2-69 元カノと人妻



エミは、朝子の顔を見た瞬間、浦原家に乗り込んだことを少し後悔した。彼女が想像していたような派手で遊んでいそうな人妻と、実物の朝子はかけ離れていたからだ。

一見した感じでは、普通のお母さんにしか思えない。ゆうと付き合っていただけあって、確かに綺麗な人だけど……とても、男の子たちにケンカ売ったりするような人には見えない。

それにしてもなんだろう。この人の……黙っていても漂ってくる、雰囲気……色気、気品……みたいなものは。

エミはかなり緊張した面持ちで、ゆっくりとソファに腰を下ろした。

朝子は反射的に紅茶を淹れたが、カップに注ぎながらはっとした。私……何、突然押しかけてきた有芯の彼女に、紅茶なんか淹れてあげてるんだろう?

朝子は自分の行動に疲れながらも、淹れてしまったものは仕方ないと自分に言い聞かせると、カップをエミの目前に置いた。

エミは紅茶のカップを見た。有名ブランドのだわ、イヤミなカップね。この女もきっとイヤミな女に違いないわ。働きもしないくせして、旦那の稼いだお金でひそかに男と豪遊しているのよ……!!

そのティーセットは篤の趣味でそろえたものだし、朝子は豪遊など一度もしたことがなかったのだが、エミは勝手にそう決めつけ、紅茶を一口飲んだ。良い香りに頬が一瞬緩みそうになり、エミは慌ててきゅっと口を結んだ。私はこの女に物を言いに来たのよ?! ヘラヘラ紅茶を飲みに来たわけじゃないわ……!!

朝子はエミの向かい側に椅子を持ってきて座ると、口を開いた。「ビックリしたわ。有芯ったら、こんなに可愛いお嬢さんと付き合っていたなんて。ところで……お話って何?」

エミは朝子がさらりと口にした“有芯”という言葉に鋭く反応した。

有芯って呼ぶな!! ……気味悪ぃ

そうか……あれは、そういうこと………!!

エミがカップを置くと、澄んだ紅茶の水面が揺れた。

「朝子……さん、って、彼のこと有芯って呼び捨てにしてるんですね」

朝子は軽く微笑んだ。「昔からよ。だって後輩だもの」

エミは朝子を睨んだ。「へぇ……後輩って、一緒にホテルに行くのが後輩ですか?!」

朝子は少し驚いた顔をすると、苦笑した。「知ってるのね」

エミははらわたが煮え繰り返るのを押し隠しながら言った。「………知ってます」

朝子は辛そうに一瞬外を見た後、エミをまっすぐに見ると言った。

「……ごめんなさいね。あなたを傷つけてしまって」

朝子の謝罪を聞いて、エミの怒りは爆発した。「どうして私に謝るんですか?! 謝るならゆうに謝ってください!! ゆうは……彼はあなたのせいですごく傷ついてるんですよ?!」

朝子は俯き、言った。「そうね。……でもそれはお互い様よ」

「……どういうこと?」

エミは意味がわからなかった。この人……ゆうを弄んで捨てたんじゃないの?

「捨てられなかったの。……自分の子は、やっぱり大事だから。でもそのおかげで……私が何も捨てられなかったおかげで、有芯は私から離れていったわ」

つい先ほどまで、大人の余裕ともとれる落ち着いた様子だった朝子が、そう言いながらだんだん涙目になっていくのを、エミは衝撃を受けながら見ていた。それによく見るとその顔は泣き疲れたように見える。

エミは戸惑いながらも戦闘姿勢を崩すまいと声を荒げた。「それは当然でしょう?! あなたは彼より大事なものが他にあったんだから!!」

「……有芯より大事なものなんて、ないわ」

エミは驚いて朝子を見たが、言った朝子本人が一番驚いていた。私……何て言ったの、今……?!

「……え?」

聞き返すことしかできないエミに、朝子は言った。

「私なんかと一緒にいれば、有芯は自分の進むべき道を歩めない」

その目はまっすぐエミを見つめているように見えて、実際はエミを見てなどいなかった。朝子は自分に言い聞かせた。有芯には私なんかいない方がいい。いない方が、いい………。

「有芯は、口は悪いしわがままだし、いっぱい煙草吸うし手は早いし、女心はわかっちゃいないし性格悪いし、もう最悪なんだけど」

言うと、朝子は片手で目を覆った。


………ごめん、意地悪が過ぎたな

………行くな、バカ

……愛してる


朝子の頬を涙が一筋流れ落ちるのを見て、エミの顔が強張った。

「………でもそんなところも全部、愛してた」



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