越中屋*四十五右衛門*商店

越中屋*四十五右衛門*商店

73年からの〈日本フォーク伝〉



もちろんこれは、一般からみた、いわゆる〈フォーク〉が、ということで、アングラ・フォーク自体がぜんぶ変節したわけではなく、彼らの大半はエレクトリック化して行きましたよね。

お察しのように、URCのアーティストたちが、はっぴいえんどがバッキングしていたり、ジャックスの早川義夫がディレクションしていたり、加藤和彦がミカバンドをやったり、とかです。

また井上陽水に関しては、その他のアーティストとは別の独自の方向性を持っていたことが、彼のその後の作品を見れば(彼の作品が〈歌謡曲〉と交差する周期のうちの一つだったことも含めて)一目瞭然に解ると思います。


逆に、一般からみた、いわゆる〈フォーク〉、表層的な〈フォーク〉は、どんどん歌謡曲の中に取り込まれて行きます。 

たとえば
一つはガロやチェリッシュのように歌謡曲の制作システムのなかで作られたもの。
一つは小坂明子のように自作自演ながら、歌謡曲と同じステージに立ったもの。
そして森進一、布施明がそれぞれ吉田拓郎、小椋佳の曲を取り上げてレコード大賞を取ったこと。


さらに〈フォーク〉の様式は〈演歌〉にも導入されます。

「北の宿から」「舟歌」「北国の春」「みちのくひとり旅」の一部には〈フォーク〉のサウンドが使用されているように、わたしには聴こえます。

ですから、『日本ポップス伝』演歌篇で上げた〈演歌〉の4つの源流に加えて、この70年代中期以降のものには〈フォーク〉の要素が混じって来ていると、思えるんですね。

それは現在、〈フォーク〉出身のアーティストが〈演歌〉と同じステージに立っていること、からもです。


以上から、73年を期に〈フォーク〉が〈歌謡曲〉の主流の一つになった、と推論したいと思います。

次回は、いよいよ〈演歌〉の定義について、恐る恐る書いてみたいと思います。


でもちょっと休講


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