本日は若草読書会の例会でした。
出席者は、智麻呂・恒郎女ご夫妻、凡鬼氏、祥麻呂氏、ひろみちゃん氏と小生の6名といつにない少人数となりました。ひろみちゃん氏は今回は初参加。同氏は小生の中学の同級生でブロ友にして、智麻呂絵画のファンでもあるということで今回からご参加戴くこととなりました。若草読書会としては、今年の新年会のれんげの郎女さんに続く新入生ということになりますが、このように新しい人がご参加戴けるのは有り難いことであります。
今回の発表者は祥麻呂氏。課題図書は、ベラルーシのノーベル賞作家、スベトラーナ・アレクセービッチ著「チェルノブイリの祈り」(岩波現代文庫)である。
この本は、1986年4月26日に起こった、ソビエト連邦(現、ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発事故によって、被害を受けた住民や事故処理に当って被爆した多数の人々や被爆して発病し死んでいった人々の遺族の証言を収集したドキュメンタリーである。
放射能被爆というものの怖さについて何の知識もなく、その危険性についての情報を開示されることもなく、満足に線量計も与えられず、防護服の支給もなく、「お国のため」と事故処理に当たり、多量の放射線に被爆し発病し死んで行った人たちについての遺族の証言。病床にあって苦しむ人たちの証言。作者は自身の意見や感想を差し挟むことなく、膨大な人々の証言を積み上げることによって、あの事故が何であり、何が起こり、その時人々はどう動き、国家というものが何をしたのか、何をしなかったのか、ということを明らかにして行くという(ドキュメンタリーというものはそもそもそういうものなんであろうが)手法で、僕らの前に問題を、ものを思う素材を提示し、歴史的事実に対するイメージの喚起を促している。読み進んでいて楽しいものでは、勿論ないし、むしろ、出来るなら目を背けていたい現実ではあるけれど、フクシマを経験した僕らは、原子力発電に電力を依存して生きている僕らは、やはり読んで置かなくてはならない本の一つなのであろうと思われる。
原発の問題や国家権力の隠蔽体質や色々の角度から感想や意見が参加者の間で交わされましたが、それを「ドキュメンタリー」するほどの筆力もありませぬゆえ、詳細は割愛であります(笑)。
議論が一段落した処で、珈琲ブレイク。ひろみちゃん氏が持参下さった珈琲とお菓子、また本日欠席の小万知さんが差し入れて下さったお菓子を戴きながら雑談へと移行。その後、恒郎女さんがご用意下さった茶蕎麦を戴きました。
何でも、恒郎女さんがまだうら若き女学生であった時代、京都の蛸薬師の近くにあった蕎麦処「大文字」(今はもう廃業したかで無くなっている)の茶蕎麦が美味しくて、それを真似て作ってみた、という茶蕎麦でありました。
大文字か中文字か小文字か確かめてみようという憎まれ口をきいて箸を付けた小生でありましたが、なかなかに美味。勿論、小生は「大文字」の茶蕎麦なるものを存じ上げぬので、それと比べての判定は致しかねるのであるが、一応「大文字」の評価でありました(笑)。
ひろみちゃん氏は、茶蕎麦の写真も撮って居られましたから、彼女の本日のブログを覗いて戴ければ、或は、その写真が掲載されているやも知れませぬ。
<参考追記2016.6.6.> ひろみちゃん氏の同ブログ記事
かくて、当方は、本の表紙の写真しかありませぬゆえ、拍子抜け、と評されるのも癪なので、アメリカフウロの写真を上に掲載して置きました。
これは、智麻呂邸の前の小さな公園の一角にて見つけたものであります。ヤカモチは未だ喫煙の悪癖から脱出できて居りませぬので、読書会の途中で抜け出しては、その公園で一服するということが常であり、本日も何度か脱出して公園へ、でありました。
勿論、読書会とも原発とも何の関係もない写真であります。読者への「おもてなし」という奴であります(笑)。写真ネタがないから、花のタネの写真で、という駄洒落でもあります。
なお、次回読書会は、9月24日(土)午後1時半~と決まりました。
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