサンボク) 大伴家持は、スモモの花を「はだれ」(はだれ雪。まだらに積もった雪。)に見立てて歌を詠んでいるが、ハクサンボクの花についても同じ見立てができそうだ。わが園の ハクサンボクか 庭に降る はだれのいまだ のこりたるかも(本歌)わが園の 李の花か 庭に降る はだれのいまだ 残りたるかも (大伴家持 万葉集巻19-4140)(同上・シクラメン) ハクサンボクの花の白さを見つめ過ぎた目に何やら赤いものが飛び込んで来た。シクラメンであった。シクラメンの花は鉢植えのものを見るのが普通なので、雑草と立ち混じって野草然と地べたに生えている様を目にすると、何やらシクラメンとは違う花のような気がしてしまう。(同上・シャガ1) シャガは少し露出を抑えて撮影する方がいい写真になる。(同上・シャガ2)(同上・ハイノキ) 小さな白い花を一杯に付けた木があった。 ハイノキという名札が掛けられている。 里山の木には名札の掛けられているものとそうでないものとがある。 名前の知らない木の場合、このような名札は大いに助かる。ブログに掲載する場合に名前を調べなくてもいいから(笑)。(里山から見上げる梅田スカイビル) 先週5日には菜の花畑だった処が、田植えの準備に入るのか、田起こしの作業が始まっている。(梅田の里山・田起こし) 梅田スカイビルのイーストタワー1階には高速バスの待合室がある。 そこの自販機で飲み物を買う。(梅田スカイビル・高速バス待合室)(新梅田シティ・バス駐車場) 新梅田シティというのは、梅田スカイビルとこれに隣接してあるホテル、付属棟ビルなどを全体として呼称する場合の名称である。 12時半に会場となっている部屋に行くと、既に青◎氏が来て居られた。 早速、同氏と手合わせ。 これは2目半でヤカモチの勝ち。 対局中に来場された福麻呂氏と平〇氏との対局が始まっていたが、終盤にさしかかっていたので、両氏の対局が終わるまで観戦。これも2目半の差で福麻呂氏の勝ち。 メンバーチェンジして、ヤカモチの2局目は平〇氏と。これは、中央での大石同士の戦いをヤカモチが制して、中押し勝ち。 ということで、今日は2戦2勝。 これで、今年にはいってからの成績を11勝11敗と勝ち負け五分五分に戻しました。 帰途は、長田駅前の自転車預かり所でMTBを受け取り、これで帰宅。既に雨は止んでいて、花園中央公園経由での銀輪散歩の帰宅となりました。<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2023.04.12
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先日(4月8日)の墓参の帰り道で、アキニレの木にまとわりついていたミツバアケビに花が咲いているのを発見。 一枝だけ摘んで帰りました。 アケビの花はピンク色というか薄紫色であり、白花のものもあったりするが、ミツバアケビの花は焦げ茶色というかチョコレート色というか暗い濃赤紫色である。 <参考>アケビの花の写真掲載の記事はコチラ。(ミツバアケビ<三葉木通>) 大きい花と房状になった小さい花がある。 大きい花が雌花で房状の小さい花が雄花である。(同上)<参考>ミツバアケビ・Wikipedia アケビよりも実が大きく、アケビと同じく食用にもなることから、果樹としても栽培されるという。繁殖力も強いらしいから、この一枝を摘んでも問題はないだろう。(同上・雌花)(同上・雄花)(同上・雌花と雄花)(同上・雌花と雄花) 以上は、4月8日墓参から帰宅してすぐに、白い紙の上に花を置いて撮影したものであるが、しばらくすると葉がヘナヘナとしてきたので、一輪挿し代わりに小型のペットボトルに水を入れて差してみた。 するとすぐに元気を取り戻し、葉もピンとして瑞々しさを回復したのでありました。 今日(4月10日)現在の状態が下掲の写真です。 ちょっと、くたびれかかっている気もしないではありませんが、チョット見には未だ元気に見えます。(同上・採取2日後の状態) アケビの実は、子どもの頃に食べて嫌いになったのか、見た目だけで食べる気が失せた「食わず嫌い」であるのか、記憶が曖昧なのであるが、これを食べようとは絶対に思わないヤカモチ。 花だけで十分であります。 万葉集の歌で「さのかた(狭野方)」というのが登場する。植物の名前だろうと考えられているが、如何なる植物であるかは不詳である。 これをアケビのことだとする説もあるので、ヤカモチ風に戯れ歌を1首詠んでみることに。花のみに 咲きて見えこそ さのかたは 実にならずとも よしとや言はむ (木通家持)(花だけ咲いて見せてくれてこそのアケビ。実にはならなくていいと言おう。)(本歌)狭野方(さのかた)は 実(み)にならずとも 花のみに 咲きて見えこそ 恋のなぐさに (万葉集巻10-1928)(狭野方は実にならなくても、せめて花だけでも咲いて見せてくれ、恋の慰めに。)(本歌)狭野方(さのかた)は 実(み)になりにしを 今さらに 春雨(はるさめ)降りて 花咲かめやも (同上巻10-1929)(狭野方はもう実になっているのに、今更春雨が降って花が咲いたりするものでしょうか。) アケビが実をつけるのはまだ先であるが、枇杷はもう小さな実を付けていました。こちらは、墓参に向かう往路で撮影した写真であります。 こちらは、実になってこその枇杷である。花だけが咲いたとて誰も喜ばないというもの。(ビワの実の赤ちゃん) これは果樹栽培の枇杷ではなく、熟したとて鳥たちがついばむだけ。 先日の若草読書会のお花見の折に馴染みの果物屋さんにて早くも枇杷が並べられていたので、全部(と言っても8パックのみ)を買い占め、手土産にお持ちしました。そんなことで、今年の枇杷についてはヤカモチはもう食したことになります。<参考>花関連の過去記事 花(5)・2022~ 花(4)・2020.4.~2021 花(3)・2017~2020.3. 花(2)・2012~2016 花(1)・2007~2011
2023.04.10
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今日は、日本基督教団小阪教会のイースター特別礼拝に出席してまいりました。小阪教会は、故智麻呂氏が牧師でいらした時に、高校生であったヤカモチが通い始めた教会であり、また通い始めて3年後のクリスマス礼拝に、智麻呂氏のすすめもあって、洗礼を受けた教会でもあります。 その後、智麻呂氏が同教会の牧師をお辞めになったこともあり、同教会との関係は途絶えていましたが、昨年2月にご逝去された智麻呂氏のご葬儀が同教会で執り行われたことを契機として、その年のイースターの礼拝に出席するなど、少しばかり関係が復活しています。 今年も、智麻呂夫人の恒郎女さんからのお誘いもあり、イースター特別礼拝に出席することとしました。礼拝後、故智麻呂氏のご遺骨が納骨されている羽曳野市の「はびきの中央霊園」にある小阪教会墓地での墓前礼拝があることや来月26日には、同教会礼拝堂をお借りして故智麻呂氏を偲ぶ会を若草読書会主催で開催する予定にしていることもあって、今年もイースター礼拝に出席することにしたものであります。 自転車で小阪教会まで行くつもりでいたところ、恒郎女さんから電話があり、お嬢さんのめぐの郎女さんが「車で迎えに来てくれるので、ヤカモチさんもこれに同乗しませんか。」との話。 ということで、自転車で恒郎女邸に出向き、自転車は同邸前に駐輪し、そこから車で小阪教会へ向かうことに予定変更。(日本基督教団小阪教会)(同上)(同上・イースター特別礼拝のプログラム) 読書会メンバーでこの礼拝への出席者は、恒郎女さん、景郎女さん、敦郎女さんとヤカモチの4名。 敦郎女さんは現在も小阪教会の教会員ということで、若草読書会メンバーとしての出席という意識はお持ちではなかったかと思いますが、教会役員のS氏やFさんをご紹介いただく。 N牧師にもご挨拶し、偲ぶ会のプログラムや会場の件でご相談申し上げ、メールアドレスを交換し、以後メールでのやりとりでこれを行うことになりました。帰宅後、プログラム草案をメールで送信し、ご意見をお伺いする。 昼食後、はびきの中央霊園へ。(はびきの中央霊園小阪教会墓地での墓前礼拝) はびきの中央霊園は昨年の4月以来。 桜がまだ咲き残る中、墓前礼拝でありました。 「今日は好い天気だ。 風もさやかに吹いている。」 縁の下では蜘蛛の巣が心細さうに揺れている、かどうかは知らぬが、 智麻呂さんも中原中也を気取って、こんな風に呟いていたりするかも。(同上・後方の山は鉢伏山)(同上・プログラム) 墓前礼拝終了後は、めぐの郎女さんに代って、もう一人のお嬢様であるかほりの郎女さんが、母親である恒郎女さんを送るということなので、彼女の車に乗り換えて、恒郎女邸へと向かう。 国分経由の道は、不案内なので自信がないというような話であったので、ヤカモチが助手席に坐り「ナビ」を務めることとする。 この辺りは、ヤカモチの銀輪散歩コースの一つであり、何度も走っているので、「ナビ」は務まるだろうと思った次第。 ただ、自転車では一方通行を意識せず逆走するなどは日常的なので、難点はこの点にある。今回も外環状道路に出るところで、一つ早くに辻を左折したので、恩地付近でこれに陥り、少し回り道を余儀なくされましたが、無事に外環状道路に出ることができ、「ナビ」終了となりました。 恒郎女邸に無事到着。30分余、恒郎女さん、かほりの郎女さんと、珈琲をご馳走になりながら談笑。同邸に駐輪して置いた自転車(CB)で午後5時半頃に帰宅。<参考>過去の若草読書会関連記事はコチラ。
2023.04.09
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今日は午前中に月例の墓参。 いつもの寺の門前を通りかかると、今月の言葉はこれでした。(今日の門前の言葉) 人の世に いのちの ぬくもりあれ 人間に いのちの 輝きあれ ―藤元正樹― 藤元正樹という人物のことは存じ上げないが、この言葉を見て思い浮かんだのは、「人の世に熱あれ 人間(じんかん)に光あれ」という水平社宣言の結びの言葉でありました。果たして、その通りで、この門前の言葉は水平社宣言の結びの言葉を元にしたものでありました。<参考>水平社宣言・Wikipedia(墓地からの眺め) 今日はお天気が不安定で、時に短く雨がパラつきましたが、墓参の途中でも少しパラパラと雨が落ちてきたりもしました。 しかし、直ぐに止んで、濡れるということはなし。 墓参の間ずっと曇り空にて、時折、雲間から日が射すというようなお天気で、上の写真のように、大阪市街のビル群もかすんでよくは見えないという状態。(墓地からの眺め・山側)(墓地のクスノキ) もう枯れてしまったかと思っていた墓地のクスノキであるが、右側の小枝のみ若葉を芽吹かせていましたので、辛うじて一部が命脈を保っているようです。幹には「頭上注意」の貼り紙がしてありますが、枯れ枝が落下して来て怪我をしても自己責任ということか。 墓参から帰ってしばらくすると、雨が降りだしました。 昼食後、銀輪散歩に出掛けようとしたら、未だ雨が降っていたので、止むまで待機。午後2時過ぎには雨も止んだので、マイCBで銀輪散歩に。(花園中央公園のサトザクラ) 花園中央公園桜広場のソメイヨシノも殆ど散ってしまい、八重のサトザクラが代わって主役をつとめていました。 水走公園、加納緑地など恩智川沿いを軽く走って帰宅。 さて、話は変わりますが、先般、石切生喜病院にて受けた検診で便潜血が認められたとかで、精密検査(大腸内視鏡検査)を受けることとなり、その検査日が昨日7日のことでありました。 7日は全国的に雨。と言うことで自転車では無理。また、病院からも麻酔をするので、車や自転車での来院はダメと言われてもいたので、電車で新石切駅まで行き、そこから徒歩で病院に向かいました。 検査は午後2時半からということで、2時には来院くださいとのこと。 検査は済みましたが、検査結果は21日以降の担当医の外来診察日に受診の上、確認せよとのことで、今しばらくは結果不明が続きます。小さなポリープを二つ切除したことが、診療明細書から読み取れるので、その組織診断をして結果判明ということになるのだろう。 前日午後9時以降から検査終了までは絶食ということで、前日の午後7時以降から検査日7日午後3時過ぎまでの約20時間、お茶、水以外何も摂取しない状態が続いたので、検査後に先ず取った行動は、病院の向かいの馴染みの喫茶店、ペリカンの家に駆けこみ、20時間ぶりの食事をすることでありました。(新石切駅ホーム) 上の新石切駅ホームの写真は、ペリカンの家で食事を済ませた後の帰りに撮ったもの。 生駒駅経由で、自宅最寄り駅の枚岡駅へと向かいます。(同上・生駒行き電車到着します。) さて、話がまた変わって、ついでにもう一つの話題。 4月6日のアクセス数が急増して2282。 昨年の10月半ば頃に一日当たりアクセス数が急減し、それまでの半分とか3分の1程度のアクセス数になり、アクセスカウンターに何らかの異常が生じたのかと思ったりもしましたが、他のブロ友さんも同じく急減していることを知り、ヤカモチのブログのみの問題ではないと安心したものでした。その後は、1000を超えるアクセス数になることは滅多になく、700台~900台で推移していたところ、一昨日に久々に2000を超えるアクセス数になったので、昨年10月の急減以前の状態に戻ったのかと思った次第。 しかし、翌日7日にはまた752で元の状態に。どうやら、4月6日に当ブログにのみ起こった春の嵐、一時的珍現象であったようです。 それで、楽天ブログランキングというページを開いてみたら、「その他ジャンル」という部門で、当ブログの順位が7位にランクされていました。 そう度々はチェックしないので、当ブログがどの程度の順位にいるのかは分からないのだが、ヤカモチの印象では、100位台~400位台あたりをウロチョロしているのではないかというもの。 それだけに7位というのは驚きでありました。 そもそもこの順位というのは前日のアクセス数の多い順にランクされるという訳では必ずしもないようなのであるが、アクセス数の多さも幾らかは順位判定に関係していることが、この6日のアクセス数急増と7日の7位という順位からは、言えるようです。(2023年4月7日のその他ジャンルに於ける楽天ブログランキング) 以上、ごちゃまぜの記事にて、カテゴリ分類ができません(笑)。
2023.04.08
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今日は、囲碁例会の日。 囲碁例会は、毎月2回、第1、第2水曜日に梅田スカイビルの付属棟である、ガーデンファイブ棟の5階にある部屋を会場として開催される(但し、年末・年始、お盆休み、祝日などの場合は休会)。 2012年3月までは梅田スカイビルのタワーイースト21階の部屋を会場としていたが、同年4月から現在の部屋に変更となっている。 この会は2008年4月に発足しているので、今月で15周年を迎えたことになる。ヤカモチは発足当初からのメンバーであるが、勝敗の記録を取り始めたのは2009年からなので、それ以前の勝敗記録は残っていない。 今日の対局が終了した時点での、記録にて確認できるヤカモチの全通算成績は339勝316敗(勝率518)となっている。 今日の出席者は村〇氏、福麻呂氏、平〇氏、ヤカモチの4名。 ヤカモチの今日の成績は、村〇氏と平〇氏の両氏に負け、福麻呂氏には勝ち、1勝2敗でありました。 村〇氏との対局は中盤での勝負どころで手順のミスで返り討ちにあって完敗。平〇氏との対局は左辺に大きな地を与えてしまう展開となってこれも完敗。福麻呂氏との対局はやや負けているかと思ったら1目半の辛勝。どれも不本意な碁でありました。 このところ1勝2敗が3回連続していて、調子が出ない。今年に入ってからの成績もこれで9勝11敗と負け数が先行している。 さて、自宅から梅田スカイビルまでは、自転車で1時間半程度かかるのであるが、お天気に問題がない限り、「銀輪散歩」と称して、自転車で行くことにしている。 今日も、マイCB(クロスバイク)で出かけました。 今日は、自宅を出て北に走り、枚岡神社の前を通り、額田駅の西側の道を行き、東石切公園に立ち寄り、石切神社参道を西に下り、石切神社の前を通過して新石切駅前を西へという、いつもと違ったコースで中央大通りに入りました。(東石切公園) 中央大通りに入るまでのコースはその日の気分でマチマチであるが、普通はもっと西の何処かで入るので、今日のコースは囲碁例会のそれとしては、初めてかもしれない。 中央大通りから大阪城公園は毎度のコース。(大阪城公園・森ノ宮入口) 今年は、開花宣言が随分と早く、満開宣言も早かったが、その後の花持ちはいいようで、今日もまだ十分にお花見に堪える桜の「咲きっぷり」である。 公園内の桃園の、ハナモモも満開。(大阪城桃園)(同上) 大阪城公園の北西出口に「大阪砲兵工廠跡」の碑があり、一角にレンガ造りの建物が残っているが、道を挟んだ反対側にもその残骸のような小さな小屋風建物がある。(これも砲兵工廠の残骸か?) 梅田スカイビル到着は11時50分頃。 いい陽気なので、ビルの西隣の公園のベンチで、コンビニで買ったサンドイッチでランチとする。(梅田の里山・菜の花畑) ランチ後、梅田の里山を散策。 菜の花が満開です。 さて、以下は帰途に撮った写真です。 帰途は、天満橋北詰めで信号が赤であったので左折して東へ、造幣局の裏門(西門)の前から人道橋の川崎橋で大川を渡り、大阪城公園に入るというコースを選択。 大川べりの桜はまだ見頃の範囲内で、お花見をしている人も多くいました。(大川べりの桜・川崎橋から西方向<下流側>)(同上・川崎橋から東方向<上流側>) 大阪城公園に入ると、更に多くの花見の人。 皆、ビニールシートを敷いて飲食という、コロナ前のスタイルのお花見である。 往路の大阪城公園とは打って変わった賑やかさでありました。<参考>囲碁関連の過去記事は下記参照。 囲碁関係(その1) 2008年~2019年6月 囲碁関係(その2) 2019年7月~
2023.04.05
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今日(4月1日)は若草読書会のお花見でありました。 コロナ禍などで、休止していた若草読書会は今年1月29日の新年会で、3年ぶりに復活再開しましたが、お花見会は2019年4月7日開催が最後で、2020年から休止となっていたので、お花見としては4年ぶりの開催ということになります。 2009年から始まった若草読書会のお花見であるが、第1回目は枚岡公園で開催している。2010年の第2回目からは花園中央公園開催というのが恒例となっていた。2020年の第12回目お花見が休止となり、22年まで休止が継続したので、今年のお花見が第12回目ということになる。 当初は、旧来の通り花園中央公園での開催を考えていたが、恒郎女さんが、自宅近くの長門川沿いの桜並木の下でお花見にしたいと仰ったので、そうすることに決定した。 しかし、川沿いの桜並木の下に居座って飲み食いをするという宴会スタイルの花見とした場合のネックとなるのが、トイレの問題。花園中央公園の桜広場はトイレも近くにあり、長い時間を過ごしても問題なかったが、長門川べりの桜並木ではトイレがないので、そうはいかない。 ということで、そのことに気が付いたヤカモチから、集合場所の若草ホールで昼食(これは各自が弁当・飲み物持参)を済ませた後で、散歩という形の、通り抜け方式のお花見を提案し、そうすることに変更となった。 もう一つの変更は、ヤカモチにて1時間程度万葉関連の話をすることになったこと。 毎年、お花見は何と言ってテーマを決めた話を誰かがするということはなく、宴会と歓談というのがお決まりのパターンであったので、そのつもりでいたのだが、3月13日になって、凡鬼さんからお電話が入り、誰かに何かまとまった話をしてもらえないか、ヤカモチさんの万葉の話でもいいが・・という内容のお申し出。 こういう話は振ったほうが勝ち、振られた方が負けというのが相場。 急遽、偐山頭火さんに電話して、何か話をしてもらえないかとすぐさま他者へ振ったのだが、「勘弁して」との返事。仏のヤカモチ、強引なお願いはできない性質なので、「急な話だから仕方ないか。では、僕の方で何か万葉の話を考えることにするよ。」ということになる。と言ったもののテーマの選定、資料作り、話の組み立てなどを検討する時間的余裕は余り無い。 そこで、閃いたのは、お花見の集まりだから、桜の万葉歌を鑑賞するという、まことにシンプルなこと。桜の万葉歌なら、過去のブログで記事にしている筈と調べると、果たして、2018年3月17日の記事にそれがありました。(<参考>「桜の万葉歌」2018.3.17.) この記事をトレースしてコピーし印刷に打ち出したものを、講義資料とすることで、資料作成の問題は解決。 全40首の桜の万葉歌が現代語訳付きで記事に掲載されているので、自身のこれまでの知識を幾らか整理するだけで、それなりの話はできそうと思えました。また、全40首を鑑賞する必要はなく、採り上げる歌の数を適宜調整することで、講義時間も調整できる。 ということで、東京から帰って来た3月22日の翌23日か24日から資料作りなどの準備を始めました。思った以上に簡単でその日のうちに資料は完成。当日が近くなったので、30日に採り上げる予定の歌も選別し〇印を付し、講義資料のヤカモチ手許控に、それらの歌についての、話のキーワードをメモ書きするという作業も完了。簡単に準備完了でした。 かくして、今日・4月1日を迎えました。 午前11時、恒郎女邸・若草ホール集合。 どういう順序でプログラムを進めるかを諮ったところ、お弁当タイム後に万葉講座、と考えていたヤカモチの心づもりに反して、先ず「万葉講座」をというのが皆さんの意見。 理由は、食後では眠くなって居眠りしてしまうかもしれないから、というのであって、楽しみだから早く話が聞きたい、というものではありませんでした(笑)。 理由はともかく、全40首のうちヤカモチが任意に選んだ27首を順次紹介し、思いつくまま適当にお話を進めました。 おまけとして、次のヤカモチの歌も鑑賞しました。去年(こぞ)の春 逝きにし君に 我(あ)が恋へば 桜の花は むかへけらしも (偐家持)(本歌)去年こぞの春逢へりし君に恋ひにてし桜の花は迎へけらしも(若宮年魚麻呂 巻8-1430) (去年の春にお逢いしたあなたに恋い惹かれている桜の花が、迎えに来たのですね。) ヤカモチの上の歌は、昨年2月にご逝去された智麻呂氏のことを偲んで作った歌。「去年の春に逝去されたあなたのことを恋しく思っていると、今年も桜の花が咲いて、迎えに来てくれたもののようです。」というもの。 桜の花を愛した智麻呂氏。桜の花だけでなく、色々な花を愛された智麻呂氏。桜の花だけでなく、それらの花が咲くのを見るごとに、「〇〇の花は迎へけらしも」と感じるのだろうと思う。 午後12時過ぎに「万葉講座」終了。 各自持参のお弁当でランチタイム。恒郎女さんがご用意くださった蜆の味噌汁もご馳走に。 ランチ終了後、皆うちそろって長門川の桜並木へ。 今年は、満開宣言が早かったので、4月1日まで花が持つのかと心配しましたが、満開後も継ぎて咲く花が多くあったようで「花もち」のいい年であったようで、まだ花見頃の景色でありました。(長門川沿いの桜)(同上) こんな風に、まだ満開、今ぞ盛りと言ってもいいような景色です。(同上) 足元、木の根元付近に目を落とすと、こんな桜花も。(同上・ひこばえの桜) ここは、生前の智麻呂氏が夫人の恒郎女さんとご一緒によく散歩された道である。智麻呂氏はこのようなひこばえの桜花もお好きであったと聞く。 次は、3月24日に撮影の同じ場所の桜の写真です。 4月1日に散ってしまっていたら、画像ででも花見をと、念のため撮った写真。(3月24日撮影写真・北から南方向を撮影)(同上) 写真的には、お天気の所為もあるのでしょうが、今日の写真の方がずっと華やかな雰囲気です。 一陣の風が吹き、たちまちの花吹雪。路面に散り敷いた花びらも風で舞い上がり、さながら雪が舞っているようでありました。読書会の面々も花吹雪に包まれました。 それを見届けて、いいものを見たと満足。若草ホールへと引き返すことにする。 帰途に新若草橋から恩智川の菜の花を鑑賞。 これも、3月24日撮影の写真があるので、それを掲載して置きます。 この写真があるからと、今日は撮影しなかったのですが、今日の方が真っ盛りでずっと美しかったように思います。(恩智川のセイヨウカラシナ) 若草ホールに戻り、珈琲タイム&歓談。 5月26日に予定している、智麻呂氏を偲ぶ会の件の打ち合わせも併せ行いました。 最後に、本日の参加者は、恒郎女さん、凡鬼さん、景郎女さん、敦郎女さん、小万知さん、槇麻呂さん、和郎女さん、偐山頭火さん、偐家持の9名でありました。
2023.04.01
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