あいうえおより123

あいうえおより123

~小学校 障害児学級その4



小学校が変わりました
 学区内の小学校に、支援級ができたので、戻ってきました。
 残り一年という微妙な時期でしたが、、
 小学校卒業という転機を迎えるので、チビの気持ちが安定できる場所を求めて動きました。

 支援級には、知的クラス・情緒クラスなど分かれている所もあるようですが、
 ここは、みんな一緒です。(チビが知的クラスに入れてもらってるということになってます)
 学年ごとに、下校時間は変わります。
 交流に行くときは、一緒に行くことになったり、別々に行ったりします。

・・・

前期は、支援級の学級委員になりました。
学級日誌を書きました。
忘れてしまうことが増えたので、後期は他の子に代わりました。。

帰りのあいさつを前に立ってします。「日直さん」と言われてます。
先生とか支援級の雰囲気によって、方法はいろいろあるみたいで、
1・2年生の頃は、前に立ってあいさつをすることは、みんなが
交代でやってました。
チビは、脱走したり崩れたりすることがあったので、できないことも
ありました。

支援級の給食当番は、毎日あります。
通常学級のように人数に余裕が無いので、係を決めてやっています。
給食の他にも、窓係や電気係・保健係などがあります。


--支援級で学習していること--

国語・音楽・図工・習字・裁縫

上履き洗い(毎週、学校で洗ってくれたので母は助かりました)

バスで買い物に行って、おやつを作ったこともありました


--交流--

分団登校

週一回のたてわり集会・・・卒業の時は、似顔絵+メッセージをもらいました。
                似顔絵は、とっても上手に描けてました。
                感謝です。

委員会・・・飼育委員(前期)とフラワー委員(後期)になりました。

体育・・・運動会に参加しました。
     通常授業にも入れてもらいました。
     (サッカーなどの集団球技や水泳の時は、入りませんでした)

算数・・・塾で予習をしてから入ったので、順調でした。

理科・・・チビの気持ちの安定には必要不可欠な学習です。

修学旅行・・・奈良・京都に行きました。

校外学習・・・科学館に行きました。

給食・・・・・修学旅行の少し前から、交流に行き始めて、
       その後は、毎日行くようになりました。

学習発表会・・・今回は、劇でした。通常級に入って、子どもの役をやりました。




--聴覚過敏--

チビが転入したと同時に、他にも支援級に入ってきた子がいました。
見学した時には、いなかった子たちです。
不安があったのかもしれません。
4~5月は、聴覚過敏が強くなっていました。
なので、ミュージックプレーヤーを持たせることにしました。
音量をMAXにしてしまうチビに、
「嫌いな音を完全に消すことができないんだったら、
このくらいだったら大丈夫っていうくらいの所で
調節しようね」と約束させて。

交流が増えるにつれて、ミュージックプレーヤーを使った形跡が
見られなくなってきています。
気持ちが安定している時は、聴覚過敏も弱くなってくるのかも
しれません。

総合病院に行きました。
耳の聞こえの検査は、異常ありませんでした。
MR検査も、異常ありませんでした。。

・・・

聴覚過敏が、精神不安定を引き起こして、学校で学習することを
難しくさせるということが、一部の通常級の子には理解できない
ようでした。
嫌な音があるという感覚が、痛い注射が嫌いという感覚と同じように
とらえてしまう子がいたようでした。



--中学校 進学へ--

中学校の支援級からの高校受験は不可能と言われ、、高校で学習したい
という希望を持つチビのために、可能なら、通常級に入れて欲しいと
お願いしました。
この時、中学校に持って行ったのは、進研ゼミの実力テストの結果でした。
中学校では、学習についていけるかどうかが、一番の判断材料になるようでした。

小学校には、中学校で相談したことを伝え、同時に、中学校の通常級で
学習するために、チビに必要なことを指導してほしいとお願いしました。
2学期に入った頃のことでした。








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