2-70 完全敗北



朝子は俯くと涙を拭った。いけない、この子の前で泣いてどうするのよ……。

前髪をかき上げ、朝子はエミの方を見ると苦笑した。「本気だったのよ。……でも、だからこそ有芯と一緒にはいられない」

エミの頭の中に、有芯の怒鳴り声が響いた。

お前なんかには何もわからねぇ!! 俺がどんな思いで身を引いたかも、あいつがどれだけ俺を愛してくれたかも!!

この人たち……一体何なの?!

相手の事ばっかり考えて!? 自分の気持ちも言わないで……?!

「どうして?!」

自分でも訳がわからなかったが、エミは叫んでいた。

「愛してるなら、どうして向かって行こうとしないの?! 本気なら……何をしてでも一緒にいたいって思わないの?!」

「思わない」

即座にそう答えられ、エミは知らずに拳を握り締めていた。「そんなの、おかしいわよ……っ、そんなのって……」

エミの声が、だんだん小さくなった。

窓からこぼれる陽光を見つめ、朝子は目を細めた。「……大切だから」

「……大、切?」

「有芯が有芯であること。彼が……自分の道を歩めること。それが、私には大切なの。だって有芯は、……私の好きな有芯は、いつもまっすぐな瞳をしているから。その瞳を失ってほしくない」

朝子の落ち着いた声を聞きながら、エミは体中から力が抜けていくのを感じた。

「それで、本当に……」

朝子は笑った。笑顔が綺麗、とエミは思った。

「いいの」

「でも、ゆうはもう誰も愛さないって……」

言ってから、エミはしまったと思ったが、朝子は全く動じずに彼女を見た。

「そう。やっぱり嘘だったのね。有芯の彼女だって言ったの」

エミは絶句したが、やがて小さな声で言った。「……はい。ごめんなさい」

「聞き忘れてた。あなた、名前は?」

「……………エミです」

「エミちゃん……あなたは若いしとっても可愛いんだから、自分を大事にしなさいね」

かっとなり、エミは叫ぼうとした。偉そうなこと言わないで! あなたは既婚者のくせにゆうと寝たじゃない!!と。

しかし次の瞬間、エミは自分の完全敗北を悟った。

「大丈夫よ。……あなたは有芯と別れてもそれほどショックは受けない。……自分でも、気付いているんじゃない?」



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