once 33 伝わる気持ち



20分ほど歩いたところで、朝子が立ち止まった。

「疲れちゃった。一休みしようか」

朝子は言い、嬉しそうに走っていった。どこが疲れてるんだよ・・・と思ったが、有芯には口出しする気力もない。

「ほら、ここ来て」

朝子は大きな木の下に座っていた。そこは広い公園になっていて、周りにはお年寄りや、小さな子供の姿がある。

「でかい木だなー」そう言うと、有芯は気持ちが暗くなった。でかい木・・・タイボク・・・大木。連想ゲームか。馬鹿みたいだ、俺は・・・。

有芯の心中を察したのか、朝子は呆れた声で言った。「なにしょげてんのよ。こっち来て?」

有芯は、無言で朝子の横に座った。木の根っこに座るなんて何年ぶりだろう、と彼はふと思った。隣には人妻。こんなシチュエーションは二度とないだろう、と思うと、だんだん笑いがこみ上げてきた。

「何、にやけてるの? 頭大丈夫?」

朝子が本気で心配そうに聞いてきたので、有芯はもっとおかしくなった。「いや・・・俺たちって、他から見たら恋人同士に見えるのかな、と思って」

「あはは、さあね。どう見られたっていいんじゃない? 私たちは私たちなんだから」

「まあな」

有芯は目を閉じた。背の高い木の梢が、はるか上のほうでこすれる音と、膨大な数の葉が風にさわさわと揺れる音がする。その音が心地よくて、有芯は自分の悩んでいることが小さく思えた。

「先輩・・・本当に、俺が行っていいのかな?」

有芯の言葉に、朝子はにっこり笑って言った。「行っていいから、手紙が来てるんだよ?」

「・・・そうかな?」

「そうよ。大丈夫、案ずるより産むが易しってね」

そう言うと、朝子は有芯の手を取り、自分と彼の指を組ませた。その方が、自分の気持ちが伝わって、有芯が安心すると思ったのだ。

しかし、有芯はどぎまぎしていた。そんな手のつなぎ方は、恋人ともしたことがない。朝子を見ると、今までと同じ優しげな表情で彼を見ている。

「一緒にいてあげるから。落ち着いて行こう」

そんなふうに、手、繋がれると落ち着けないんですが・・・。と思ったが、それを口に出すと朝子が離れてしまいそうで、有芯は黙って頷き、目を閉じた。

朝子の暖かな手から、言葉が耳の奥に響いて聞こえる。

大丈夫・・・一緒にいてあげる・・・落ち着いて・・・

何でだろう。ドキドキするのに、肩の力が抜ける・・・胸が熱い・・・この気持ちは、一体・・・。

まさかな。

俺は、別に女に不自由して困ってるわけじゃない。

人妻に手を出すような、ややこしいまねはしたくない。

だから当然、この人に手出しはしない。

分かっている。・・・今この人を好きになることは、俺にとって不都合だし、先輩にとってもそうだということくらい。

分かっている・・・。

有芯は、気が付くと目を閉じたまま、繋いだ朝子の手を、両手でそっと包んでいた。


34へ


© Rakuten Group, Inc.
X

Design a Mobile Website
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: