散ばった記憶を一つの本にするようにつなぎ合わせて編集して、
  一つの「思い出」という大作を仕上げる。


            ~雨~ 



その日は雨が降っていた。
前の日に高校の卒業式を迎えた「わたし」は、
昨日と打って変った天気を気にも留めていなかった。
ただカンニングペーパーだけを濡らさないことだけに気を取られて。



さかのぼること半年。

「ダメだ、昨日はいいと思ったんだけどなぁ・・・」

最後の夏休みを迎えた「わたし」は何度も何度も同じ手紙を書き直していた。
最後にして最大、とにかく苦痛の夏休み。
苦痛の理由はその手紙の内容に関係していた。


それは今まで内気でシャイだった少年の心を突き動かすくらいの、
とてもとても大きな恋心。

「手紙なんて古いかな、でも直接言えるわけないし」

最後の一枚を迎えたレターセットを目の前にしてつぶやいた。
所詮イイ台詞など思い浮かぶはずも無く、手紙の参考書は大好きな歌手の歌詞カード。
自分の言葉になるはずもなく、しっくりこないのは当たり前。
それでもなんとか自分の気持ちを伝えたくて「わたし」は新しいレターセットをまた買いに行く。

「苦痛の夏休み」は気持ちを加速させるには十分すぎる時間だった。




夏休みも終わり、待ちに待った2学期。
でも同じ部活だった「彼女」とは中々会えない。
クラスも違う階、手紙を渡すチャンスもない。
それ以前に渡す勇気が無い。
そのころ「わたし」は「手紙を渡す」という人生最大の大一番をまったく考えてなかったのだから。

それでもちょっとは運命が引き寄せる。

「あぁ、ひ、久しぶり。なに、今日は部活に顔出すの?」

不意に出会った彼女に、引きつりながらも嬉しくてたまらない「わたし」
顔を見ただけで幸せな気持ち。

「うん、ちょっとはカラダ動かさないとね」

一緒に行こうなんて台詞はシャイな17才には到底ムリな台詞。

「そっか、頑張ってね、じゃあね。」
「うん、じゃあね」

帰りの自転車はペダルも重い・・・
そして「わたし」の手紙作りの日々はまだまだ続く。
レターセットも3冊目になった。
焦ってコンビニで探すから、エアメールのレターセットを買ってしまう。
たしかに海外にいるくらい、二人の心の距離は離れてたけど。




さすがに3冊目のレターセットにもなると完成形が見えてくる。

「なかなかいいかも、あしたまた読んでみよう」

『翌日に読むとなんでこんな事書いているんだろう』病に冒され始めていた「わたし」は、
いつのまにか人の気持ちの動きみたいなものを理解し始めていた。

「人の気持ちはいつも同じではなくて、高まったり落ち着いたりするんだな。彼女に伝えるタイミング・・・もうあの日しかない」

そう、3ヵ月後に卒業式に照準を合わせたのだった!
卒業後の進路には目もくれず・・・

「わたし」は計画を練りに練っていた。
「チャンスは一度きり、これを逃したら次はないと思え」

背水の陣を布いて自らを鼓舞しながら「わたし」は相変わらず手紙の清書にいそしんでいた。
そして5冊目のレターセットは、なぜかちょっとかわいらしくなっていた。



月日は流れ。



卒業式、それは高校生活一番のイベント。
それぞれに夢を描いて、新しい何かへと放たれる日。
「わたし」は卒業証書を手にしていた。
正直どうでもよかった、感動も無かった。
だって胸のポケットの手紙のほうが何十倍も濃いのだから。

「よし、行くか・・・でもその前にトイレだ」
決戦の場、部室へ行く前にトイレに向かった「わたし」にミスが生じた。
なんと「彼女」と出会ってしまったのだ。

「これから部室に行くの~?」

彼女の不意の攻撃に戸惑う。不意打ちだ。
周りには誰もいない、二人だけの空間。

「あぁ、うん、もう少ししたら行く」
「そっか、じゃまた後でね」

・・・自らを奮い立たせていた「わたし」の心は折れた、最大のチャンスを逃したような気持ち。
だって周りには誰もいなかった、この後予定していたプランの数倍の好機。

「ここで渡せぬのなら、この後にだって・・・」

元のシャイな少年の姿がそこにはあった。
後悔は恐れへと変わる。
「やばい、どうしよう・・・」




部活、最後の集合。
後輩からの色紙。
送る言葉。
感動の別れ。

何も覚えていない。申し訳ないくらい・・・






帰り道、友達とのカラオケで荒れる「わたし」がそこにいる。
「ふたり、黄昏に片寄せ歩きながら~」
尾崎豊も罪な歌を作る。
だって今日は聞きたくないんだもん・・・
3月10日、世界は急速に狭まるように思えた。


・・・
・・・
ふと湧き上がる気持ちがある。
もやもやと、でも確実に。
「なんだろう、この気持ち・・・」

考え抜いた半年は確実に大きなチカラを作り出していた。
自分自身も想像していなかったくらいに。

そして小さな気持ちの湧き上がりはやがて大きな決意へと。

「よし!あした、彼女に電話しよう」

それはなぜか分からないが、「わたし」の中での決定事項だった。


「ん~ふぅ~」
以前と同じように必死に台詞を書き始める。
しかし今までのようにレターセットに向かう時とは違い、
相手方の出方も伺いながらの台本作り。

「まずはつかみだ・・・」
ファーストコンタクトで大体の勝敗は決する。
相手方の先鋒は本人か母親か!

『わたくし、高校で一緒だった○○と言います。
 ○○さん、いらっしゃいますか?』あぁ、

「まず彼女が出ることはないだろう、母親が固いな」
根拠のない予測が後に起こる悲劇を加速させる。

『あぁ、もしもし、○○だけど、ごめんね、今大丈夫?』

なにが大丈夫なんだかわからないが、ついつい聞いてしまう。

『あのさ、本当は昨日言おうと思ってたんだけどさ。』

『ずっと前から、好きだったんだ』




台本は自分への後押しだった。
もともと付き合おうとかは考えていなかった。
ただ伝えなくては先に進めない気がしてた。
一番願っていた結末は、彼女が幸せになること。
人は誰かを好きになり過ぎると「愛する」気持ちになることを
微かに感じ始めていた。



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