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なぎら健壱「あの頃のフォークが聴きたい」今日の放送は期待したほどではなかった。当時のなんかエピソード聞けないかなと思っていたのでしたが、私や風船・西岡ファンにとっては、極々普通にあれー?そんだけ?もう終わり!とただただ残念というだけでした。なぎらさん風船の追っかけでした。東京でのコンサートは全部観た!そうです。ファンレターを送ったが、返事は来なかった。(西岡さん聞いてますか返事ください)サングラスに髭は西岡ファッション。サングラスで視力2.0が落ちたとか?「満員の木」詩について解いておられた。それは西岡自身のことを!木に鳥が止まることを歌詞にしている唄で、木とは西岡自身。鳥はファン。はじめは一本の木に一羽の鳥が止まっていたが、それが次第に鳥が増えてきて、「満員の木」。いまでも大阪に行ったら、いつも電話してます。面白い唄です、唄と言うか?唄といっていいんでしょうかね?「大阪弁」と言う唄です。さらに、「『この人ほど大阪弁が合う人いない』と藤本義一さんが言っていた。」と紹介する。歌詞に出てくる「ちょぼ焼き」を解説、「たこ焼き」の小さいやつでたこの替わりにこんにゃくだそう。最後にメール紹介で、千葉の女性の方が、先日なぎらさんのライブ聴いてきました。その時に「あの頃のフォークが聴きたい、視聴率いいので、放送が延びました。」と言っていました。これからもフォークのこと知らないお話をよろしくおねがいします。と、こんな感じのメールでした。私が推測するに、「視聴率云々」これは、なぎらさん一連のジョークだろうと思うのだが?あまり書くことは無いだろうと、書き出したらもうこんなにでした。来週は中島みゆきさんです。
2008.02.24
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先週の土曜日は、温泉ホテルで宿泊での懇親会が、で、やはり部屋にはラジオはなく、いつものように聴き損なった!明日は、西岡たかしで「満員の木」「大阪弁」という唄を、五つの赤い風船の追っかけをしていたなぎら健壱は、一体どう紹介するのかとても楽しみなのである。五つの赤い風船解散後、スタジオに一人こもって多重録音一人何役こなしたのか?12Chマルチレコーダーを駆使してレコーディングしたのが、ソロになってのファースト・アルバム「満員の木」でした。当時のURCレコードからのリリースでした。西岡さんは凝り性な人で、人と違ったこと、変わったことををやるのが好きな人で、かつ自分の曲のイメージを他人に任せられないのか?はたまた予算なくて演奏者を雇えなかったのか?そのアルバムリリースに、兎に角当時のkey-sanは多くの希望と期待を寄せ!手に取りアルバムを眺めジャケットとその楽曲に驚きを覚えたのでした!レコーディングはすべて西岡さんですが、ジャケットデザインは田名網啓一さんと言う人のイラストで、西岡夫妻が(多分そうだと思っている今も)森の木の枝に止まっているふくろうにデフォルメされたサイケデリックでインパクトあるジャケットでした。さあて、今晩は目覚まし時計を枕元に置いて、用心に越したことはないのです。現在も、中川イサトさんたちと五つの赤い風船で再活動しています。けど西岡さんもう何歳に?なんか覚束無い感じです。声も出なくなったし、ろれつも回らないと言うか?ご高齢にムチ打って頑張っていますね!風船のURC時代の第5集アルバム2枚のCD復刻を願っています。「ニュー・スカイ」「フライト」
2008.02.23
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高橋竹山の津軽三味線は大分以前から気にはなっていた。先週の日曜日のこと、そこは町内のとある割烹の店内。なんともいい音色で三味線の音が響いているのでした。その三味線の音源はなんともハイエンドなオーディオから流れてくるのでした。思わずCDを手に取りボリュームを気持ち上げて聴き入ってしまった。「高橋竹山津軽じょんがら節」爪弾かれ紡ぎだされる糸の音に耳を傾け目を瞑れば、そこには黒紋付で目を閉じて三味線を弾いている竹山が鎮座しているのである。三味線の音が頭にこびりついてしまったあからには、さっそくにも手に入れなければと今日買ってきたCDは73年渋谷ジャンジャンでのライブ盤、竹山の語りも入ってる音源でリアリティあるが、拍手が笑い声がチョト邪魔かなあー!ライナー読めば「竹山・その芸の原点」農家に生まれ麻疹こじらせ失明、子どものころはご飯もろくに食べられず、小学校にはいかず、ぼんやりとものの輪郭しかみえない、野山の匂いと鳥のさえずりを友とし、農耕馬の世話が得意な仕事であった。15歳に戸田重次郎というボサマ(三味線をもって唄を唄う盲目の遊芸人)に住み込みで弟子入り生活を、三味線と唄だけではなく、門付けとして歩く方法や自分の力で生きていく道を教えてくれたそうである。竹山にとって唯一尊敬すべき師匠なのだそうだ。「好きで選んだ道ではなかった。私には、そうするしか生きる手立てがなかった。」と竹山は述懐しています。三味線の深い底の方からかすかに聴こえてくるような気がします。高橋竹山(本名定蔵)1910年青森県東津軽郡中平内村小湊出身1998年没
2008.02.17
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ひょんな、きっかけで始めた「スウィングしなけりゃ意味がない」も、一年続けてきました。結構自己満足の世界でしたが、目に見えない友人ができた(と思っている)かなと、嬉しく喜び勇んでいます。まあー、振り返ると、どこも変わらない、いや、変われないと言ったほうが正しいのでしょう。ダサイ感じがプンプンしていますけれど、これからも一生変わらないことでしょう。書き綴る文字でどれだけ表現しきれるか?はたまた、駄文に終わって、誰からも相手にされなくなってしまうのか?とにかく日々緊張感とユーモアを持ちつつ、変わることのない我が思い我が心の叫びを、このブログにさらけ出していくことにしたい。まずは、もう一年!!
2008.02.15
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正月そうそう「高田渡生誕会59」へ、花の東京は吉祥寺まで足を運び、楽しい3日間を過ごしてきたのが、災いしてか?花のお江戸は大東京に相対するのが浪花は大阪!とくれば70年代関西フォークのメッカ「春一番」となるのです。東京で観た生誕会出演の我がアイドル達にいささかの欲求不満?それらを晴らすため、5月の連休はやはり行かねばならぬ、行かねばならぬ!と目指すは、大阪・豊中市「服部緑地公園野外音楽堂」なり!どうも、風太さんに会わなければと、気持ちが微妙にうずき始めてきているのです。5月2日から5日までの長丁場コンサート?どこを観に行こうか?プログラム次第で日程を決めようかと思っています!(でも行けるかな?と一抹の不安もあることはあるのでした)ネットで「服部緑地公園」検索しました、マップにアクセスに(伊丹空港からモノレールが早いし便利そうだ。)飛行機も早割りで予約できればいくらか安くも!服部緑地公園駅から梅田駅までも電車で近そう。宿泊は梅田で夜は「ジャズ・オン・トップ」で清水ひろみさんの歌も聴きたいし、ジャズ・ライブ三昧もできたら最高だなぁと、今は夢の中か??!!澤野工房へも何年ぶりかで寄ってきたいし、梅田の中古レコード店「ミムラ」へも今度こそ行ってみたいし!と益々夢は大きく膨らんでいくのでした!!!???大阪へだったら誰かさんとも会えるような気もしてきたし!!さあー!どうしたものだ??
2008.02.14
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先月上京の際に息子と会ってきた時、「今度、寮を出ることになったて、2月中旬にはアパートへ引っ越す」と言っていたが、今日の今日まで何の連絡もないのでした。うまく事が運んでいるのだろうか?と親心に心配しているkey-sanです。最低限の生活必需品くらいは揃えてやりたいと思っているが、息子は何にも要らないのだろうか?それとも、すべて解決しているのだろうか?とにかく、急に!「今すぐ、何々が必要だ!何々を送ってくれ」とだけは言ってこないように祈るのであった。何事も事前に準備の私には臨機応変な対応はかなり難しいのである。頼むよ?我が息子!!
2008.02.12
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今朝は目覚めよく起きたは良いのですが、なんと外は冬将軍じゃないですか?なんともいやな風景を目にしてしまった!いやな予感が、頭の中を過ぎったのでした。何事もなければよいのだが?!さあ、新聞に目を通し時間を待つこと44分、聴こえて来ました軽快なのりの、あのなぎら健壱の歌声が!今日は村上律と中川イサトの紹介です。72年のアルバム「律&イサト」から『飲んだくれ女』とイサトさんのアルバム「お茶の時間」から『プロペラ市さえ町あれば通り1の2の3』の2曲がかかる。お二人の軽い経歴のなかで、律さん「アテイション・プリーズ」このころはまだアマチュアだと思うが、69年のフォーク・キャンプ・コンサートの実況盤に「アテイション・プリーズ」が出ています。「アーリー・タイムス・ストリングス・バンド」は知る由も「ラスト・ショー」(確かにこいう名前のグループは在りました)にも在籍というかそのバンドを組んでいたとは知らなかった。中川砂人(イサト)さんはモダン・フォークのPPMが出発点で(PPMフォロワーズ)アマ・コンで西岡隆氏と出会い「五つの赤い風船」結成(西岡たかし、中川イサト、藤原秀子、長野隆)アルバム2枚目まで活動。離れてからは、金延幸子さんらとグループ結成し活動、そして律&イサトを経てから(そろそろ、もういいかなと)ソロ活動に、そして今また「五つの赤い風船」再結成、さらにまた律&イサトも復活したそうです。ちなみにイサトさん抜けた風船の後任に「東東(あずまとん)」さんで、その以前は律さんと同じ「アテイション・プリーズ」出身ではなかったかなあと思い出したのでした。本名は「東祥高(あずまよしたか)」イサトさんのギターは、この間「高田渡生誕会59」で観てきたましたが、本当に素晴らしいです。(海外でも賞賛されています)また、ご自身のギター・スクール(ただし現在はお辞めになっているとか?らしい?)から押尾コータローを輩出していますしね!来週は「優歌団」で『いやんなっちゃう』か?『いゃんなっちゃう』かな?『いゃんなっちゃた』だったか?ああー、もうー、いやんなっちゃうなあー私の記憶のなささ加減?で、今日は葉書きもメールも読まれなかったぞ。と言うことは全然送られていない?、リスナーが離れていったのか?確かにこの私も1月20日以来のご無沙汰でしたから、きっとそうなんだと。よしメールを送ろう番組が終わらないように!
2008.02.10
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久しぶりに、というより本日から正規key-sanブログの再出発なのです、パソコンが本格運転になりました。この間は、仮の姿でなんとか乗り切っていたのでした。そうは言っても「高田渡生誕会59」での書き込みが、やっぱり記憶を辿りながらの難産でしたので、なんとも疲れが出てしまっっての今日なんだろうと・・・?そんな訳で今日は何をと考えたのでしたが?朝一番で、脳ドッグに行ってきました。昨年までの公立病院は赤字で民間移譲に、で今回より日赤病院へ検診にでした。以前の病院のMRIと比べて、ここのMRIは数段グレードアップしていた。まず圧迫感がなく寝心地が良い。しかもなんと検査時間はおおよそ30分と早いのでした。さらにその30分後には、自身の頭部断層が次から次とモニターで見させてもらいながら、検査結果の説明をしてくれるのでした。異常なしで一安心のkey-sanでした。それから今月の「あのころ・・・」は加藤和彦さんから西岡たかしさんと豪華メンバーのようです。絶対に明々後日は聴き逃さないぞう!!俳優の大杉漣さんのDVD買いました。映画じゃないんだ「FURIDASHI LIVE!」生まれ故郷の徳島でのアコギ弾き語りライブです。「俺らいちぬけた」「伝道」「春夏秋冬」「白雪姫の毒リンゴ」「どうしてこんなに悲しんだろう」「教訓1」「春のからっ風」岡林や加川良、泉谷に拓郎の曲をカバーしてるのです。漣さんが「我々同世代、同じ歌が心に引っかかって、歌いたい、伝えたいのです。」ちなみに芸名「大杉漣」の「漣」は、あの高田渡氏のご子息「高田漣」の「漣」の字を頂いて芸名としたのです。
2008.02.07
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