yuuの一人芝居

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随筆 一週間の闘病生活


一週間の闘病生活

一週間の入院顛末闘病生活

しもさんがなにやら叫んだとき、鼻の下に何か生ぬるい流れが伝うのを感じた。

鏡を見るとそこには血の流れがあった。

止まらなかった。拭けども拭けども流れ落ちてきた。今までの鼻血ではないと思った。すぐに救急病院へ急いだ。応急の処置をとってもらって止まった。

出たり止まったりの一昼夜を過ごした。

翌日かかりつけの病院へ行った。鼻に詰め物をし止血剤を2本点滴したが止まらなかった。木曜日、耳鼻咽喉科はすべて休診、医大への紹介状を持って駆けつけた。全国的に有名な医大であった。

血圧が200を過ぎていた。血を見たのと病院の長い廊下を歩いたせいであった。

「入院をしていただきます」

鼻に60センチものガーゼが詰め込まれた。

「鼻の一番奥で、この鼻はそこが複雑です」入れるのに手間取った医者が言った。

「まあ、1週間をめどに入院してください」

「個室しか開いていませんがいいでしょうね」

「血圧と生活がめちゃめちゃですね、だけど止まらない鼻血はありませんから…」

そこですっかり病人になったいた。

顔が見る見る病人の人相に変わるのを覚えた。血のけが引いていたのだ。

車椅子に始めて乗った。

この分なら2-3日の辛抱だろう。人生の休養にはいいかもしれない。そんな思いはすぐにどこかへ飛んで行ったのだが…。

金だけのことはあるいい個室だと思った。

妻と長男夫婦が心配そうに付き添っていた。

吸血鬼のように口の中は血だらけだった。苦かった。鼻から下りてきていた。ごみ袋が血染めのティシューですぐにいっぱいになる。

横になることは出来ない、血が喉へ流れ込んで窒息しそうであった。

ベッドに座っていた。止血剤の点滴は早く落とされていた。

頭はボーとしていた。血圧は140くらいに下がっていた。喉に血液が垂れ下がつてくる。それを吐き出せないのだ。片方の鼻が詰まる。息が出来なくなっていた。口で懸命に呼吸をする。口の中が乾く。垂れ下がる血液は止血剤でゼリー状になって固まりかかっている。咳が出そうになり、嗚咽がこみ上げてくる。

すすろうとする。詰めているガーゼが喉に垂れ下がってくる。

看護師を呼んだ。口に垂れ下がるガーゼを切ってもらう。

こんなに苦しいのなら鼻血が出ているほうがましか…。

皆がいっせいに帰っていく。心細いと言ったらきりがない。

一人の寂しさと戦いながら苦しさと…。

次男が劇団の人たちと覗いてくれた。

入院に必要なものを沢山かって来てくれた。大きな病院の検査技師の彼女はなれているらしい。

この人たちもやがて自分のねぐらへ帰るのかと思うと…。

枕もとの明かりが部屋全体の明かりだった。

その夜はうとうとしただけで一睡も出来なかった。

看護師に2回ガーゼの垂れ下がりを切ってもらった。

「咳をしたり鼻をかまない様に」

生暖かい流血が喉の奥でしていた。

1日目はこうして過ぎていった。

62歳にしてはじめての入院生活がこうして始まった。



「夜と昼が逆転しているのですって、何をしておられるのですか」

と、問診の女医が言った。

「はい、台本を書いています」

「売れるの」

すぐさま問い返してきた。

「いいえ」

「売れないの」といって周囲の医者と目で語り合い嘲笑していた。

私は吃驚した。そして、こんな病院へ来たことを後悔した。

人間を、職業を金になるならないで判断する人に会ったのは何十年か振りであった。

「子供や青年のために台本を書いて芸文館で公演しているのです」

と付け加えなくてはならなかった。

「芸文館で…」

芸文館と言う言葉に弱かったらしい。言葉のトーンが変わった。

「はい、年に一回ホールでやっています」

「それはたいしたものだわ…」

と態度が変わった。

そのことを劇団の大きな病院の検査技師に言うと

「医者なんてそんなものなんですよ」

とあっさり返された。



夜一睡も出来なかった。喉に血が流れ、痰に血が固まってえへんをすると出た。

血の匂いが口の中に広がりそれを飲み込むとお腹が苦り始めた。血は口の中では苦く鉄のにおいがした。

うとうととしていたときパソコンのチャットの画面が消えなかった。目を瞑るとそこにはパソコンがあった。

頭がボーとしていて、顔全体が火照った。

朝食はおかゆと味噌汁、味も分からなく流し込んだ。テレビを見る元気もなかった。テレビは誰も見ていないのに画像を流していた。

少しずつのどの奥に違和感があり血か流れているのが分かった。

「血が止まったようですから、明日ガーゼを取りましょう」

回診の助教授が言った。

止まっているという実感はなかった。

信じようとした。が流れていた。

横になって眠ろうとしたが、違和感が眠りへといざなってはくれなかった。

氷枕が運んでこられそれを頭にして少し横になった。気持ちがよかったが、

眠れなかった。

その日はなんといらいらしたが過ぎていった。

見舞い客が何人か来てくれたが、話に集中できなかった。夢の中で何かを言っているようであった。

そして、苦痛の日が過ぎていった。

5時を過ぎた頃、越中地震が起こった。

長男夫婦が来ているときであった。

この夜は私にとっても地震のように揺れる夜になった。

地震はそれは私への予兆であったのか…。

鼻から喉から出血が続き、大変だった。テレビは地震を告げていた。

「たいしたことはありませんよ、洗面器いっぱいなんて、バケツの人もいましたから」

看護師は大げさな私を諭すように簡単に言った。

3時、担当医がガーゼを詰め替えてくれた。

そのさなか意識は朦朧としてこれで終わりかと思った。

頭を下げ足を上げてしばらく休んだ。

額には冷や汗が流れていた。

少しして元気になり、ガーゼを取り替えた。

片方の鼻は時折詰まったが、息が出来るようになっていた。

助かったと思った。

うとうとの時間が30分になり、起きては眠りのときが流れた。

止まったことを認識した。

それは、前のときより確実に自らが認識できるものであった。

「いかがですか」

と看護師の声が美しくすがすがしく聞こえていた。

2回目はこうして過ぎて行った。

「流れている感覚があったら呼んでください。遠慮はいりませんからね」

といって看護師はパンツルックの後姿を見せていた。

このとき、すべての看護師が美人で天使に見えたのは目の錯覚であったのだろうか・・・。



何時間か眠られたので今日は快適とは言わないが、気分がいい日であった。

病院食がこれほど待ちどうしいものであることかを痛感した。おかゆと味噌汁それに僅かの惣菜がこれほど美味しいとは思っても見なかった。

人は病院に入院して何が楽しみかと聞かれたらたぶん食事だと答えるだろうことは実感した。それほど食事が楽しみで待ちどうしかった。

美人の看護師がいればなお愉しいであろう事は言うまでもないが…。

それだけ病状が良くなっているのだろうかと思った。人は状態によって何かを要求するものである。病人は食事なのである。

テレビを見ても中越の地震のことばかり、小泉は何をやっているのかと怒りが湧いてくる。自ら先頭に立ち国民の安全を守り与えるのが政治家の務めではないか…。その意識がないのなら即刻辞任すべしといきまいて、血圧が上がった。

中越の政府機関をすべて開放して救助すべきなのである。

日本国の人命への考え方は非常に貧困なのである。口では人の命に代えられないとのたもうているが胃沙汰なったら何も出来ない精神の後退を見る。

そんな世情に腹を立てながらも病状は良くなっていた。鼻がつまらなくなった。

うとうととして眠られるようになった。体力は改善されつつあった。

看護師と恋愛論を論じている自分が信じられなかった。瀕死の状態からこのようなたわ事がしゃべられる自分にあきれていた。

見舞客との応対もスムースになった。元気になりつつあった。

こうして3日の夜は更けていった。

「何かあったらすぐに呼んでください。何もなかっても呼んでくださってもいいんですよ」

看護師はそういって背を向けて出て行った。真っ白いパンツルックが印象的であった。

何が言いたかったのだろうと興奮して思った。



今日はよく眠れた所為かこころさわやかであった。

人間とはげんぎんな者らしい。調子がいいとすべてが明るく感じるのです。

何かを待っている。

あの、おかゆと味噌汁と僅かな惣菜である。ことに気づく。

お腹がなっている。腹の虫が文句を言っているのです。

綺麗に平らげる。

今日一日の始まりである。

何をしょうかと思案の頬杖である。

回診、順調に回復、鼻血は完全に止まったという。明日にでもガーゼをとってもいいかなという。助かります。呼吸がしやすくなりますから…。

看護師さんと会話のやり取りがスムース4日目の朝は晴れ晴れとした朝を迎えた。鼻づまりはなく順調に呼吸が出来ている。たんの中には血が混じるが、それは鼻腔に残ったものであるという。

人間とは現金な者で、少し良くなるとうろうろとしたがるものらしい。

特に、8時に来る朝食が待ちどうしくて仕方がない。

あの、おかゆと味噌汁と僅かの惣菜が大変なご馳走に思えるのだから不思議でになった。

純白の天使は軽やかに背の羽をゆっくりとはばつかせている。空を飛んでいるのです。

テレビをつけて転寝をしている。

退屈である。

信越地方の地震の様子が終日テレビの画面に流れていた。

この国の宰相に「何とかしろ」と叫んでいた。

こうして4日の世は更けていった。

見舞いの客との会話がなんとも軽やかになったことは回復の兆しであったのだろうか…。

テレビだけが信越地方の地震の状況を声高に伝えているのが聞こえていた。



早く眠ったからなのか5時に目が覚めてしまった。

これはなんと言っても早い。テレビも番組が始まったばかりである。

鼻のとおりがよくなってよく眠れたのが早起きの元であったろう。

それだけ良くなっているというのか…。

たんの中にはまだ血が残っていた。

それは嘗ての血の残リ遺物だということで心配ないというのであるが、なんだか信じられないものがあった。

不安疑心が病人にはあるらしい。

早く起きすぎて何もすることがないからまた少し眠ることにした。

横になった。うとうとしてまどろんだ。

だがすぐに起きてします。

腹がすいておきるのが分かった。8時が待ちどうしい。

部屋の中をうろうろとしながら過ごした。

循環器の検査をしたのは2日目であった。

血液検査をしたのは3日目であった。

車椅子で血液検査をしに行っていたと耳鼻科のお偉い先生は激怒した。

「鼻血が出ている患者に検査に来いとは何事か」というのである。

周囲の人たちは皆納得していた。

待ちどうしいと思うといても立つてもいられない。何か口に入れるものはないかと探し回った。が、飲み物以外なかった。お茶をのみ、水を口に含み耐えた。

「コンコン」という音がなんと心臓の音に聞こえた。

がつがつと食した。

高級のレストランの味がした。これほど美味しいものを食べたことがない感覚であった。

入院して胃袋が小さくなったのか僅かであるが満腹する。

幸せ、至福を味わった。

鼻の異物感は感じなかった。それだけ良くなっていたのだろうか…。

看護師が検温と血圧測定、脈拍を取りに来た。

「どうですか」

の声は快い響きで耳朶に響いた。

「はい、いいようです」

ころころと弾けるような返事が飛び出していた。

「良かったですね」

「はい、助かりました」

「後で体を拭いてあげますから」

「いいえ、妻以外の人に体を拭いてもらったことがありませんから、自分でやります」

「遠慮はいりませんよ、でも、そこまで言われますと…」

看護師はあっさりと引き下がった。

「いい人を見つけて幸せにね」

と、感謝の気持ちで言った。

「はい、そう願いたいですね」

「何かありましたら、すぐに連絡してください。遠慮はいりませんからね」

まるで天使の声が聞こえたように思った。

そり日は一日中ボーとして過ごした。

回診があり車椅子で介護助士に連れられていった。

「止まったようですね、明日にでもガーゼを取りましょうか」

恰幅のいい先生は言った。

夕餉の食事がまた楽しみであった。

入院中餓鬼のように何かに飢えていた。

それは豪華とはいえない病院食にであった。

こうして5日目過ぎていった。



6日は退屈な日であった。

CTスキャンをしに車椅子で看護助士につれられていった。

初めての体験、なんだか怖くなった。何かが発見されたら大変であった。が、何もなかったので助かった。

終日テレビを見て過ごした。

夜に鼻に詰められたガーゼ取り去られた。

久しぶりに両方の鼻で息をした。

「これで鼻血が出なかったら明後日退院できますよ」

「CTに異常は何もありませんでした。単なる鼻の奥が切れての出血ですね」

こうして6日目が過ぎた。

看護師の姿が廊下を舞う白い蝶のように見えた。軽やかに弾んで見えた。それは何事もすべてが使命を全うしているのだという自覚の姿のようであった。

病人と看護師が戦いながら病魔を駆逐するその姿があったと思う。



腹がすいてすぐに目が覚めた。

回復を願って一日を過ごした。

鼻水に驚いて、鼻血と間違うという慌てようであった。

のんびりとしていかったが心がせいでいた。

早く帰りたいそのことばかり考え、鼻血が出ないことを願った。

そんな一日を祈りながら過ごした。

生き物は絶対にころすまいとおもったりした。

感謝の心が生まれ、従順に生きるんだと心に誓った。運命に感謝し、生きる力に感動した。生に対する考えも多少変わった。

何か世の中が変わったように思われた。

テレビは相変わらず中越の地震の模様を流していた。

様々な人生があることを実感していた。

長い一日が少しずつすぎていった。

こうして7日目が過ぎていった。



次の日8日目

入院生活も終わりかなと思う一日が来た。今日で帰られるそう思うと心が軽かった。

一週間の貴重な体験と色色な思いを残して病室を去った。



そんな入院の蹉跌がここにあった。



2004/10/21から2004/10/28までの8日間の顛末である。 ヨシナレ ユウ 記























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