風光る 脳腫瘍闘病記

遺体確認



私は同僚のEさんと少し離れた場所に座った。しばらくして刑事さんが来て個室に案内され、そこで家族構成とか仕事とか姉の精神状態について、いろいろと聞かれた。

「じゃあ、後で遺体の確認があるので廊下で待っててください」

「あっ、はい」再び、廊下で待たされる事に・・。依然としてHは私には気が付かないでいた。そんな時、目の前のエレベーターのドアが開いた。そこにはHの両親が乗っていた。

「お久しぶりです」

「愛ちゃん・・・」Hのお母さんが私の元に来た。その時初めてHが私の存在に気がついたらしく何も言わず、私の顔をじぃっと見つめてきた。私は思わず視線をそらしてしまった。

その時にHと両親が刑事さんに呼ばれて奥の部屋に入っていった。

長いすに座ってると、さっき事情聴取をしてきた人が目の前を通った。
私は姉がどこで自殺したか聞いていなかった。

「すいません、ちょっといいですか?姉は自殺ですよね?飛び降りですか?」

「いえ、首つりです・・」

「首つり!?」家の近くでそんな首をつれる場所があったかな?でも心当たりはなかった。

「どこでですか?」次の瞬間、耳を疑った。

「自宅のベランダです」

「ベランダ!?」

じゃあ、あの時、ドア越しに覗いた時は、カーテンが閉められて分からなかったがあの時にもう死んでたの?

「いつ頃死んだか分かりますか?」

「朝方の4時~5時ですね・・」

「朝方・・・」「朝方!?」私は思い出した。

「ガラガラガラガラッ」と勢いよくベランダの窓が閉まる音を聞いていた。

「違う・・あれはお姉さんがベランダから入ってきた音じゃなくてベランダに出た時の音だったんだ・・・」

「あの時・・・・・」私とHは何してた?姉が首を吊ってる時、二人共、寝ていたのだ。しかもHからベランダまでは距離にして50センチもない。

Hは気がつかなかったのか?ユメは?

再び刑事さんに呼ばれた私はH達がいる部屋へと足を運んだ。

Eさんは「何かあったら電話頂戴ね」と言ってくれて、私達はそこで別れた。

部屋に入るとテーブルには透明袋に入れられた幅8センチの皮ベルトが置かれていた。ベルトは二つにスッパリと切られている。

「このベルトに見覚えがありますか?」

「いえ、ないです」

Hは

「あります」と答えていた。

「えっ?このベルトで?」生々しかった。

「じゃあ、遺体確認の方お願いします」

私達は工場の倉庫の様な所に案内され、その一角にその部屋はあった。
ドアの上に「霊安室」と書かれたプレートが貼りつけられていた。

「どうぞ・・」

4畳半もない狭い部屋だった。壁にピッタリひっついた診察台の上に、青いビニールシートで包まれた物体が置かれていた。

「これがお姉さん?」

警察の人がゆっくりとチャックを下ろしていった。

黒い髪が見えた。さらにチャックを下ろしていく。

「お姉さん・・・」姉の顔は決して安らかな顔ではなかった。目は半開き、口もポカンと開いていた。警察の人はさらにチャックを下ろしていった。

「うわっ!」思わず顔を背けてしまったが、その時の映像がしっかり脳裏に焼きつけられてしまった。

「首吊りってそんなにすごいの?」姉の首の3分の一はえぐれて無くなっていた。

ビニールシートに包まれたお姉さんはもう動かない。目も見えないし、耳も聞こえない、口も聞けない、心臓も止まっている。頭では分かっていた。頭では分かっていたけど言わずにはいられなかった。

「お姉さん、起きて」

「ユメの散歩、一緒に行こう。ユメがお姉さんの帰り待ってるよ」

「ねえ、お姉さん、起きてよ。まだ、仲直りしてないじゃん!」

「あたしが悪かったから、謝るから、だから起きて!一緒に帰ろうよ!」

私は姉の体を揺さぶった。

「あたし、ユメの面倒見ないからね、お姉さんの子供でしょ?お姉さんがユメの面倒みなきゃ駄目なんだよ?毎年、ユメの誕生日に誰がケーキ焼くの?お姉さんでしょ?・・きて、起きてよっ!救助犬ごっこやるんでしょ!」

「ユメ残して逝ってどーすんの?」

でも姉は起きてはくれなかった。

H達を残し、私は家に帰った。お昼過ぎ、ユメを散歩させてあげなくてはならなかった。

「ユメ~ごめんっ、トイレ我慢してたよね?お散歩いこっか?」

「わんっ」ユメは尻尾を振っていた。「ユメ、ボール持ってきて、ボール。分かる?ボール」ユメは部屋に戻って何かをくわえてきた。

「ユメ、それボールペン」「それじゃあ、ボールポンッ出来ないでしょ?」
私は靴のままドカドカ部屋にあがり百均一で買ったボールを手にした。

「これでしょ?ボールは」

散歩しながらユメに聞いてみた。

「ユメ、お姉さん何処?探して!」するとユメはキョロキョロしてお姉さんを捜しにいった。しばらくして不思議そうな顔をして戻ってくる。

「お姉さん、どこにもいないんだけど?」そう言っている感じがした。

「ゴメン、ゴメン、いなかったね、あたし嘘ついちゃった」

その後、ユメと私は一緒になって思いっきり遊んだ。

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