多重債務者の交差点

多重債務者の交差点

(09)O.kyuの場合 


やがて一身上の都合で退社しました。
いったん仕事がなくなると次回が回ってきません。
持ち家のおかげで小遣いさえあれば不自由はないのですが、その小遣いもないため「S信販」20万円の増額、「R」借入10万円しては「S信販」に返すという生活が2ヶ月続いたのです。 
平成11年11月から1月まで隼人のK会社でのアルバイト15万円はとりあえず借金返済に息がつけました。

平成12年3月、姶良郡の◯測地(12万円)就職を機にアパートを借り
(家賃45.000円敷金150.000円)かねて付き合いのRと結婚前提の同棲生活が始まりました。
男として懸命に働きましたが独身と違い出費の多さには驚きました。
給料が安いから生活苦はすぐにきました。
仕方ない「S信販」「R」の借入は日一日と落ちていく感が不気味でした。
平成13年3月「◯測地」の経営不振から退職、職安に通う日々がふえました。
なかなか気にいる仕事がなくフリーターで生きる将来に不安を覚えながらも妊娠発覚、6月21日婚姻届を出したのです。
20歳で父という実感はないものの責任感は増加しました。

平成13年7月、◯薬品に給料17万円で入社。
住まいも安い福山の◯団地に移りました。
◯薬品の営業は思うように数字が上がらず、出産を控えた妻の体調と生活苦のストレスを考えると全てがイヤになりそうでした。

平成13年11月から(11月29日、長女誕生)平成14年8月までに、
生活費、出産費用、返済のために「A」「S」「Pr」「Pa」「K銀」「W」と各20万円私名義で借り入れしました。
生活苦は長女を託児所に預け妻は福山の食堂でパートする有様でした。

平成15年5月、妻のわがままから◯自動車学校に。
入学費用は「M信販」から名義貸しで30万円の借入をしました。

平成15年6月頃、◯自動車学校に通う妻に変化が現れ夜遊びが頻繁になりました。
原因は私の働きの悪さからくる借金苦という一方的な意見でした。
◯薬品のノルマ増進に自ら薬を大量に買い求め、家計のため借金に借金を重ね、その結果が妻の浮気とは、泣くに泣けない誰にも愚痴れない哀れな結末でした。
私にもっと甲斐性があればよりよい解決策もあったのでしょうが、21歳ではここまででした。

平成15年7月29日、妻を親権に離婚届を提出しました。
15年6月11日、母を保証人に「◯信用組合◯支店」から300万円を借入、これまでの借金を返済しました。
しかし21歳で経験した心痛は仕事に多大な影響を与え、ノルマは下がる一方で「◯信用組合◯支店」の300万円の約定支払いを難しくさせ、月7万円の返済は無理を重ね再びノルマに自ら薬を買うという悪循環の繰り返しでした。
しかしそんなことは長く続きません。

平成15年2月27日、◯薬品、退職届提出3/31退職。
また「S信販」「Re」「W」「Pu」「A」から借り始めたのです。
もう泥沼の状態でした。
妻が憎くないと言えば嘘になります。
将来を誓い合った2人だったのに私だけ借金地獄に溺れているのです。
もちろんこの苦しみから逃れるため自殺を考えましたが、保証人である母と、離れ離れの一人娘を考えるとできることではありません。
とはいえこのままではどうしようもありません。

平成16年3月3日、生命保険から20万円(平成16年3月15日解約相殺0)の借入(実父返済)を足すと11件、742万円の借金(破産免責申し立て時は10件722万円)になります。
少しでも返済したいという気持ちで姶良の「T」で19時から01時まで時給700-750円、週1休で頑張っていますが、これで将来が楽になるわけではありません。
先日、心身がたがたの状態で母と話し合いました。
そして悩んだ末の結論は自己破産でした。
たとえ娘に会えなくても、この苦しみを糧に今一度、幸せを掴みたいと願ったからです。

(その後、O.kyuの「らっしゃい」は威勢がよく、私が顔出すと刺身の盛りが2.3枚多いようです。頑張ってください。)

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