飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

飛鳥京香/SF小説工房(山田企画事務所)

●(編集終了)●山稜王(1987年)


山稜王(1987年)「もり」発表作品
作 飛鳥京香(C)飛鳥京香・山田企画事務所
http://www.yamada-kikaku.com/
●現在編集中●


いれて飲んでいる。
 牛ーンはネフターの肩に手をおき、
「リゲル産の酒だよ、どうだね」 「牛ーン、その酒は」 「わかって
いるよ、ジェームス、この酒が特殊なのはわかっている。さあネフ
ター君、この酒を飲みたまえ」
 「いや、それは:」ネフターは三人の背広姿の男達に押さえつけら
れている自分を発見する。口を開けさせられ、無理やりにリゲル酒
が流し込まれる。
 「窓を開ろ」ネレトバが男達に命令する。地上45階の窓は三重窓に
なっていた。ようやく全開される。
 「いいか、ジェームズ、こ奴は、事故で死ぬ。リゲル酒を飲みすぎ
て、頭がおかしくなり、窓から飛び降りたのだ。ジェームズ、わか
っているな」
 「わかった。牛ーン、君にまかせる。君の好きなようにしろ」スタ
ーリングは自室を出ていこうとして、ドアの所でふりかえる。
 「いいかね、半ーン。こんな事は、今度からは君の部屋でやってく
れ」スターリングはドアを閉めた。
 ネフターは背広姿の三人の大男にさからっていたが、勢いをつけ、
窓の外へ放りなげられた。
 「うわっ」ネフターの目の前で、空港の光や街の光がくるくると廻
る。風が急激にネフターの体をおそう。落下しているネフターは気
を失ないそうになる。その瞬間、ネフターは上から肩をつかまれた。
落下がとまる。ネフターはゆっくり上を見上げた。そこには見知ら
ぬ男の顔があった。が下は鳥の姿なのだ。ありえない。これは悪夢
だ。ネフターは気を失なった。下の階へのストリ。プロ‥エレベータ
ーに乗っていたスターリングは叫び声をあげていた。
「リーファーー」
 ケインはまたもや、意識がスリップしている事に気づく。初めは
ネフターで、あとはりーファーの意識だ。
 出版社が並らんでいるヤルタ=ストリートをネフターが歩いてい
た。頭はほとんどはげていて、後頭部にすこしまき毛が残っている。
いつも体を折りまげて歩いている。年齢は57歳で独身だった。東欧
共同体からの亡命者で、今はアメリカ大国に住んでいる。
 ネフターは出版エージェントとしては二流だった。彼はこのヤル
タリストリートで数々のベストセラーが生まれていくのを指をくわ
えて見ているだけだった。彼と契約している作家たちはベストセラ
ーになるのにはおこがましい三流の作品ばかりを書いていた。彼が
育てようと努力した作家は、売れる作品を書きだすと、ネフターと
おさらばして別の出版エージェントにくらがえした。
 「この恩しらず」と彼はその作家にどなりつけ、本の山をなげつけ
た。
 東欧共同体から逃げ出した時、彼には語学の才能しかなく、最初
はしがない翻訳書のゴーストライターとして糧を得ていた。
 やがて彼の訳した本が何冊かベストセラー近くまで行った時、彼
は出版エージェントの仕事に乗り換えた。がヤルタの出版界はそ
う甘くはなく、いまだにベストセラーの鉱脈にはつきあたらず、年
月を重ねてきたのだ。
 背を丸めて歩いているネフターを呼びとめる声がある。 「ネフター、ネフター」ネフターは空耳かと思った。
 「ネフター、お前だよ、私が呼んでいるのだ」ネフターは歩を止め
た。声はヤルタ通りの朧の暗がりから聞こえている。
 「おい、俺は金はもっていないぞ、追いはぎをするなら他の奴を選
べ」心なしかネフターの声はふるえていた。
 「追いはぎだと、バカをいうな。逆に君を金持ちにしてやろうとい
うのだよ」声は冷やかだった。
 「金持ちだと、俺をからかうのをやめろ」ネフターは逆に怒りにと
らわれて、声のする方へ進んだ。眼があった。
 その眼は人間の物とは思えない。人間以上の何かだった。
 「ネフター、私の原稿を出版したまえ」
 男だった。その男の前でがくと思わずネフターは足がくだけ、膝
をついている。
 男の声はネフターの心にしみいり、頭の中でもこだましていた。
それは有無を言わさぬ力強いものだった。あらがいようもない。
 「わかりました。出版社に交渉いたします。で、あなたのお名前は」
丁寧な口調でついしゃべってしまう。
 「ロバート・H・ネイサン」男は静かに言った。
 「あとの連絡はどうしたらよろしいでしょう」
 「私の方から君にする。それでいいな」
 「わかりました」
 男はくるっと後を向き、闇の奥へ消えた。うす暗がりに続く者が
いた。ネフターの方をふり向きにやりと笑う。ネフターは背すじが
ぞくっとした。そいつは牛メラ獣だった。
 ネフターは狐につままれた気持ちでブリックリンにある自分のア
パートヘ帰った。
 虚脱状態だった。あかりのスイ。チを入れ、先刻手渡された原稿
を机の上に置く。
 だまされたのではと思いながら、その原稿を読み始めた。やがて
ページをめくるネフターの手はふるえていた。
 手はテレビフォンにかかった。相手が出る。
 「どうした。ひどい顔だぜ、ネフター」
 「たいへんだ。すごい莉をあてたぜ、ジム」
 「おいおい、寝ぼけるのはまだ早いぜ」
 「だまれ、今からお前のところへ行く、印刷機オペレーターを呼ん
でおけ」
 かくして、ネイサンの作品『空間のかなたへ』が発行された。そ  一
してベストセラーとなった。
 ネフターが初めてネイサンの作品を発行した瞬間の喜びをケイン
は味わっていた。
 その船を発見した時、マシューは自分の眼の錯覚かと疑った。し
かしレーダーの光点はまぎれもなく、その船の存在を証明している。
 マシューは地球防衛軍の単座戦闘艇に乗っている。
 CRTに映っている船は″幽霊船″だった。これは伝説の船、10
年程前から、太陽系をうろついている幽霊船だ。
 その船が、なぜここ地球絶対防衛圈まで、他の船に発見されずに、
流れついたのか不思議だ。
 船は、病原菌に犯され、腐敗している汚物の様に見えた。マシュ
-101
●102欠●
「あったぞ、ハロルト、とうやらこれらしい。ナンハーを読むぞ。
NASA-心っ心∞w心た」
「OK、マシュー。モニターTVても確認てきた。テータをメイン
ハンクてサーチする」
 「NASAとは何たね」
 「おいおい、マシュー、大丈夫かね。アメリカ宇宙局の略だ。アメ
リカ大国宇宙省の前身しゃないか。よし、テータか解析てきた。そ
の船は  」ハロルトか言いよとんだ。
 「とうしたハロルト」 「その船はアンハサター号だ」 「何たって」
マシューはしはらくして言った。
 「子供の頃、俺は何かの本かVTRて見たことかある。人類初の恒
星間船、そしてタンホイサーケイトを目さした船のはずだ」
 「そう言う事だ。こいつはえらい事になった」
 ケインの意識はまた、マシューのイメーシを読みとっていた。か
何かしら、ケインの体を見られているような、カメラて映されてい
る様な変な気分たった。
 アンハサター号は宇宙ステーションDELまて曳行され、調査さ
れた。
 DELは地球上空に多数浮かんでいる宇宙省のステーションの1
つた。
 内部透視解析によって船体かサーチされる。
「これは::・」解析士ョーマンは声をあけ上役を呼んだ。
このCRTを見て下さい」
 上役の解析官ラマも声はうわすっていた。
 「これはコートなのか」 「とうやらそのようです」ョーマンか答え

た。

 アンハサター号の内部はコードて一杯たった。まるてコードをア
ンハサター号という入れ物て包んたという然した。
        ノヤノクル                4 x
 「こいつはまるて密林の中だ。コートというつたか機械という枝や
根を包みこんている」ラマか言う。
 その時、解析士か叫んていた。
 「生体反応あり」
 「とのあたりた」ラマは別のCRTをONした。
 アンハサター号の立体設計図かプロシェクトされCRTに同化さ
れた。
 「中央部、冬眠チューフ付近てす」
 「冬眠チューフたと、古いタイプたな、通称コフィンたな」
 「解析官、これを見て下さい」
 「何だ」
 「これは上部からコフィン付近を見た分析図てすか、何かおきつき
になりませんか」
 「というと、うん、コートかすべて一つのコフィンにつなかってい

るな」
 「というよりも、私にはコフィンから全てのコードか生え出ている
ような気かします」
 「なせ、こうなっているんた。アンバサダー号、中心頭脳にリサー
「解析官、  チしろ」
-
103
「中心頭脳端子発見しました」
「よし、探素子を端子へ入力」
「人力OK」
「可動しているか」
「死んでいるようです」
「刺激を与えてみろ」
「ラジャー」高圧電流が放電された。
「どうやら可動し始めた様です」
「で、中心頭脳の情報はひき出せるか」
「やってみます」
 宇宙ステーションDELの中央脳に、アンバサダー号中央頭脳の
情報が転位された。
 「転位OK。終了しました」
 「じゃ、遭難時の情報をひきだせ」
 ヨーマンはコンソールを操作する。が思ったような答えがCRT
に現われない。何度もその作業をくりかえす。別のアクセスを次々
試みる。
 「ラマ解析官。だめです。遭難時のデータが出力しません」
 「なぜだ」
 「この頭脳の情報は答えています。アンバサダー号は遭難していな
いと」
宇宙ステーションDEL司令室ほとりあえず、宇宙船アンバサダ
号刀冬眠チューブをとう出ナことにした。マニュビュレーターに
百、コ・一一一
 `一y一r .
/y


{ヽヘド土入7}ニ’クしぶyヨ几スダ
 「生体反応、異常はないか」
 「OKです。変化なし」
 生命維持コフィンは、船体アンバサダー号から切りはなされるの
をいやがっているように、ョーマンには見えた。がこんな事を口に
出すべきではない。
 モニターを見ている他のステーションの乗組員は、その風景を一
種畏敬の念を持ってながめていた。
 生体反応はその一つだけ。つまり生体反応が人間とすれば▽人だ
け生きていることになる。
 そのモニターを見ていた人々はアンバサダー号の一片、わずか1
m平方の板がすべり落ち、マニュピュレーターの裏に隠れて、宇宙
ステーション中に侵入したのに気づいていなかった。その金属片は、
生き物の様に居住区を通りすぎ、地球行きのシャトルの中へ潜り込
んだ。
 見物人たちは息を飲んだ。いよいよコフィンが無菌室へ運び込ま
れた。
 アンバサダー号には25人の乗員が乗り込んでいた。そして地球を
出発して30年の月日が立っている。その間、アンバサダー号に何か
がおこったのだろうか。そしてタンホイザーゲイトには辿りつけた
のだろうか。
 コフィンの中をカメラが映す。ネームプレイトがその男の胸につ
けられていた。人々はモニターを通じ、その男の名前を口にしていた。
 「ロバート・H・ネイサン」
イン壮まるてそこ宇宝ステ『‐‐ションDEL}一いて、アンベサダ
-104-一号を見ている一人になっている事に気づく。
 アンバサダー号からの唯一の生存者はネイサンだった。彼は年を
とっていない。果して生命保持チューブから一歩でも足を出したこ
とがあるのか。なぜ彼だけが生き残っていたのか。
 他の生命チューブは破壊されていたが、死体は残存していなかっ
た。
 船体に設置されていたカメラはすべて破壊されていた。あきらか
に何者かの手によって壊された事は歴然としていた。
 船体の各部位にあったサブコンピューターのメモリーも意味をな
さなかった。
 ステーション司令部、中央脳へ地上のコンピューターから送り出
されたネイサンのディティールがCRTに映し出されていた。
 『ロバート・H・ネイサンー金髪ヽ碧眼ヽ身長192m。体重85局。
アメリカ大国人。ョーロッパ連合、アンダルシア地方生まれ、両親
はアメリカ大国人であったが、文化人類学者であり、地球中を旅行
していた。彼らはスペイン、アンダルシア地方に別荘を持ち、休暇
をすごすのを常とした。そこでロパートが生まれた。彼は両親の感
化で幼ない頃よりョーロッパ語すべてを話すことができた。パリ、
ソルボンヌ大学卒業後、マサチューセッツエ科大学に学び、外惑星
言語学を修める。NASAにおける最初の外惑星コミュニケーショ
ン担当官であった。
 通例、NASAでは彼クラスの学者を何年もかかる恒星間船に乗
船させることはないのだが。アンバサダー号出発一年前、ネイサ
ンはジェット機事故により、彼の両親、愛妻、子供達を失なってい
て、失意のどん底にあった。彼はこのアンバサダー号に乗ることを
切望していた。この時、彼は37歳だった』
 チューブから解放された彼の体は、生体チェックの結果、37歳と
判断された。
 ネイサンはしかし、深い眠りの中にあった。
 アンバサダー号にセットされていたすべての記憶機構が役に立だ
ない事がわかった時、すべての科学者の眼はネイサンに注がれた。
彼の回復が期待した。
 初めての恒星間旅行から還ってきた男は何をのべるのだろうか。
 が眠れる男の心はまた空白であった。
 ネイサンの心をス半ャナーやイメージリーダーでくりかえし、担
当セクションはのぞき見たのだが。彼の記憶もまた出発時の時点で
きれいに消滅されているようだった。何者かが彼の心にどんな処置
を設したのか、わかり様がなかった。
 ただ、彼の頭の一部分に高密度に集積されている肉腫があった。
 彼の処置にこまった宇宙省は、ラガナ砂漠のリハビリテーション
センターに送り込んだ。
 彼の変態が始まったのはしばらくたってからだった。
ケインの頭にそんなストーリーがむりやりにつめ込まれている。
105ケインのまどろみはやがて先刻のシアリー絶壁とつながる。
 アゴルフォスは先程と同じ様に、彼を黄泉の船に乗せる。
 やがてその船は山上宮殿に辿りつく。そこはいかなる想像力もお
よばない建物であった。地球上の過去の王が作りあげた宮殿とも異
なっていた。ドーム型をしていて、中心から巨大な木がはえ出て、
ドームの上をすばらしい枝ぶりで披っているのだ。ドームの表面は
さながら宝石の様にみえた。がそれは刻々、光ぐあい、色彩、紋様
が勤いていく。そしてあきらかにそのドームの表面は生き物の様に
波うっていた。あるいは心臓の音さえ聞えてきそうなのだ。
 アゴルフォスは回廊を通り、山陵王の前につれだしていた。山陵
王は奇妙な椅子にすわっていた。その椅子もまた息づかいが感じら
れるのだ。
 ネイサンはデータの通りの顔だった。
 「君は、何をしにきたのだ」ネイサンが尋ねる。
 「私は、先刻、言いましたように山陵王に原稿をいただきに来たの
です」
 「笑わすなよ、お前の顔には宇宙省のエージェントと書いてあるぞ」
フゴルフォスが言う。
 ケインは脇に装着していたメーザーガンを発射しようとする。が
メーザーガンは作勤しない。
「どうしたね、私を殺すつもりだろう、リーファー君」山陵王が言

 リーファーサと、俺はケ/‘‘-ン仁<ケインは夢心中で叫んでいる。
そしてこの知覚が現実のものではないと知る。ケインは今、リーフ
ァーなのだ。
 「なぜ、私の名前を知っている、ネイサン」
 「私はネイサンではない。私は山陵王なのだ」
 山陵王が眼をのぞきこむ。
 一瞬、ケインはシフリー絶壁からころげ落ちる自分の首を感じた。
それはりーファーの首であり、またケイン自身の首でもあった。
「うわっ」ケインは夢を見ながら叫んでいる。
ケインは過去の自分の回想に今や、とらわれていた。
 宇宙省のビルだ。スターリング長官が前にいた。
「いいかね、君が頼みの綱なのだ」
 ケインは至上命令で、本省へ呼びもどされていた。
 椅子にかけたケインヘスターリングは質問する。
「ケイン君、君は『山陵王』の本を読んだことかおるだろう」
「もちろん、あります。禁書を読んでおかねば、反対勢力の動向が
わかりませんからね」
 「それでどうだね、『山陵王』は」
 「確かにあの本は危険です。あの本の言葉は言語メディア以上の力
を持っています。私ですら、あの本によって心の琴線を動かされま
した」
 「そう、それがこわいのだよ。ケイン君。それがね。それじゃ、君
-106 -
に山陵王を倒せと命令すればどうだね」
「山陵王は実在するのですか」
「そう、山陵王とはゼルシアに居るネイサン自身なのだ」
「それではネイサンの動きをふうじろというわけですね」
「他に方法はない。奴を処分しろ。が充分注意してほしい」
「といいますと」
「宇宙省に限らず、情報省のエージェントがゼルシアで精神障害を
受けたのだ。おまけに行方不明者もでている。君の友達のりーファ
ーだ」
 「え、あのりーファーが」
 「そうだ。いいかね。ケイン、『地球意志』が君を選んだのだ。名
誉に思いたまえ」
 ケインは地球連邦評議会ビルヘ連れて行かれ、地下で『地球意志』
が投下された。
 誰かが肩を揺さぶっていた。ケインの眼が開く。肩をさわってい
たのはアゴルフォスだった。ケインはようやく夢から脱し、現実世
界に戻れたのだ。
 「ケイン、目的地についたぞ」
 アゴルフォスはニヤリと笑う。どういう意味の笑いなのだ。挑戦
か、あるいは:‘。
 がケインは山上宮殿の美しさに眼をうばわれていた。デジャビュ
(既視感)があった。先刻のりーフ。ーの夢にでてきたのだ。
 宮殿は、まるで一個の生物だった。密林の中に生きている一個の
-i- ー
けもの。しかしそれは世の中に存在する一番美しいけものだろう。
そして、それは同時に植物でもあった。巨大な樹の影がドームを被
っているのだ。
 「ケイン」山陵王が呼んでいた。
 「ケイン、よくここまでやってきたね」
 山陵王はケインに手をさしだした。二人は握手した。力強い握手
だった。
 「ケイン、私について来たまえ」山陵王はケインに先立ち、宮殿へ
と人っていく。そこには多くの人々がいた。皆生き生きした眼をし
ている。長い回廊を歩かされる。どうやらドームの中心部にむかっ
ているようだ。この宮殿の中はドームの中にあるにもかかわらず、
植物が原生していて、自然の風さえも吹いている。おまけに天井を
見あげてもドーム壁がまるで見えなかった。空か、そのまま見えて
いる。
 「ケイン、この木を見てくれたまえ」ネイサンが指さしていた。そ
の木はドーム中心に見えていた木だろう。このドーム内の中で一番
巨大で、空あるいは宇宙を枝でささえている様にも見えた。
 その木には一種の精神話応力があるのではとすらケインは感じた。
 「この木はいったい」ケインは思わず口から言葉がこぼれでていた。
 「この木かね、世界樹というのだ」
 「世界樹? どういう意味が:・」
 「この地球そのものをシンボルした意味だ。ケイン君、その樹の根
元を見てみたまえ」
 ケインは根元にさわる。そいつは息づいている。まるで人間の血
管にふれた様な感じがする。
-107 -
 「これは何ですか」
 「いいから、少し掘ってみたまえ」ネイサンはケインにレザーシャ
ベルを渡す。
 やわらかい皮膚の様な木の根元だ。少しずつ掘ってみる。やがて
レザーシャベルが何かを焼き切った。こげくさいにおいがする。た
んぱく質が燃焼しているにおいだ。ケインはそこに手をあてて、土
をはらってみる。人間の皮膚そのものだった。その異物にそって手
を土の下へ掘りさげる。
 瞬間、ケインは驚きで目がくらみそうになる。そこには脹があっ
た。まぎれもない人間の眼だ。
 しかもそいつはまばたきもしないでケインをにらんでいた。ケイ
ンは急いでその部分を掘りおこした。
 人間の頭部だ。首から下はゴム管の様になり世界樹につながって
いる。そいつはにやりと笑う。「ようこそケイン」そいつはそう言
った。
 ケインはあわてて土の上へ投げすてる。そいつは笑った。笑い声
は一人のものではなかった。土の中から何百人もの声が響いてくる。
 ケインはその顔に記憶があった。アンバサダー号の乗組員の一人
だった。
 ケインはネイサンの方を向いて立ちあがった。
「あなたは何をしたのだ。アンバサダー号で」
「その質問はおいおい答える。その前にりーファーの姿を見ただろ
う、ケイン」
「リーファーをあの鳥の姿に変えたのはあなたなのか」
「そうだ、リーファーは、君と同じ様に出版エージェントを装い、
私に近づき、私の小説世界の源泉を知ろうとした。それで彼に変貌
してもらったのだよ」
 ネイサンは少し言葉をおいた。
 「ケインよ、お前は想像できるか、地球人類の叡知をはるかに越え
た存在を」
「それをお前は、タイホイザーゲイトで見たわけか。なぜ地球へ遣
ってきた」
「還ってきた。そうではない。私は使徒として地球へ派遣されたの
だ。この地球を
 「お前は、その
ノX ノ`ゝ
ーモナイザーに同化させるためにな」
ーモナイザーに支配されているわけか」
 「そうではない、ケイン、ハーモナイザーは支配するという認識な
ど持ってはいない。ケイン、お前も我々の仲間になれ」
 「お前の仲間だと」
 「そうだ、我々は一種の精神共同体だ。お前が、今見た、頭は何で
もない。ある種の精神残留装置だ。彼らは死んでいるわけではない。
 つまり、私もネイサンという一個のパーソナリティではない。タ
ンホイザーゲイトで出合ったハーモナイザーは我々を精神共同体と
してまとめたのだ」
 コ介の出版エージェントにすぎない私には理解を越える事だ」
 「ケイン、いやコードネーム、ケイン。君は今、一個の個体であり、
同時に『地球意志』という巨大存在の一分子だろう」
 「君は私について感違いしている」
 「感違いだと、白々しい事を言うな。それなら君の目的を言ってや
ろう。ここへ来た目的の一つはこの世界樹の抹殺だ。この世界樹に
より、私が新しい作品を生み出し、それが地球人類の意識変革を行
-108-‐-ゝ
なっている事が君、『地球意志』にわかったからだ。
 そして、私ネイサンが君の事を覚えていて私の作品の中で、あの
アンバサダー号事件を発表しないかどうかを極端におそれているは
ずだ」
 「アンバサダー号の秘密だと、私はそんな船には乗っていない」
 「ケイン、君という個体ではない。別の名の個体で『地球意志』は
乗り込んでいた。君『地球意志』のもくろみは何だか言ってやろう
か」
 「何だというのだ」
 「君『地球意志』はタンホイザーゲイトで知的生合体と遭遇する事
を予想していたはずだ。そこでいくつかの行動オプションがあった。
 まず一つは、彼らを捕獲し研究すること。彼らが地球人類より下
等ならば、彼らの世界を占領すること。
 彼らの能力が地球人以上の場合は、アンバサダー号を破壊し、地
球人類の存在を彼らに知らしめないこと。
 が彼らは思ったより早く行勤し、乗組員全体を掌握してしまった。
君の体は危険を感じ、宇宙船了ンバサダー号の金属部位のどこかに
逃げ込んだはずだ。そうだろう『地球意志』、君は確かあの時……
まあいい。
 とにかく私の体には世界樹の種子が生み込まれていた。
 宇宙船内のすべての機械が私の成長の養分として同化された。到
着時の私はまゆだったのだ」
 「消えてしまったアンバサダー号の乗組員も養分にして成長したの
だな」
 「それは君が一番よく知っているはずだ。が彼は私という代表者と
一身同体となったのだよ。彼らの精神は私の体に同化されたのだ」
 シグナルが船体に鴨り響いていた。到着地についたのだ。冬眠チ
ューブが賦活し始める。
 アンバサダー号はその生命をふきこまれつつあった。
 大航海時代のナビゲーターですら感じた事のない感動が、眠りか
らさめた乗組員の心を揺り動かしていた。
 「我々はやりとげたのだと」
 タンホイザーゲイト。かつていかなる地球人も到達しなかった場
所。新宇宙の始まりといわれる場所。あるいはブラックホール。
 「マーガレット、ついに我々はやってきたんだ」ネイサンが宇宙文
明学者のマーガレットに言った。
 ケインは、これは幻想だとわかっていても、同じような感動を追
体験していた。
 アンバサダー号はタンホイザーゲイトの側に停止していた。これ
以上本艇を近づけると危険と考えたワイラー船長は、タンホイザー
ゲイトの第一回調査をボールとナノウに命令していた。
 タンホイザーゲイト。巨大な恒星でありながら、その星の中心に
あらゆる宇宙の光を収斂するブラックホールが存在していた。そし
てその中に新宇宙への入口が存在する。星間望遠鏡のデータ解析の
結論だった。

-109
 その星の中心部から音が聞こえていた。空気もないのにその音は
アンバサダー号の内に鳴り響いていた。がそれは音でありえない。
心の中に感じられるらしい。
 「ロバート、この音は」マーガレットが聞く。
 「まるでタンホイザーの曲の様に聞こえるが、空気振動ではない」
ネイサンは答える。
 「というと何なのかしら」マーガレットは再びネイサンに尋ねた。
 「わからんが、何か脳の音感域を刺激する何かが発せられている様
だ」
 タンホイザーの中央部に存在するホールは光の投下をこばむ。ホ
ールの中はこちら側の宇宙に属していない様に、ポールとナノウに
は思えた。ホールの直径は2Kmくらいだろう。二人の耳にも、そ
の音は響いていた。その音は、そのホール内部から来ているような
のだ。
 ホールの中にポールとナノウの探査艇を進めていく。
 「暗いなポール」ナノウが叫んでいた。
 「OK、サーチライトをつけろ」
 「何か、内壁に見える」
 「少し、一方の壁に近づけてみる」
 サーチライトの中に浮びあがってきた内壁は地球人の理解を越え
ていた。
 「こ、こいつは」というがはやいか、ボールはせまい艇内で、はき
始めていた。
 『もう少し、カメラをズームしろ』ワイラー船長の声がCRTの中
からどなっている。
 が、やはり思っていた通りの光景だ。ホール内面全部が死体の山
だった。腐敗しかけた死体やまだ勤めく胴体、あきらかに人類以外
の宇宙人の死体が山の様になって内面壁に付着し勤めいている。そ
の勤きは大腸のぜん勤をおもわせた。
 「ここは:こナノウは、不思議な光景を見て、もう普通の神経をし
ていない。
 ホールの中央部にやがて光点が見えた。
 「その光点へ向かえ」ワイラーが命令している。が探査艇の安全機
構は警告音をあげていた。
 「安全ラインをもう越えています」
 「かまわん、君達が、そのホールに飲み込まれようとも、映像は、
確実に人類に届ける」ワイラーもわめいている。彼もまた狂ってい
る。
 「我々を何だと思っているんだ、ナノウ、船を戻せ」ポールが叫ん
でいた。
 「ボール、だめなんだ、艇が操船不可能だ」
 ナノウが泣き出していた。
 「ワイラー、ワイラー、俺達を肋けろ」
 返事がかえってこない。
 「くそっ、本船との連絡もできんぞ」
 探査艇は、ホール内へすべり込むようにすいこまれていく。光点
に近づく。
 光の中心は木だった。いや木にみえるだけだろう。先刻から聞こ
えている音源はこの木のようだった。
HO-
 がそいつは本に似ているだけで地球上の植物とはまったく異なっ
たものだ。そいつは急に隔心くらいの大きさに膨張した。探査艇は
その本に着艇する。
 「こいつは何だ」
 そのあと、ナノウとポールの絶叫が本船のモニターから流れた。
 「ポール、ナノウ、応答しろ」
 「だめです。連絡できません」
 「信号もとぎれました」
 「ワイラー船長、アンバサダー号もホールの方へ流されつつありま
す」
 「何だと、誰がエンジンを始勤しろと言った」
 「違います。何かわけのわからぬ力に船が引き寄せられているので
す」
 「くそっ、奴らの仕わざか」
 医療班のパ。ト=オブライェンは救助艇に忍び込んでいた。
 もういやだ。なぜ30年間も地球をはなれる決心をしたのだろう。
それにさっきのワイラーのしゃべりを間けば、我々は実験材料じゃ
ないか。タンホイザーゲイトが人類に対してどんな反応をするかの。
俺は逃げてやるぞ。
 オブライェンは救助艇の発射ボタンを押す。
 が救助艇は、急速にカーブを描き、ホールの方へ吸い寄せられて
いった。
 ワシリーはスイッチを押そうとした。
「船長、そのスイッチは自爆スイッチです」
 オペレーターのジャービスが止めようとした。
「わかっている」冷たくワシリーは言った。
「なぜですか」不審な顔でジャービスは止める。
「奴らに地球の情報を与えないためにだ」
「奴らですって」
 ジャービスは船長の右腕を押さえていたのだが、ワシリーは左腕
のひじをつかって自爆スイッチを押した。
 衝撃が船体を襲う。
 ネイサンはショックで気を失しなっていた。ようやく目ざめる。
いったいアンバサダー号になにが起ったのか、ネイサンは理解して
いなかった。先刻まで話をしていたマーガレットの姿がなかった。
 それ以上に驚いた事に、船内に誰の姿もないのだ。急いでコック
ピットに入り、船内の生命反応を見る。ただ一つだけだった。ネイ
サンの反応だ。
 船は自動的に動いている。タンホイザーゲイトのホー・ルヘ向かい
直進していた。
 もうホールは目の前だ。衝撃が再びあり、ネイサンは床にたたき
つけられた。アンバサダー号もタンホイザーゲイトのホールをくぐ
ったのだ。
 ネイサンは自分の体がアンバサダー号をつきぬけて、空間の中に
浮んでいるのに気づく。
HI一
 宇宙服をつけてはいない。が彼は生きて空間に浮んでいるのだ。
足の下の方には、先刻のCRTで見たように何かの生物の死体が勤
めいている。暗闇の中でもネイサンはそれを感じることができた。
 ネイサンが気づくより早く、アンバサダー号から小型探査艇が発
進していた。中にはマーガレットが乗り込んでいた。マーガレット
は船員のすべてが気を失なったまま、ホールヘひき寄せられるのを
見ていた。彼らは宇宙船の壁を通り抜けてしまうのだ。マーガレッ
トは『地球意志』の命令のまま動いていた。
 ワシリー船長がアンバサダー号の破壊に失敗した今となってはマ
ーガレットがその仕事をするしかなかった。
 爆発は確かにおこったのだ。船体はバラバラに吹き飛んだ。がホ
ールの中心から光があたり、その光の中でアンバサダー号は再生さ
れたのだ。
 小型探査艇には小型核ミサイルが積み込まれていた。マーガレッ
トは敵を倒すこと。そして地球の存在を証明する証拠を残さない事
を頭の中に刻みつけられていた。
 マーガレットはアンバサダー号から少し離れ、ミサイルのスイッ
チを押した。ミサイルは直進し、爆発光が見えた。がそれは先刻逃
げ出していたパット=オブライエンの救助艇だった。
 もう一度、ミサイルを発射しようとする。がアンバサダー号は急
激にホールヘ引き寄せられた。マーガレットの目の前でアンバサダ
ー号はホールヘ突入した。マーガレットもアンバサダー号の後に続
いた。
  光点がある。ネイサンは見た。その樹木状のものが空間に浮んで
 いて、そこにすべての乗組員がぶらさがっている。宇宙服も何もか
 もはぎとられている。裸体のまま、彼らはまるで磁石に引き寄せら
 れたようにはりついているのだ。眼は閉じられていて、皮膚はもう
 血がかよってはいなかった。まるでまゆか何かの様な白い菌糸状の
 ものでうっすりと彼われていた。
 『ネイサン』その樹木状の物体がネイサンを呼んでいた。『我々の
仲間になれ』
 瞬間、ネイサンの後からマーガレットの発射したミサイルが飛来
してきた。
  マーガレットはアンバサダー号破壊より、敵の壊滅をねらったの
だ。
 ミサイルは一瞬、消滅する。空間に浮んでいたネイサンはその探
査艇も消滅するのを見た。最後にマーガレットの驚きの表情が見え
た。
 「今のは何だ、まさかマーガレットが:ご
 ネイサンは思わず独りごちていた。
 『そういう事だ。マーガレットが私を破壊しようとしたのだ』
 「私とは」
 『私はハーモナイザー。宇宙の精神共同体だ』
 「なぜ、マーガレットはあなたを」
 『彼女は地球意志の一つの端子だったのだ。彼女はワイラーが船の
破壊に失敗したときの安全弁だった』
 「地球意志だって」
 『そう君も知っているだろう。地球連邦評議会の上位に位置する存
12-
-1


在だよ』
 「そんなものが評議会の上に」
 『この私、ハーモナイザーのところへ船をつかわす様に命令したの
も『地球意志』だよ』                ‘
「それじゃ、我々はその『地球意志』にあやつられていたのか」
『そういうことだ』
 ケインの意識は今、混濁していた。ある時はこの時のマーガレッ
トの意識となり、またネイサンの意識の投下されたものとなってい
る。
 ケインの意識は瞬時、現在の山上宮殿へと戻る。
「ケインよ。君は『地球意志』と戦え、君は独立した人格なのだ。
そしてこの世をハーモナイザーによって統一しよう」
 しかし、ケインの意識は過去に戻り、地球に向っている宇宙船ア
ンバサダー号へとまい戻る。
ネイサンはコフィンの中でT人眠っている。
『ネイサン』ネイサンの意識の中で叫ぶものがある。
『誰だ、私を呼ぶのは』
『私よ、マーガレットよ』意識と意識の会話だった。
『マーガレットだって、君はホールの中で消滅したはずだ』
『ええそう。でも、私の意識の一部この船に残留思念となり残って
‐― ―
いるわ』
『君はハーモナイザーに同化しなかったのか』
『はほ、ハーモナイザーに同化ですって、ネイサン、あなたはハー
モナ千サーで、地球を汚すつもり』
『地球を汚すだって、地球を浄化するのゼ』
『ネイサン、あなたには死んでもらう』
『何だって』
『あなたをそのまゆから羽化させないわ。あなたがそのまゆから出
れば、地球を滅ぼすかもしれない』
 『マーガレット、君は船のどこにいるんだ』
 『さあ、どこでしょう。あなたの意識で探してごらんなさい。とに
かく私はあなたを地球へ行かせない』
 ネイサンとマーガレットとの意識同志による10年に渡る戦いの始
まりだった。
「ゼノウ将軍」アゴルフォスは急に、ケインに向かってどなってい
た。現実の山上宮殿である。
 アゴルフォスは思い出していた。ゼノウ将軍がおごりたかぶって
シャナナ宮殿へ乗りこんで来た時のことを。アゴルフォスは知らな
いうちに『地球意志』にあやつられている。
 「サイ牛ック帝国、ここに滅ぶか」ゼノウは王座を踏みつぶした。
フゴルフォスはそれを再度見ている。
 サイ牛ック帝国は超能力者集団であり、その超能力により人類が
居住不可能な惑星を自ら開発し住んでいたのだ。人類とは没交渉だ
-113- |
ったのだが。ゼノウ将軍率いる宇宙コマンド軍団が不意を突いたの
だ。
 地球意志はその時ゼノウ将軍を端子としていた。
 アゴルフォスはもう完全に過去に投下させている。
 「あのうらみ、ここではらしてやる」アゴルフォスは手を動かし始
めた。
 ケインもまた『地球意志』に動かされている。ゼノウになりきっ
ていた。
 「アゴルフォス、また同じあやまちをくりかえすのか」
 「だまれ、ゼノウ、サイ牛ックの恨みを知れ」アゴルフォスは手を
振った。
 「ぐわっ」叫び声をあげたのはアゴルフォスの方だった。右手が吹
き飛んでいた。
 「わからんのか、アゴルフォス、君の空気切りの技など私にもつか
える。君の空気切りはその一瞬、そこの空間に真空状態を作り出す
ことはわかっている」
 「くそっ、アゴルフォスの最後の力を見ろ」
 それでもアゴルフォスは血を吹き出しながら残りの左手を持ちあ
げていた。
 「死ね、ゼノウ将軍」
 アゴルフォスの眼は悲しみをたたえていた。
 ケインは地面に倒れていた。巨大な空気の圧力が彼を地面にはい
つくばらせていたのだ。
 が、アゴルフォスの首の部分が切れて飛びあがった。胴体から大
量の血が一度に吹き出し、あたりの大地を朱に染めた。やがて、天
空から吹き飛んだアゴルフォスの首がころがり落ちた。
 ネイサンはその首を愛しげに胸にいだいた。
 「くっアゴルフォス」ネイサンは涙を流していた。そしてケインの
顔をにらみつける。
 「『地球意志』、君は楽しいかね。君の通ったところには、血のに
おいがいつもするではないか。『地球意志』、お前は征服欲の権化
だよ。我々はハーモナイザーはそれを許せるわけがない。
 君はマーガレットの一部となり、アンバサダー号に隠れ、頭脳部
位となり中央脳ににせの地球の位置のデータを与えた。それでアン
バサダー号は幽霊船となったのだ」
 「そう、私はマーガレットとして、アンバサダー号が地球帰還する
のを阻止し、君がふ化するのを防いでいた。
 そして今は、君と、この世界樹を滅ぼすためにここラシュモアヘ
来たのだ」
 「もう、話しあいの余地はないというわけだな」
 「それは、君もわかっているだろう。タンホイザーゲイト以来、君
と戦っているのだから」
 「ケインの体にいう。『地球意志』と離れろ、君もわかっているは
ずだ。君の体は地球意志のおかげて血にまみれていることがな。君
は反乱鎮圧特殊エージェントだった。古代の小説『ケイン号の叛乱』
からそのコードネームがとられたのだ」
 ケインは憶い出していた。彼がいかに多くの宇宙軍を抹殺してき
たかを。そして反乱鎮圧特殊エージェントとして働いてきたかを。
 「ケイン、幽離しろ」
 ネイサンが叫んでいた。
114-
-の言葉の直後、一条の雷が、ケインの体を貫く。ケインは大地
に倒れた。
 白髪の紳士が歩いてくる。移動ブッカーのトロリーは、その服装
から上客だと眼をつけた。さいわい、フロント街はもうすぐデモ隊
が来るとの事で、人影がない。
 トロリーはその紳士の前に飛びだす。
 「だんな、いい本がありますぜ、ネイサンの新作です。通常の本屋
より安くて、刺激ベルト付きにしときます。この刺激ベルトを順に
つけるとネイサンの本がよく感覚できますぜ」
 「ネイサンの新作だって、タイトルは何だ」
 「タンホイザー=ゲイトという本です。タンホイザー目‥ゲイトって、
だんな御存じでしょう、ネイサンが行って還ってきた所でさあ」
 トロリーは、その紳士の様子がおかしいのに気づく。
「だんな、まさか宇宙省のエージェントじゃないでしょうね」
「残念ながら、宇宙省のものだ」
「ま、まって下さいよ。これは冗談、冗談ですよ。許して下さいよ」
「君、もうこんな商売はやめろよ」
「わ、わかりましたよ。持っている本はすべて、ほらこの通り、捨
てます」
 トロリーは本を道ばたに投げすてた。後ずさりし、やがて後を向
いてーもく散にかけだした。
 宇宙省長官ジェームズ=スターリングは、ためいきをつき、その
1-
本をー冊ひろいあげた。本は、道路の水にぬれている。タイトルを
ながめる。
 「タンホイザー=ゲイトか」スターリングはひとりごちた。ページ
をめくってみる。最初の一行はこうだ。
 「宇宙の始まりに、木が存在した……」
 本をながめるスターリングの耳に、向こうから来るデモ隊の声が
聞こえてくる。
 『タンホイザー=ゲイトに船を翔ばせろ』
 『人類にハーモナイザーを』
 デモ隊のデジタル液晶のプラカードもそう読みとれた。
 スターリングは本をとし、道ばたのダストシュートに投げ込み、
フロント街のデモ隊をさけ、宇宙省の建物へ向かって歩き始めた。
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