記憶の淵に沈みゆくもの

記憶の淵に沈みゆくもの

||2||<十二国>

||2|| スキ・キライ・スキ、…スキ。


気がついた時には、魅入られたように返事をしてしまっていた。
そう。
その答えはわたくしを縛る答えだったというのに。
なぜわたくしは答えてしまったのだろう。
「許します」などと……。
蓬山に向かう騎獣の上で、舒覚はとりとめもなく考える。
気がつくと独り言のように呟いていたが、答えるものはもちろんいない。

もちろん、景麒が好きだから、傍にいたかったから。
だからあのように返事をしてしまったのだけれども。
でも。
傍にいて欲しくて、傍にいたくて。
なのに景麒はちっともわたくしを見てくれなくて。
いいえ、王としてのわたくしは見てくれていたのだけれど、
一人の人間として、女としてのわたくしは一度も見てくれなかった。
きっと花麗なら「当たり前じゃない」って言うわね。
でもね、わたくしは。
王としてじゃなく、一人の女として景麒の傍にいたかったの。
おろかよね……。
今考えると、とても愚かだと自分でも思うのだけれども。
こうやって全てを手放そうとしているからこそ、そう思えるのかもしれないわ。

あんなにわたくしのことを見てくれない景麒なんて。
本当に嫌いだと思ったのに。
大嫌いだと思っていたのに。
あんな優しくされてしまったら、もう。
あんなぎこちなく微笑ってこちらを見つめられてしまったら。
もう。
嫌いだなんて、思えるはずが、ない……。
もともと好きだったのだもの。
その気持ちがまた再燃するのには時間がかからなかった。
でも、それが。
景麒の寿命を縮めることになったなんて。

そう、やっぱり好きなのよ。
嫌いになんてなれやしない。
わたくしは景麒だけが大事で、景麒だけが大好きで。
そう、愛していたのは景麒だけ……。
だから天が罰を下したのだと、ようやく理解できた。
でも天はあまりにも意地悪で。
わたくしに直接罰を与えず、罪のない景麒に罰を与えた。
だから。
もうわたくしからも、天からも、解放してあげなければ。
可哀想な愛しい景麒。
……やっぱりあなたのことを愛しているわ。
好きで、嫌いで、好きで……やっぱり好きで。
だから。


さようなら、愛しい景麒。





牀榻の中で身動き一つ取れなかった景麒が、僅かにぴくりと動いた。
「台輔……」
かそけき声が臥室にしみ通っていく。
景麒の女怪である芥瑚の声である。
病んでいる景麒同様、女怪も病んでいるため、声も弱い。
「王、を……」
小さな声は景麒のもの。
だが、それに答える声はない。
閉じたままの目尻を、小さな光が流れて落ちた。

景王崩御。
白雉が鳴く、僅か前の出来事である。





                                -了-


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独り言めいたようにしたかったのに、うまく行かなかった気が。
書き直しする可能性が大。


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