越中屋*四十五右衛門*商店

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『日本ポップス伝』演歌篇


の判断は個人の感覚に左右されますね。
それに客観的な尺度を持たせる方法として、

(1)楽曲の基調となっている音階とコードを類型化し、日本調に聴こえるものと、洋楽っぽく聴こえるものに分類する方法。

(2)類似作品を過去に遡って系譜を調べる。つまり元ネタの元ネタを探していく方法。

があると思います。


(1)は小泉文夫の「歌謡曲の構造」という本がその分析に成果を上げています。

「演歌的短音階」「民謡的短音階」「長五音音階」とか。
たしか歌謡曲を5つくらいのグループに分類していました。
いま手元にないので今度図書館で借りてきます。ですから、この日記は越年します。

(2)の方法は大瀧さんの「日本ポップス伝」でしょうね。
こっちはメロディーだけじゃなくて、アレンジメントやミキシングを含めたサウンドの類型化を時系列に辿っています。



73年の曲群を見てきまして、いわゆる「演歌」ものが明治開国以来の日本ポップスの歴史の中で、どのような流れの川下に出てきたのか、を再チェックしたいと思い、大瀧さんの「日本ポップス伝」を最初から聴き返しました。じつははじめて真剣に聴いてみました。

実際、森進一、五木ひろし、八代亜紀はもっと〈主流〉ではなかったのか、野口五郎あたりの歌謡曲は、演歌から分離して派生しているのか、などです。

「日本ポップス伝1」は通史、「日本ポップス伝2」は各論だったんですね。
流れを見るなら「1」を復習して、細かい支流は「2」でフォローできますね。ひまなんで今回じっくり聴きましたよ。



今日は「日本ポップス伝」をいわゆる今〈演歌〉と呼ばれている歌手の作品の系譜にしぼってまとめてみます。


まず歌謡曲の第一号として、西条八十、中山晋平の「東京行進曲」29があり、〈新民謡〉や〈小唄〉ものがある。

次に「船頭小唄」20にセゴビアのスパニッシュ・ギターでアレンジした古賀政男がある。「影を慕いて」藤山一郎32から「湯の町エレジー」近江俊郎48、「無法松の一生」村田英雄58、「悲しい酒」美空ひばり66のラインである。

メロは別として歌のキーワードとして、「酒」「涙」がある。

でもじつは、このメロディーの基礎になったのは、市民音楽隊の「天然の美」で、当時はまだ日本オリジナルの曲が少なく、これに似ているものとして最も古いものが佐世保女学校の寮歌だとされている。


一方、古賀政男の登場から数年後、服部良一のブルース路線が出てくる。
これはジャズの「セントルイス・ブルース」のサウンドに強い影響を受けている。
代表は「別れのブルース」淡谷のり子37、「湖畔の宿」高峰三枝子40

これらの路線の特徴は〈新しいリズム〉の導入だ。
〈マンボ〉、〈ハワイアン〉、〈R&B〉などからサウンドに影響を受けている。

歌のキーワードとしては、「港」「夜霧」がある。
「上海ブルース」ディック・ミネ39、「有楽町で逢いましょう」フランク永井57などに継承されていく。

B 服部のこの路線は、吉田正などへ継承する。〈ムード歌謡〉の誕生。
A 古賀のこの路線は、万城目正へ継承する。〈エレジー系〉の誕生。


C 戦後に来てキーワードに「山河」「郷愁」を持った路線が支持され始める。
代表は「別れの一本杉」春日八郎55、「リンゴ村から」三橋美智也56など民謡のメロディーや歌唱法を使ったものだ。


D さらに60年代に入り〈ロカビリー〉と一括りされたアメリカのポップスで、とくに〈カンツォーネ〉に原点を持つ〈イタロ・アメリカン〉のメロディーが強く支持された。
代表は「黒い花びら」水原弘59、「霧の摩周湖」布施明66

キーワードは「フェロモン」だろうか。


おそらく大きくこの4つの流れが70年以降の「演歌」の源流でしょう。

A「人生劇場」
B「誰よりも君を愛す」
C「南国土佐を後にして」ペギー葉山or「古城」三橋美智也
D「黒い花びら」
の4曲が流行していたのが1960年前後。

この年の〈主流〉はまさにこれらのグループでしょうね。


第8講 73年の音楽地図・演歌篇へ


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