多重債務者の交差点

多重債務者の交差点

(34)M.kaの場合


「初めて借金をしてから破産手続開始申立てをするまでの経緯」
の真実をfiction的に要約転記したものです


私は昭和62年3月、
◯専門学校を卒業後、あこがれの陸上自衛隊◯駐屯所入隊しました。
しかし10万足らずの給料では防寒具、着替えなどが買えず、
昭和63年3月、T富士30万借入したのが最初の借金理由になります。

平成1年3月に除隊し同年4月、東京のABC石油に就職しました。
このとき手取りが30万ほどあり年末にはT富士を完済できました。

平成2年2月、22才で◯と晴れて結婚しました。
ところが年9月に◯、平成5年2月に◯誕生と喜びの反面、生活苦が始まったのです。
こうなるとABC石油を嫌でも激務しないと家計が成り立ちません。
常に5時間しかない睡眠時間が苛立ちに変わり妻に暴力を振るうようになりました。
ただ働くだけの私がパチンコ、風俗にストレス解消するのに時間はいりませんでした。

平成9年5月、ABC石油を辞職、200万の退職金を受け取りました。
その200万は妻に内緒のア◯ム、T富士延滞支払するためと帰鹿費用、
見栄での車購入、そして新たな生活準備金でした。
だが同年9月◯工務店勤務(16万)の手取りでは
生活はおろか利子すら払えない状態が続き、瞬く間に手持ち金はなくなったのです。
再びストレスは同僚との喧嘩に発展、枠があれば借りては返す金策が続きました。

平成15年8月、◯工務店勤務を退職、自己嫌悪と自信喪失でやる気をなくし、
生活費という嘘で両親から30万借金、ア◯ム、◯富士の金利を払いました。

平成16年2月、日本◯公社から238万、同年3月姉夫婦から60万(18年12月完済)
を借金、ア◯ム、プ◯ミス、三◯信販、T富士を完済しました。

平成16年4月、◯九州入社(22万)
翌5月、プ◯ミス50万再借入して両親に30万返済しました。

平成16年9月13日、三◯信販10万再借入して車検費用に使いました。
私は金策ばかりを考え、
妻にも相談できない苦悩をパチンコと◯さんの肉体に発散してましたが、
仕事に立ち直れるどころか借金問題でぎくしゃくした夫婦関係は
◯さんとより深い仲になり帰らない夜が多くなりました。
遊興費は新たにア◯ムから10万20万と妻に隠れて引き出したのです。
もちろん生活費、教育費にも利用、その金額は100万まで膨れあがりました。

平成16年12月6日、◯KCから車(205万円、月41.500円払)を買換購入しました。

平成18年7月、
◯さんに対する嘘の結婚約束と堕胎による体不調の慰謝料50万をアコムから借入、
さらに同年12月25日には◯和ファイナンスの名義まで貸す羽目に。
当然こんな不純な関係はいつまでも続くがわけありません。
あげく妻に知れ大喧嘩のすえ離婚話、妻は実家に帰ったのです。

平成18年年12月30日、◯さんと別れ一人悩みましたが、
情けないことに車で死ぬことしか頭に浮かびませんでした。
翌日、おちついた私は自分のわがままで家庭を壊したことに気がついたのです。
そして大晦日、正月は一緒にという気持ちで妻子を迎えにいきました。
もちろん2度目の借金問題を妻の両親と、また私の親兄弟とも語りました
はたして債権者10件借金800万をどうすれば払えるか。
答は、とても親兄弟が助けられる数字ではないということでした。
しかも私は平成19年1月◯を退職後、今アルバイト(9千円)の身なのです。
とうてい現在の私に単独返済できる数字ではありません。
最終結論は家族も認める自己破産でした。

(同年2月5日最後の借入2.000円2ヶ所)
上記は悩んだ末の借入で悪意はありません。




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