先日(7月29日)、柳生を銀輪散歩して参りました。記事が前後し、8月になってしまいましたが、本日はそのご報告であります。右膝を痛めているので、片道銀輪散歩とし、往路はバスを利用。奈良から約50分、9時過ぎに柳生バス停に到着した。バス停で自転車(トレンクル)を組み立て、出発。東海自然歩道、県道などを走って奈良駅前まで帰って来るという計画である。山道は自転車を押したり、担いだりしながらになるが、膝の調子が良ければさしたることもない行程である。
柳生と言えば十兵衛杉。柳生のシンボルともなっているこの老杉に先ずご挨拶して行く。
(十兵衛杉)
昭和48年に2度の落雷に遇って枯れてしまったそうで、今は「弁慶の立ち往生」ではないが、白々とした幹を晒して立ち尽している。
柳生十兵衛(宗矩の長男。独眼流柳生三厳十兵衛)が寛永3年(1626年)諸国漫遊の旅に出る際に、先祖の墓に参って植えた杉だと言い伝えられている。十兵衛杉の下へと続く野の小道には山百合がをちこちに咲いて迎えてくれる。
(山百合)
十兵衛杉の北側に中宮寺がある。道標に従い、訪ねてみる。
(中宮寺への道)
(中宮寺)
中宮寺は芳徳寺が出来る前の柳生家の菩提寺であった寺のようであるが、寺の前の消えかかっている説明板には次のようにある。
後醍醐天皇、笠置山に潜幸の際、天皇をお助けし、柳生播磨守永珍の嫡男柳生備前守家重が文和2年甲午(1354)8月6日逝去、大和国添上郡柳生下邑中宮寺に葬す、墓碑あり、と柳生家所蔵の記録に残されていることから、これより以前に建立されていたことになる。柳生但馬守宗矩が寛永15年(1638)亡父石舟斎宗厳の菩提を弔うため芳徳寺を建立するまで代々柳生友矩まで中宮寺に葬す、と記録されている。それ以後は柳生下邑の檀家寺となり、現在は又ミニ公民館となっている。本堂には薬師如来の木像がまつられている。鎌倉時代末期の作とも言われている。
(古城山)
元弘の乱(1331年)の際、後醍醐天皇潜幸の笠置山の南部を守るため、柳生永珍がたてこもった山。山頂は平坦になっていて堀の跡が見られるとのこと。柳生バス停の処から階段を上って行く道があり、その先に剣塚があると表示されていたが、それはこの古城山への道であったようです。
古城山を左に見つつ、東海自然歩道を南へ。柳生藩家老屋敷へと向かう。
(柳生藩家老屋敷への道)
手前右の屋敷が家老屋敷かと思いきや、一般の民家。奥にあるのが家老屋敷でありました。
(家老屋敷)
柳生藩(1万石)の家老、小山田主鈴(1781~1856)の旧邸。主鈴は文政9年(1826)国家老として江戸から奈良に移り、藩財政の立て直しに成功する。弘化3年(1846)に家督を譲り、この地に新邸を営んで余生を送ったとのこと。弘化4年(1847)8月着工、翌嘉永元年(1848)6月上棟したのがこの屋敷。昭和39年(1964)から作家山岡荘八氏の所有となり、NHK大河ドラマ「春の坂道」の原作もここでその構想を練ったと言われている。昭和55年(1980)に遺族から奈良市へ寄贈された。
(同上)
(家老屋敷・長屋門)
米蔵その他の付属施設が撤去されたりしているが、主屋は創建当初の姿をほぼとどめている、奈良県下では殆ど唯一の武家屋敷の遺構であるのだそうな。
(主屋内部)
(同上)
家老屋敷を出て南へと向かう。
(小山田家分家屋敷)
こちらは小山田氏の分家。その末裔の方が今も居住されているのであろう、非公開となっている。
更に南に進むと柳生中学校。剣道の練習をする中学生の声が聞こえて来る。いかにも柳生の里である。
今川という小さな川を渡り、芳徳寺へと向かう。
(芳徳寺)
芳徳寺は柳生宗矩が父石舟斎宗厳の供養のため寛永15年(1638)に創建した寺。柳生氏代々の菩提所。石舟斎の法名「芳徳院殿荘雲宗厳居士」から芳徳寺と名付けられた。開山は沢庵和尚。
境内に桔梗と女郎花が咲いていました。秋の花である。風にもそっと秋が忍び込んでいるのだろうか、木陰に寄れば風が冷んやりと心地良い。
寺の裏の林の小道を行くと柳生一族の墓所がある。
(柳生一族の墓所)
(同上)
墓所から、来た道を引き返して来ると本堂の脇は美しい緑のトンネルのように見える。蝉が盛んに鳴いている。
奥津城の 道は間なくし 蝉しぐれ
風さみどりに 色深みかも (偐家持)
(芳徳寺境内)
芳徳寺山門の前の坂を下った三叉路で左に坂道を上って行くと一刀石がある。これが結構な山道で距離もかなりある。うねうねと上って行くと森閑とした森の中に巨石がある。
(道の右<山>側) (道の左<谷>側)
処々、谷に向かって路肩が崩れている林の中の小道を行く。ヒグラシが鳴いている。やがて、坂の上に鳥居が見えて来る。天石立神社とある。
(天石立神社)
(天石立神社)
(後:きんちゃく岩、前:前伏磐)
ここで、文字数制限一杯のようです。一刀石から先はページを改めます。( つづく
)
<追記・注>
タテ長写真6枚
が横倒しになった歪んだ画像になってしまっていたので、2020年10月30日これらを復元修正しました。
●
過去記事の写真が歪んでいたりすること
2020.10.12.
飛鳥川銀輪散歩(下) 2024.11.11 コメント(4)
飛鳥川銀輪散歩(上) 2024.11.10 コメント(2)
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