後日談。

今まで聞いてはいけないと思って来た事、胸の内に秘めて来た事を思い切って母親に打ち明けた。

本当に最近の出来事。

私の本当の父親と別れた理由、今の父親に対する思い、考え方のズレ。

全て打ち明けた。
吐き出した。

私は話しながら、ボロボロに泣いていた。
母親は聞きながら、ボロボロに泣いていた。

2人とも涙が止まらなかった。
止められなかった。

本当の父親と別れた理由。
それはやっぱり私が思っていた通りだった。

他に女がいた事。

でもその他にも私の知らなかった事実がまだあった。

歯科技工士をしていた父親、独立して、自分の仕事場を作った。
それは私も覚えている。
場所も、建物も今でも覚えている。

職場を持った父親。
しかし・・・。

実際には仕事なんてしていなかった。
2年間も何もしていなかったのだという。

そして女の所に行っては家には帰って来ない。
当然、収入源もない。
生活していけない。

だから母親は専業主婦をやめ、仕事を始めたのだと言った。
毎月毎月、本当に苦しかったと言う。

お金が足りなくなると、母親の実家まで行って、借りたことも度々あったと言う。

私は覚えていないけれど、

「お母さん、うちは100円のポテトも買うことが出来ないの?」

と言った事があったらしい。

その時程、辛い事は、情けない事はなかった、と母は泣きながら話した。

子供って残酷だ。
私は思った。

幼稚園に行っていた時、送迎バスはいつも私の家を一番最後に回った。

それでも家には誰もいない。
仕方がないので幼稚園に戻る。

そして親が迎えに来てくれるのをひたすら待つ。

いつの間にか私はお昼寝さんのクラスに入っていた。
それでもやっぱり親は迎えに来ない。

すると父方の祖父母の家に預けられる。
食事をして、お風呂に入り、布団に入る。

そして泣きながら親が迎えに来てくれるのを待った。

本来ならば、自分の家で過ごすはずの時間。
その大半を祖父母の家で過ごした。
夜が大嫌いだった。

1人になる。
誰も迎えには来てくれない。
孤独が押し寄せる。

いつも迎えに来るのは母親で、決まって夜遅くだった。

朝は母親が起きられず、お弁当を作る時間がなくて菓子パンをお昼のお弁当の代わりに持って幼稚園に行った。

裁判の際、父親は、自ら親権を放棄したそうだ。
彼には私が煩わしかったのだろう。

冷たい視線、会話のない時間、抱きしめてもらう事も、褒めてもらう事もなかった。

それでも愛されたい、大事にされたいって子供は思ってしまう生き物で。
少しでも振り向いてもらいたいが為に、自分なりに誠意一杯良い子を演じた。

でも・・・それすら彼には届かなかった。

自分だけが犠牲者だと思ってた。
だけど、母親は、私の知らないところでもっと苦しんでいた。

可哀想だと思った。
許すとか、許さないとか、そんな次元の問題じゃない。

母は必死で私を守ってくれていたのだ。
今度は私が守ってあげなければならないと思った。

母は、きりには辛い思いをさせたかも知れないけれど、今の父には感謝していると言った。

全ての事情を承知した上で、母ときりを受け入れてくれた事、父がきりと妹の差をつけずに大事にしてくれているという事、きりをちゃんと学校に出してくれた事。

本当に感謝していると泣きながら言った。

ごめんね、泣かせるつもりも、責めるつもりもなかったんだ。

ただね、今までの寂しかった想いを分かって欲しかっただけ。

家に帰ってもいつも1人で、甘える時間すらないままここまで来てしまった、今までの寂しかった想いを、私の考えを聞いて欲しかっただけ。

本当の事を知りたかっただけ。

本当の父親は、私が成人するまで、養育費は払うつもりだ、と言った。
でも母は最初から当てにはしていなかった。

案の定、養育費は一切払われる事はなかった。
勿論、節目節目のお祝い金諸々も。

中2の時、母には内緒で父親の生家(祖父母の家)、仕事場に行った。
祖父母の家は跡形もなく、仕事場は閉まったままだった。

今何をしているのかは分からない。
知りたい気持ちもあれば、知るのが怖い気持ちもある。
もしかしたら、知らない方がいいのかも知れない。

母は最後にこう言った。

「あなたの本当のお父さんの事、血の繋がった人の事を悪く言ってごめんね。」

全部聞き終わった後、話終わった後、自分の中で引っかかっていた物、重荷になっていた物が消えたような気がする。

勿論、色んな考え方や見方も変わって。





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