記憶の淵に沈みゆくもの

記憶の淵に沈みゆくもの

第三夜



こんな夢を見た。

異様な熱気とちらちらと赤いもの。
視界を横切る不吉な赤いもの。
もう、腕は上がらない。
こんな腕で、右手に持った獲物を使って、どうやって次は乗り切るつもりか。
自嘲の笑みが浮かんだ。
既に返り血で己は真っ赤に染まっているはず。
それでもなお、生き延びようとするのか。
これだけの命を奪っておきながら。
とんでもない数の人の命を、踏みにじっておきながら。

そもそも、家督なんてどうでもよかった。
実の子どものように可愛がってくれた人に
恩返しがしたかっただけなのに。
そんなことすら許されないのか。
血縁じゃない。それはそんなに大きな罪なのか。

養子という言葉とは全く違う環境。
本当の意味を『人質』という。
そんな孤独を抱きしめていたときに、声をかけてくれた彼。
まるで周りのことなど分からない自分に、
いろいろ教えてくれた同年代の友人。
友人、と呼んでいいものか、正直悩む。
兄弟、といっても良いような間柄だったように思えてならないからだ。
しかし、よもやまさか彼と争うことになろうとは……

苦い思いをかみしめながら奥へと走る。
たくさんの人いきれ。
騒がしい甲冑や刀のぶつかり合う音。
怒号。
悲鳴。
うめき声。
そして。
……火の手が上がっている。

ここで己が逃げ延びてしまったら、
彼の人にも彼にも迷惑がかかってしまう。
やっと大事に思うものが出来たのに、
こんな形で失うことになろうとは。
縋り付くように後ろから切り込まれ、反射的に切り捨てる。
自分のものではないような腕が、勝手に動く。
そこまで生に執着するとは。
人の命を己で絶つことの苦しさも、麻痺しているのかわからない。
己で己が愚かしくもおかしい。
そんなことを何度繰り返したか。
火の手は既にすぐそこまで。
地獄とはこういうことを言うのかもしれない。
この光景を二度と忘れるものか。
この思いを、忘れてなぞ、なるものか。
そう己に言い聞かせ。
覚悟を、決めた。

そんな夢を見た。


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