2-47 クロゼット



「・・・泣きなさい。私でよければ、何でも聞くから」

「・・・・・っく、う・・・・・・・っく」

キミカに背中を擦られながら、朝子は絶望の中にいた。

そして、やはり思った。・・・駄目。やっぱりキミにも話せない。

彼女のことだから、親身になって一緒に考えてくれるだろう。みんなが幸せに暮らせる方法を・・・・・。

でも無理。みんなが幸せになんてなれるわけがない。

キミカだって・・・・・私が妊娠していることを知ったら驚くしそれに・・・私はたとえどんなアドバイスをもらおうとも、そのとおりになんて絶対にできない。

相変わらず、私には何も選ぶことができないから・・・・・。

「ありがと、キミ・・・泣いたらちょっとスッキリした。有芯のこと・・・頑張って忘れる」

「・・・・・できるの?」

「がんばる。・・・本当に、ありがと」

「・・・・・そっか」

キミカは帰り際、「何かあったら、いつでも電話しな」と言い、ウインクして去っていった。人を元気付ける時、キミはいつもそう。普段はつっけんどんなイメージだけど、こういうときは・・・・・優しすぎる。

朝子は涙でぐしょぐしょになった顔を洗うと、乱れた髪を梳いた。鏡に映る自分の姿はひどくやつれていて、朝子はこみ上げてくるものを堪えようと無理に笑って見せた。

「・・・・・有芯」

鏡の中の自分が、愛しい人の名前を呼ぶ。

「・・・・・・・有芯・・・」

鏡の中で、朝子は必死に有芯を求めているように見える。彼女は鏡に向かって言った。

「・・・忘れるのよ」

鏡の朝子も、同じ言葉を復唱する。

「・・・忘れるのよ、何もかも・・・」

泣きたくなんてないのに、涙が溢れてこようとする。

「嫌・・・・・もう嫌・・・」

朝子はその場に座り込んだ。

「自分が嫌・・・・・!!!」



「ママ!? ママーーー?!」

朝子はいつの間にか洗面所の床で眠ってしまったようだった。篤に揺さぶられ朝子が目を開けると、彼は心底ほっとした顔になった。

「ああ驚いた。なんともないのかい?!」

「大丈夫、寝ちゃったみたい」

「普通、こんなところで寝ないぞ?!」

「最近眠くって・・・ごめんなさい。あ・・・いけない! いちひとは?!」

「君が迎えに来ないから、保育園から君の実家に電話があって、お義母さんが迎えに行ってくれたそうだよ。」

「そう・・・・・」

いちひと・・・・・ごめん。ちゃんと迎えにも行ってあげられないなんて・・・・・。こんなお母さんで、本当にごめんなさい・・・・・。

沈んだ顔の朝子に、篤は優しく言葉をかけた。

「大丈夫か? 君、最近疲れているんだよ。最近は前よりもっと頑張って料理を作ってくれて、とても嬉しい。でも、息抜きだって必要だよ。ほら、いちひとを迎えに行こう。たまには、3人で何か美味しいものでも食べに行こうよ」

「・・・・・ありがとう」

「さぁ、支度して」

「・・・うん」

朝子は寝室に行くと、のろのろと服を脱いだ。箪笥を開けると、有芯のくれたスカートがそこにあった。

“俺は―――もう二度とお前を信じない・・・!”

「・・・・・忘れるの・・・っ!」

朝子はスカートを箪笥から取り出し、ゴミ箱に捨てようとした。

しかし直前で手が止まり、彼女はそれをきれいにたたむと、溢れかけた涙と共にクロゼットの奥深くに押し込んだ。



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