楽屋裏博物館

楽屋裏博物館

よい時代?


パートわんわんわん

今より時代を遡ること30年、ワタクシADは将来の生業を「ハードロッカー」と定め、日夜鏡の前でポーズの練習をしていた。(おかげで楽器はあんまり上達しませんでしたな)そんなワタクシにとって1970年代とは「あまーいい蜜の時代」でしたな。

今に比べて全く情報が無い時代にもかかわらず「複雑な情報化時代」などとぶちあげられ、全く不正確な海外音楽情報が跋扈しておりました。いやあ、もう御伽噺でしたな。かくゆうわたくしもそんな海外ロッカー伝説に惑わされ、流され一喜一憂していた一人です。

ある日、雑誌にミックジャガーのインタビューが。

「俺様の美声の秘密?それはのどの薬さ、バドワイザーって言うんだ」・・・

俺様?
英語で何て言うんだろ?
という疑問はさておいて、速攻で行きました、薬局。当時住居しとりましたS県F市。いまだにセブンイレブンが夜の9時に閉店するという伝説の町。

当然「バドワイザー」なるのどの妙薬はありません。翌日、がっこサボって花のお江戸へ。当時の上京方法は二つ。

身延線、東海道線を乗り継ぎ東京駅着。
あとは自転車で東名高速バス停までまっしぐら、そこから東名バスで一路東京駅へ。

だからワタクシにとっての東京って東京駅八重洲地下街のことでしたな、はははは。

「すみません、あのーバドワイザー、ありません?」

ところが、いまでこそバドも普通のビールですが、当時、都内でもバドを扱ってる酒屋など少ないのです。当然薬屋さんのご主人も「バドワイザー」なるのどの妙薬がアメリカ産のビールであることなど知りません。八重洲地下街から日本橋までのすべての薬局を制覇しましたが結局入手できず。日本橋で「もんじゃ焼き」なる不定形の珍にて奇なるものを食し、感動して帰郷いたしました。

翌月、あまりのバドワイザー問い合わせに閉口した出版社がコメントを。

「バドワイザーとはのどの薬ではありません。これはミック氏の冗談で、本当はアメリカ産のウイスキーの名前です」

まあ、そんな時代でした。(お解かりでしょうが、バドワイザーとは、あの、ビールのバドワイザーのことです、念のため)そんなお茶目なコメントを振りまく海外のアーティストですが、われわれもめげ、ません。

騙されても騙されても音楽雑誌のインタビュー記事に一喜一憂、涙する生活に変化はありませんでした。(って練習しろよ、俺様ったら)

ある日、書店からまたまた雑誌が。巻頭インタビュー!!「ビッグスターが本誌だけに語った、一番好きなボーカリスト!」な、なんとあのロッカーたちが、注目するボーカリストを激白、ですと!見ねば、これは見ねば!もう心臓はどっきどき、ページめくる指が震えます。

「なになに、ト○―ボー○ンは○リビ○―N-○ョンだと!許せん!」(じゃあどうするんだ、俺)などと言いながらもMの欄へ、そう再びミックジャガー氏の登場

「俺様が認めるボーカル、そりゃなんたってJペイジだろ」

え!?Jペイジ、あの伝説的バンド、Lツェッペリンの神業ギタリストの?そうだったのか、一芸に秀でるものは・・・そうだよな、きっとあまいー声なんだろな、いや、シャウト系かも。すげーな・・・・。

それから、一時期、「君の好きなボーカリストは?」の質問に「Jペイジ」と答える若者が多かった、と聞きます。

ああ、そうだよ、そのとーりさ、またまたひっかかったのさ、笑えよほらほら。事実は、何かのパーティーかなんかで酔ったJペイジが大声で歌った歌があまりに○○で、それを聞いたミックジャガーが「やつこそ世界一のボーカリストだ」と言ったとか言わんとか。

その情報を聞いた現地のエージェントが雑誌社に「ミックはペイジの歌がお気に入り」といったとか言わんとか。当時のインタビューなんてそんなもんでしたな。

でもね、本当にいい時代だったのよ。でもソンナ日本の状況に???が連発だったのは当のロッカーの方だったのです。(明日につづく)

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