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信仰って言うと、
何かを信じる、だが、
こと、Godを信じるに当たって使う時は、
注意しなくてはならない、
「神を信じる、」
よく聞くフレーズだが
”人”が神を信ずると、単なる宗教になってしまう、そこから派生する言葉は、
信仰が薄いとか、信仰が足りないとか、
人の側の問題となって現れてくる、-->「あなたの努力が足りないのよ! 」的な、
また、「心に疑わないで信じる、」と言う表現がある、これも似たようなもので、
疑わずに信じれたら苦労しない、聖書の言う信仰は、「神の信仰」である、
「神を信じる、」とは、
(ギリシャ語の原義を見ると、)
「”神の信仰”を持つ」ことに他ならない、
*この手の誤訳はドーにかならないものか、
そう、神の信仰とは、
神が与える信仰である、
人は、神を、
(自分では)信じることはできない、信じるソース(源)があって、
初めて信仰が可能になる、人は 、 何から何まで、与えてもらわないと、
信じることはおろか、前にさえも進めない、
で、この神の信仰を得るコツだが、
ポーカーフェースである、無表情、無感動、無気力がベストだろう、
落ち込んで、疲れきっているなら、尚いい、
その状態のまま、自分の心に、
神の信仰を 機械的に 入れるだけ、*この”機械的”がネックになって、
ガンバリズムが強い人は信仰を得にくい、その作業は、あたかも、
コンテナを船に積むクレーンに似る、

感情、思いは必要ない、
タンタンと積み込むのみ、コンテナには、すべての必要なものが入っている、
*「信仰」と言う言葉が独り歩きして、
「自前で信じる」と言う風潮が蔓延しているが、
この本義を知ると、体が宙を舞いだす(?)かもしれない、
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