2-46 たった一人



「やっほ、キミ!」

朝子はとても嬉しそうに、玄関で親友を出迎えた。

キミカはにこりと笑った。「ずいぶんとご機嫌じゃない。・・・どうしたの? 用事でもあった?」

「別に。たまにキミの平日休みを私が潰したっていいじゃない?! あ、パン焼いたんだけどどう?」

「相変わらずよくやるわね。私には料理なんて絶対に無理よ」

「人間、必要に迫られればやるものよ、何だって」

「そうかねぇ」

キミカはぱくりとパンに食いついた。・・・美味しい、クリーム入ってる。この子の作るもので、まずいものなんて食べたことがないわ。これじゃあ篤君もいちひと君も、アサにやられるわけよね。

キミカはふと食べる手を止め、外を見た。浦原家の庭では、名前の分からない背の高い木が、そよ風に枝を揺らせている。

「ところで、私を呼んだのは・・・本当は雨宮の話じゃないの?」

「違うわよ。・・・忘れられなくて、一時は結婚すら考えたけど。・・・でももういいの。私、今すごく幸せだから」

「ふぅん・・・いいわねぇ」

そう言って、紅茶をいれている朝子の方を何気なく見たキミカは一瞬、自分の目を疑った。

「その・・・ブレスレット、って」

「あぁ、これ? ・・・大事なお守り」

朝子はそう言った瞬間、キミカの目に危うく映るほど綺麗に笑った。その顔を見て、キミカは確信した。・・・あいつだ・・・間違いなくアサはまだ・・・。

「・・・ねぇ、アサ・・・」

「ん? なぁに?」

キミカには、朝子がとても幸せそうに見えた。とても、夫以外の男を愛して、苦しんでいるようには見えなかった。

「ううん・・・何でもないわ」

アサは、雨宮のことは思い出として、胸の中にしまっておく決意をしたんだわ、きっと・・・・・。

それなら・・・私がどうこう言うまでもないわよね。この子・・・これですごく強いから・・・。

ニコニコしていた朝子が、不意に真顔になった。

「キミカ」

「え? 何、どうしたの? キミカなんて呼んで」

「私・・・何があってももう有芯とは会わないわ」

そう言う朝子の瞳には、欺瞞が一切感じられなかった。

「・・・・・そう」キミカは返事をすることしかできなかった。

朝子はまたにこりと笑って、言った。「それだけ」

「・・・わかったわ」

キミカはそう答えながら考えた。そして、黙って紅茶のカップを空にすると朝子の顔を盗み見た。

「・・・アサ、痩せたのね」

「そう? これでもけっこう戻ったのよ」

「へぇ。それで、戻ったんだ」

「・・・キミ?」

朝子の不思議そうな顔がキミカに向けられる。キミカは賭けに出ることに決めた。

「アサ・・・あなた一体、何を隠しているの?!」

「・・・隠して、だなんて」

「本当は雨宮のこと、全然諦められないでしょ」

「そんなことないよ」

「嘘」

「・・・嘘じゃないから」

「あのね、アサ。今辛いでしょ」

「・・・」

「分かるよそれくらい。長い付き合いだもの。家族にも雨宮にも、誰にも彼にも本当の気持ち言えなくて」

「本当の気持ちは、私は今とっても幸せで・・・」

「バカ!」

キミカは朝子を抱き締めた。

「ちょっと真面目すぎだよ。私一人くらい、本当の気持ちを打ち明けてくれたっていいじゃない! あんたの辛そうな姿なんてもうたくさんだよ! 特にあのバカ雨宮のせいでなんて!!」

朝子の目から大粒の涙がこぼれた。

「バカはそっちよ、キミ・・・。駄目じゃない、そんなこと言われたら甘えちゃう・・・」

朗らかだった朝子の表情がみるみる崩れ、彼女は声を上げ泣いた。親友のあまりの豹変ぶりに、キミカは内心驚いたが、それでも朝子を強く抱き締めたままでいた。あんた・・・たった一人で、今までよくそれだけの想いを閉じ込めておけたわね・・・。

朝子の精神は、もう限界間近まで追い詰められていた。キミカの胸を、朝子の暖かい涙が濡らす。

「・・・私・・・・・私、有芯が、好き・・・辛くて、辛くて・・・もう耐えられなくなりそうだよ、キミ・・・」




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