飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

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腐敗惑星● (12)から


作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
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腐敗惑星(12)
 腐肉の地表上をトリニティは歩んでいた。「何よ。これ、ここが地表なの。ここを歩けと
いうの」
「しかたがないじゃろう」チャクラの声が服のモニターから流れてきた。
「お願いだから、羊宮に戻してよ」
「だめなのものはだめじゃ」
 腐肉の大地を歩くのに最初は苦労した。今では何とか、チャクラがトリニティのために
造ってくれた特殊な靴のおかげで、沈まずに歩いていける。
 これまでのあいだ知識生命体にはあわずにいる。存在するのは腐肉を喰べていきている
小動物だけだ。あとはかってロケットや何かのわからぬ機械の残滓の山々。また延々と続
く腐肉の大地。所々にある体液や腐敗液の池だった。あまり遠くを見通すことはできない。 
「あ-あっ、地獄めぐりだわ、もう、いや」 トリニティはマスクを顔の前につけている。
この大地の臭気を、直接肺の中にすいこんだらむせかえってしまうだろう。あの居心地の
いい地下迷宮チャクラのエアーコンディショニングの中で生長したのだから、ここは確か
に地獄だろう。
「なぜ、こんな所を歩かきゃならないの」彼女は不満を述べている。
 トリニティは何かの大きな骨格をは発見し、その上にすわって考えて始めた。
(一体《禁断の実》なんてどこにあるのかしら。実ってことは木があるわけよね。でも森
林、いえ木なんて見たことがないわ。
 ひょっとして、羊宮チャクラみたいに、地下に生存エリアにあるのかもしれない。でも
どうしたら見つけられるの。
 なぜ、ちゃんと教えてくれないのよ。早く見つけてチャクラのところへ帰りたい。こん
な所もう、うんざり。
 チャクラはそれについて何も教えてくれなかった。それとも《禁断の実》なんて、どこ
にもないのじゃないかしら。それに《禁断の実》を発見してどうしたらいいの。わからな
い事ばっかし。あたしには荷が重いわ)
 何かがトリニティを観察していた。そいつは地下で数百年の眠りからさめたところだっ
た。トリニテイの歩く感触で、そいつは敏感に目覚めたのだ。大きな音をあげてそいつは
地表にたどりつく。
 腐肉の中からようやく出現したそいつは、トリニティの前に顔を向ける。
「あなたは誰」そいつは、トリニティに叫ぶ。トリニティは、これが戦闘16面体かしらと
驚いている。
(いやよ。まだ心の準備ができていないわ) 地下羊宮チャクラの中枢頭脳は、彼女の視
線と同一化していた。彼女のみたもの、感じたものがすべて脳波となって、チャクラのと
ころへ送りつけられていた。
「しまった。あやつ、まだ生きておったのか」チャクラは独りごちた。
「あなたこそ一体誰なの」トリニティはその生物に尋ねる。
「あなたが先に名乗りなさい。この星では生きている人間など見るのはひさしぶりよ。あ
なたが生きていられる事が、不思議だわ」
「そんな事を言われてもこまる。あたしはトリニティ。チャクラに育てられたのよ」
「チャクラですって」その生物はニヤリと笑ったようだった。
「チャクラならやりかねないわね」
「どういう事なの、それ。それにあなたこそ生物でしょう。なぜこの星で生きていけるの
よ」
「ほっほっほっ、おもしろい事をいう女の子ね。なぜ私が生きているかですって、チャク
ラから聞いていないの」
「どうやら、その顔は聞いていないようねえ。それなら……」
 その生物がしゃべりかけた時、上空から突然、銀色にきらめく物体が降下してきた。
 そいつは自ら浮力を持ち、空間を自在に移動できるようだ。
「女よ、お前は寂寥王の分身なのか」その突然出現した異物は言った。メタリックな16
面体だつた。
 さわるとスパッと切れそうと、トリニティは思った。こいつが16面体なの。
「寂寥王ならば、かわいそうだが、お前を殺さねばならぬ。我々は寂寥王が現れる事を認
めるわけにはいかん」16面体の声はエコーがかかっている。何人かがしゃべっている感じ
だ。
(チャクラと違って扱いにくそうな奴)
「我々がいま、この腐敗惑星を支配している。お前のような生命体を認めるわけにいかん。
かわいそうだが、死んでもらおう」
「ここを支配ですって。なぜ、あたしがあなたにころされなきゃいけないの。相手をみて
言ってよ。チャクラから聞いていたけど、あなた、絶対変よ」
 が、抗議も聞かず、恐ろしいスピードで、16面体はトリニティの側にちかづいてきた。
「どうして、次々と知らない人があらわれるよ、あたしは禁断の実をさがしているだけな
んだから。チャクラ、助けて」トリニティは泣きながら叫んでいた。
「何!禁断の実だと」2つの生物が同時に叫んだ。16面体は、先に現れた生物に叫ぶ。
「お前は何だ、ゴーストトレイン、死んだのではなかったか」メタリックな16面体が、地
中から出現した生物に言った。
「あなた、ひさしぶりね。戦闘16面体。あなたこそ、まだ生きていたの」そう言いながら、
地中から出現した生物はずぶずぶと、腐肉の地中から全身をあらわしていた。全長20mは
ある“イモムシ”の様だった。関節が所々にある。側面に窓があり、模様のようにキラキ
ラ輝いていた。
「この子は我々にまかせろ。寂寥王かもしれないからな」16面体がゴーストトレインの方
を向いて言った。
「あなたこそ、この子から手をひきなさい」「ヘイヘイ、二人ともなによ。あたしを無視し
て、あたしを巡ってけんかしないでよ」
「トリニティ、いい、私の命令に従いなさい」ゴーストトレインは言った。
「そんな事言ったって」
(いやな奴だわ。強引よ、今あったばかりなのに)
「考えているひまはないでしょう。この16面体はあなたを殺そうとしているのよ」
 ゴーストトレインの胴体の一部が開き、触手がトリニティの体をつかんでいた。
「きゃっ、何をするの。無理やりに連れていかないで」
「いい、私のいう事をききなさい、あなたを助けてあげようというのよ。それに禁断の実
のある場所につれていってあげる」
「何ですって、あなた、禁断の実のありかを知っているの」腹の中でトリニティは叫んで
いた。
「どうやら、この中は安全みたいね」
「そうよ」体の中から声がしてトリニティに聞こえた。
 戦闘16面体が、ゴーストトレインを阻止しょうとする。ゴーストトレインの内壁には窓
の様なところがあり、今の様子はそこから一部始終が見えた。
「まて、そやつは寂寥王かもしれんのだぞ、この星を滅ぼし、またこの世界を滅ぼそうと
している」
「どうしても、つれてゆくというなら、お前を先に倒す」
 16面体の側面から、攻撃用の突起物が出現していた。
「すごい、どっちが強いの。ともかく、期待して、見物しょうっと」トリニティは暢気な
ことをいった。
「私をあなたが倒せるかしらねぇ、16面体」 ゴーストトレインの尾部が急にはねあがり、
16面体の体がひとなぎした。先制攻撃のパンチだ。今までいた空間から16面体はふきと
ばされる。
「うわっ、やるじゃない。見直したわ」
「きさま」16面体は発光した。突起物の1本が急激にのび、ゴーストトレインの横壁にさ
さる。パシッと大きな音がして、その部分が黒コゲとなる。
「いやだっ、がんばってよ、あたしがついてるから」
 ゴーストトレインの体全体が身震いした。「いいか、今のは警告だ。その女を我々に渡せ」
「いやだ。あたしを渡さないでお願いだから」 叫ぶ、トリニティだった。
「いやだわ、私を傷つけた以上、しかえしをさせてもらおうわ」
 ゴーストトレインの数箇所の関節部分から、白い粘液が戦闘16面体に吹きかけられる。
「くそっ、きさま、何をする。動けない」
 16面体は、白い繭になって地表に落ちる。「ああっ、いいきみよ」
「さあ、今のうちよ」ゴーストトレインは地中に潜ろうとする。
「ええっ、この腐肉の中を進むの、考えただけで気持ちが悪いわ。まって、どこにあたし
をつれていくつもり」トリニティは叫んだ。「決まっているでしょう、禁断の実のある場所
じゃないの」
「それなら、いい、ここなら安全、らくちんだから。ああ、よかった」

(13)
「さあ、ここよ」ゴーストトレインは再び地表に出現していた。
「ああーっやっと到着か。ここって」
 まわりは腐肉は見えず、旧い宇宙船の残骸がえんえんと続いていた。
「こんなところも、この星にあったの」
「ここが、機械城エリア。残念ながら、私の体はこのエリアに、はいれないのよ」
「どうして」
「ここは機械城よ。数kmに渡って機械だけで作りあげられた円形のドームなの」
「うわーっ、やめて、こんな所で一人にしないでよ」
「トリニティ、わかるでしょう、地中の中心まで機械だらけなのよ。そして私の体は半生
物。だから、この機械の中をつっきるわけにはいかないの。ごめんね、」
「禁断の実はここにあるの」
「そうよ、そう聞いているわ」
「聞いているって。あなたも詳しくはしらないの。それをどうしてあたしが探せるのよ。
どこにあるの」
「それは知らない、でもあなたが、選ばれた者なら、それはおのずとわかるはずよ」
「別に選ばれてほしくないよ-」
 トリニティの体は、ゴーストトレインの横腹から触手により出されていた。
「ああっ、いやだ。まだ、この安全なところから出たくない」
(でも、ゴーストトレインとはまた会うかもしれないから、ゴマスリしとこっと。味方は
多いほど良いからね)自分に言い聞かせるトリニティであった。
「これでおわかれなのね。ありがとう」トリニティはゴーストトレインの大きな体にふれ
て、顔に向けてキスをした。涙ぐんでいた。「ねえ、なぜ、ゴーストトレインというの」「昔、
私はね、ゴースト、つまり霊体を乗せてこの星を走り回っていたのよ」
「霊体って」
「意識体のことよ。あなたみたいにね」
「ええっ、どういう意味」
「いずれ、分かるわ。それより、トリニティ、16面体には気をつけてね。奴はあなたを殺
そうとするからね」
「ゲッ、脅かさないでよい。それなら、一緒にいて」
「無理よ。ともかくあなたが早く、禁断の実を見つけることが先決よ。皆期待しているわ」
「ええっ、皆って、誰」
「それもいずれわかるわ」
「わかりっこないよ。あたしはこの星で一番若い、経験のない子供なんだから。皆、もっ
とあたしを丁寧に扱ってよ、本当に。あたしだけで、謎の全部がわかるわけはないわ」
トリニティは一人ごちた。
 風化した機械のかけらが小石の様に吹きとばされてきた。ゴーストトレインの体にグサ
グサささる。
「だめだわ、私の体がさびついてしまう。ここで消えるわね、トリニティ」ゴーストトレ
インは腐敗肉の地表へすばやく潜り込む。
「さようなら」
 ああっ、いってしまった。さあ、どうしょうか。
 トリニティは、腐肉と機械城の境界をくぎっている機械の土手をこえた。
 瞬間、トリニティの体が振動する。
 「何なの。あたしの体はどうしたの」
 トリニティは機械表面の上に倒れた。
 続いて、機械砂の嵐がおそってきた。あらゆる機械をさびつかせるこまかい機械の砕片
砂の嵐だった。それが、ふるえ倒れているトリニティの体の上におおおいかぶさってくる。 
眼、鼻、口がふさがれ、吸収ができないのだ。
 あたしはここで、死んでしまうのかしら。トリニティの意識がとぎれた。

「ここは……」トリニティの意識が戻ってきた。周りは、機械で一杯で、洞窟のように見
える。誰かがいる気配がある。ここに連れてこられたようだ。ともかく死ぬことは免れた
ようだ。
「機械城の中さ」どこかから声がした。
「機械城って何、それにあなたは誰なの」トリニティは立ちあがろうとする。
「待ちな。もし少し横になっていた方がいい」その声は言った。
「あなたはいったい」トリニティは頭だけを持ちあげ、声のした方を見た。声の主は人間
の形をとってはいない。
 一角獣だった。
「驚いたかもしれないね。僕の体がこんなだからね」一角獣は、その姿に似合わぬやさし
い声で言った。
〈どうやら敵ではないわね〉
 トリニティはチャクラでの学習で、一角獣という概念は持っている。が実物を見るのは
始めてだった。
「一角獣がなぜしゃべれるの」トリニティの口から出た言葉はまるで愚問だ。
「そんな事、僕がわかるものか」
「あなたは、ここ機械城に住んでいるの」
「質問責めか、ねぇ、それより君、君こそどこの誰なのだ」
「あたしはトリニティ」
「僕は、びっくりした。機械砂の下に人が埋まっているんだもの。腐敗惑星では、生物が
生息圏にはいるやいなや腐敗するからね。だから生きているのが不思議だ」
「皆同じことを言うわ」
「皆って」
「16面体でしょ、ゴーストトレイン」
「奴らにあったのか」
「そうよ」
 一角獣は不思議な気がした。彼の役割はこの星へ落ちてきた生物を殺すことだ。その彼
がこの少女を思わず助けてしまった。機械砂に埋もれ、死にかかっていたこの子を掘りお
こし、この機械城の中まで連れてきてしまったのだ。
 何か親しいものを、この少女に感じたのは確かなのだ。この少女は一体、何者だ。
「君は何のために、ここにいるんだ」
「あーあ、皆、質問ばっかり、女の子を見たことがないんじゃない」
「そうだ、この百年間、女の子なんて見たことはない」
「かわいそうな人達だわ。でもあたしが、こんな死にそうな目にあったのはチャクラのせ
いよ」
「チャクラだって」
「そうよ、地下羊宮チャクラのことよ。あの人が、成人式だとか言って、こんな重装備を
つけさせて外にほおり出すんだもの。あれっあたしの装備は」
「はずしたさ、ここの城内では不用さ」
 端の方に装備がころがっている。
(よかった。この一角獣はとりあえず若いみたいだから、あたしの魅力で味方にしなきゃ
あ)
「それで、レディにばっかり質問するなんて失礼よ。あなたこそ何よ」
「一角獣だ。見ての通り」
「ユニコーン。じゃユニって呼ぶことにするわ。あたしを助けさせてあげる」
「おいおい、君。僕がなぜ君を助けなきゃいけない」
「だって、あそこであたしを助けたのだから、ずっと責任というものがおこったわ。私を
ずっと助けるべきよ。もといた場所には帰れるようにしてちょうだい」
(当然でしょ。あたしにはナイトが必要なんだから)
「君のような子は見たことがない」
「そりゃ、そうでしょうよ、100年もね。それであなたは、ここで何をしているの」
「君は、僕の最初の質問に答えていない。君こそ、ここで何をしている」
「あーあー、質問のくりかえし。チャクラの機械教師みたいだわ、いやになるわ」
「トリニティ、一体君は……」
「うるさいわねえ、あたしにだって耳はあるわよ。わかった。あたしの目的をしゃべって
あげる、そのかわり、あなたもいうのよ」
「わかった、わかった」
「あたしの目的は、ここ腐敗惑星で生きることよ」
「トリニティ、バカにするな」
 一角獣の角が急に光った。怒りの印だ。
「わ、わかったわよ。冗談よ、冗談。冗談が通じない人はレディにもてないわよ。本当の
目的を言うわ。禁断の実を見つけることよ」「禁断の実だと、なぜその事を知っている」「怒
らないでよ。あたしは知らない。ただチャクラがそれを見つけろっていうんですもの」「そ
いつは、かなりの大事だな」
「ところで、ユニ、あなたの役目は」
「驚くなよ。この星に落ちてくる生物を殺すことだよ」
(ええっ、殺人者なの、こいつは)
 トリニティの顔色は青ざめていた。

(10)
(お願いだからあたしを殺さないでね。そう、話題を変えよう)
「あなた、この機械城に詳しいの」

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