義母乳癌判明

9月7日 金曜日  義母乳癌初受診 

昨日はなんと朝の8時半から夕方の5時まで某大学病院に居た。
診察までで13時。その後各種検査に。
まあその間には連れ去り事件とか、迷子事件とか、院内放送事件とか、
だから義母に言いつけたって無理なんだってば事件とか
いろいろあったんだけど、長くなるので割愛して、
一番大変だったのが「肺機能検査」。

どんなのかというと、肺活量の検査って感じなんだけどね。
昔ながらのあの機材ではなく。なんか難しいのよ…。義母には、だけど。
吸って吐いての手順があるってだけなんだけど。しかも2種類もある。
わたしゃ 「あのーパス1とかダメですか?」 と言いたかったね。

義母本人も泣きか暴れが入りそうでひやひやした。
「ちょっと休憩にしましょうか、他まわってまた寄ってくださいね」
って一番泣き入れたかったのは検査医かもしれない…。汗
再び挑戦するも結局まともな検査結果はとれないまま、終了。
いやー長い一日だった。
さって、今日は義父の病院だ。ひー。

9月8日 土曜日  おおぼけな一日

昨日は義父の薬をもらうだけだったので、一人で行かせてもらって楽だった。
しかしひとつだけ落とし穴が。
病院での手順を済ませ、処方箋を持って病院の前の薬局に行ったのだけど、
なんも考えず薬局にすっと入って受付に紙を出して待ってると、
「義母サマ初めてのようなのでこちらにご記入を」
(別の病院での処方箋だから)んーそうなのか。義母の名前を記入しはじめる。
「あの、義父サマも初めてのようなので」「え、、?!」
「ここどこ」
薬局を間違えたらしい。「○○薬局ならお隣です」と
あまり嬉しそうでない笑顔のお姉さんに処方箋を返してもらいましたとさ。
そこまでボケるとかえって晴れ晴れしい気分になったりするから不思議だ。
んー嫌な客だ。

その後、義父母と共に昼外食と買い物を済ませ、
その間友達とメールで連絡を取り合い、束の間のお茶へ。
その帰り、帰り道を間違う。(爆)
自分ちへ帰る道でなく、義父母んちへ向かってしまった。
脱力感のあまり、走りながら友達へその旨をメールで伝えると、
「やるなぁ」とかえってきた。ナイス。(死)

夜はご飯を研ぐのを忘れていた。ダンナが早めでお迎えだったので外食。
2日間×昼夜外食。んーなんかなぁ。汗
まあ、その4回のうち3回は義父母が払ってるからいっか。ってことじゃないか。

9月10日 月曜日  桃の謎

夕飯に合わせて実家へ。ご飯作って、そろそろ出来上がりって時に義母脱走^^;
しばらくしたらバツが悪そうに(ってとこに安心したりして)帰ってきた。
なんだかはあはあしてる。謎すぎ。
「どこいってたんよ」「逃げてきたの」(なにから逃げたのよ…ぁぅ)
「買い物いってきたの?」(買い物趣味だからね)「行ってないよ」…謎すぎ。
すげえ高そうな桃を一箱買ってきた模様。(本人はもらったって言ってる)
んーはあはあしてたし、盗んできたか?^^;アセアセ。謎は深まるばかり…。

9月13日 木曜日  癌判明の日。後悔先に立たず…

義母の検査結果を聞きに病院に。今日はまたむちゃくちゃ混んでる。
義父が「あと何番目か聞いてきてよ」っていうから、
「自分で聞いてきなよ」って言っちゃった。いつもは聞いてやるんだけどね。
それからずっとぼそぼそぐちぐちなんか言ってる。
っるせーんだよ。聞こえないふり~。
…放置してたら、あーめんどいから書かないけど、むちゃくちゃなこと言ってる。
義母が「うるせーんだよこのおやじは」と。義母のがまとも。

義母の検査結果は悪い予想通りだった。
ついこの間他界した義母の姉と同じ病気。
軽い痴呆で同病院に通院している義母の状態を考えると
事前に家族に相談して欲しかった。

義父はこの期に及んで診察室に入らなかった。
わたしがしっかり話しを聞かなければと思った。
わたしは最後まで黙ってればよかった。
そんなこと無理だよね。義母と医者だけで会話は無理。
いや、そうじゃないよ。
義父に聞かせて、わたしは書記(頭の中の)に徹したかった。
義父に入らせなければいけなかった。大失敗だ。

「病名は乳癌です」ハッキリくっきり告げられる。
それは義母とわたしと二人だけで聞くには重すぎた。

ものすごくゆっくり時間がどんどん過ぎていく感じだった。
「どんな手術をするんですか」
「…よくないんですか」
「とってしまえば大丈夫なんですか」

矢継ぎ早に聞いたわけではない。
その間それぞれ死ぬほど長い(と感じた)沈黙の時間があった。
わたしがそれに耐えられなかったのだ。
なんでそんなこと聞いてしまったんだろう。
義母に余計なことを聞かせてしまった。
なんの慰めにもならない、追い討ちをかけるような言葉を。
なんてことなんだ。ものすごくくじけている。

いつまでも済んでしまったことを悔やんでばかりもいられない。
入院までの間、大丈夫だろうか。
入院中はどうなるのだろうか。
不安は想像しきれない。

9月15日 土曜日 敬老の日  それぞれの戦い

昨日から今日は学校があると思いこんで、
わざわざピッチに目覚ましをセットして起きたら休みだった。
ゆうべは遅く寝たというのにショック(汗)。なのでもう一度寝なおした。
起きたら11時半だった。4時間+3時間=7時間か。まあ、そんなもんでしょう。

んでボケボケしてたら義母が来て焦った。
義弟の車で買い物に行った帰りで、一緒に昼でも食おうと。
手術が決定した義母だが、血糖値が高く即手術が出来ない
という連絡が入った。血糖値の治療が先になるようだ。

義弟も義弟なりに気を使っているのだろう。
本来優しい性格ではあるわけで、
ただ人とのコミニケーションの取り方が下手。
そして少々常識欠如ゆえ困ったものなのだが。

昨日実母が来た。前日にアポとって。
わたしはこちらの状況を話したし、疲れているので(精神的に)
対応できるか自信がなかった。
母もそれを承知の上でくるのだから、相当なもんだ。

前半はやばいかと思ったけれど、切れることなく相手をしてやれた。
向こうもわたしの疲れを汲んではいたからね。
ま、汲んでるなら来るなって感じではあるが。

母は心配事を自分でかかえきれず爆発しそうで、
それを聞いてもらいにきたのだ。
「ツインタワーみたいにわたしが爆発して、アンタまで爆発しちゃうわね」
なんてノンキなこと言ってた。

母の悩みはすべて父に帰結するものである。
それを冷静に伝えると涙を流していた。

9月16日 日曜日  結局また愚痴で終わる日記

今日は義父母を○○山に連れてってあげました。
お兄が林間学校に行ったところ。
どっかへということで、近場で義母の好きそうなとこということで。
わたしは初めて行ったと思うのだけど、
ダンナは絶対に行ったっていうのよね。
で、初めて行ったつもりのわたしとしては、
こんなとこ来て喜んだのだろうかと疑問。
まあ、いっか。どこでもいいんだろうし。
あとは孫たちが喜ぶ顔が見たいんだろうな。

義父は心臓が悪いんだけど、結構平気で階段上ってたなぁ。
なんだよ。元気じゃん。
一番体力なかったのはわたしだった。爆。
まあ、月もんの日だったし。
↑明日大潮らしいし。
↑って釣りバカのダンナが
(じゃあ世の女性はその2週ごとにある大潮の2グループごとに月もんが
くるのかよ。って言ったら、「そうだ」と断言するダンナ。あっそ。)
帰りの渋滞はかなりきつかった。
100%わかってる渋滞はやっぱやめようよ。

お兄が「アッチのばばたち(わたしの両親)は一緒にいかないの?」
って言ってた。
それ聞いて思った。ほんとそれも言えてるよな、というか、
義父母ばっかしょっちゅう一緒にいて、わたしの親は
3人娘みんな嫁に出てって、今わたしがそばに住んでて、
たまに様子見にいくけれど、一緒にどっか行ったりはない。
義父母のことよくしてやってあげすぎ、ってふと、ものすごく思った。

しかもそれが当然って感じだし、甘えられすぎ、
強制されてるようで、すごくイヤ。
もちろん今は病気とかあって仕方ない部分もあるけど。
そしてわたしの親の方はどうでもいいからいいんだけど。爆
甘ったれの自立しない自己中の義父母。特に義父。
少し前から義父が嫌いで嫌いでたまらない。

9月19日 水曜日  親不幸だなぁって思うとき(義母編←しかないけど)

今義母が来た。ふらりと義母が来るのは前からだけど
この1、2年、今思えば痴呆が始まる前くらいから頻繁になった。
実は今は寝ていた。次男のスイミングの合図で起きた時だった。

わたしは寝起きの顔でヌボーっと出て「なに、どした」
「いやいや、今ね**がね(いつもの意味不明)」
そして「なんでもないない」「ん?買い物?」「ちがうちがう」
「今スイミング行くとこで支度してんだよ」「いいのいいの」
と言いながらとっとと帰ろうとする。

わたしは義母をうまく追い返してるわけだ。
わたしはそれを見送りながら、(あ~また…)と胸が痛む。
ここで時間があればそのまま
「買い物でもいこっか」(と言えば必ず行くから)
と一緒に買い物に行ったりもするのだけど、
子供がちょうど帰って来る時間とか今みたいなときの方が多い。
そのまま帰してしまうこと。

つまり早い話しが家にあげてあげられないせつなさ。
「なによ。ちょっとあがんなさいよ。」と言えないこと。
実母なら言えるけどね。ってゆうか実母はアポなしじゃ来ないけど。

なぜあげられないかって、そりゃああた、
こんないつでもすさまじく散らかった家…。
義母もびっくらこいて具合悪くなっちまうかも。
わたしがバツが悪いからって方が理由としては大きいけどね。

それならば、いつでも「あがんなよ」って言ってあげられる家にしなよ。
って思うね。そう毎回思っても変わらないのはなぜ?…もっと想いなよ。

9月20日 木曜日  朝は気をつけたまえ

昨日テレビの仲居クンの家族会議とかってので、
虐待のことをやってて、この番組って見たくもないんだけど、
なんとなく見ておこうと思って見てた。
やっぱり中途半端でくだらなかった。
やるならやるでもうちっと徹底してやってくれよ。

あれならわたしが出たほうがましと思ったね。
(ただしプロデュースもわたし)
親から虐待受けても強く自分を生き、
自信を持って母親してる姿を演出。(をい)
是非ゲストで呼んでください。(なんか違う)

ってわけで今日は義母の病院。
薬だけわたしひとりでテキトーにとりにいくつもりだったのが、
朝義父が電話してきて外来だっていうから…。
なんだよそれ。早く言えよ。
どうぞアナタの気の済むようにしてくださいって感じ。
超最高に機嫌の悪い朝でした。朝弱いんだってば。まったくもう。

9月21日 金曜日  はーーー身も心もくたくた

てめえは黙ってろぉぉぉーー!!!わたしに2度と話しかけるなぁぁ!(それは無理)
あ、これは義父への心の叫びです。

虐待は父から母へ。母からわたしへでした。
わたしは家を出たら解放されたけど、母はいまだに地獄らしい。
離婚すればいいだけなんだけど、母は自立が出来ず、
母を見てやる人がいないと無理みたいで、どっか相談しにいこうかな、
って「娘さんが面倒みてやってください」「いやです」
って会話で終わりかしらん。爆
あーわたしはどうでもいいんだけど、うざいから。

ここからは(ここまでもだけど)わたしのストレス解消のためだけに、
今日のことをだらだらと本能のままにタイプします。

今日は義父の薬もらいに。なんか混んでたなぁ。座るとこなかったし。
昨日の義母の病院で出た処方箋と合わせて、薬局で。
薬だけで病院~薬局に1時間半は長いな。
午後義母の超音波検査があるんだけど、時間がまだ少し早い。
一度家に帰るのはしゃくにさわるので(反対方向だし)、
銀行、古本屋、駐車場でメールをちょっと打ったり、
おにぎり食ったりして時間調整。

さて迎えにと近くから電話しても出ないじゃん。
なによ、もう外出て待ってんのか?って外にも居ない。
訪問したら居たけど。電話鳴らなかったってさ。
なんだよ、その電話。わけわかんねえ電話使うなよ。
その後も電話のことをぶちぶち義父が言うから
「人んちの電話のことなんて全然わからんよ。
使えねえような難しい電話機使うなよ」
と優しく言ってあげました。ほんとにそう思うよ。

検査のために義母は飯抜きで、義父も付き合って飯抜きで、
検査終わってから今日も夢庵。
あーもうほんとそこのパートの知り合いの子より多く夢庵に来てるかも。
でもわたしはお腹が空いていない。
あそこなんもデザート系でも食うもんないんだよな。
一瞬夢庵じゃないところとひらめいたのに、
義父さんは夢庵で鍋焼き食いたいんだってさ。すげえムカつく。あっそ。
しょうがないからわたしはドリンクバー。

食事中に義父がまたぶちぶち言ってるから
「それ言うとなんかいいことあんの?ないからやめて」
と言ってあげました。いいことはないけど、義父の愚痴なのだろう。
それを拒否するのは可愛そうなので、
義父もネットで日記書くといいかも。(げー)

でもその内容はわたしは主婦の敵です!と言ってるような内容だし、
わたしだけでなく義母もイヤがるので、わたしは断固戦う。(をい)
その内容って飯作りにまつわることなんだけどね。
義母からそれを取り上げたのはおまえだし、これ以上とりあげるのか。
義母をそんなに廃人にしたいの。ふーん。いい度胸してんじゃん。
わたしは義母の味方になれても、義父の味方には絶対なれない。すまんね。

なんか疲れる一日だったな。ほんとに。
おわり。と打ったら実母から電話。
義母のこと(手術いつとか)気になっての電話。
「なんもまだ。疲れてるので切るね」
キミの声聞くのが一番疲れるんだってば。

んで子供二人は寄れば触ればキーキーで「うるせーー!」って怒鳴る。
虐待はしないけどね。ってゆうかすっげえ可愛がってんだけど。
したらダンナから帰るコール「お疲れさまーー」が第一声だった。

雨だから迎え行って、帰り一緒に買い物。
疲れもふっとぶね。あら最後はのろけちゃったわ。失礼~

9月24日 月曜日 振替休日  3世代一緒に遊ぶのは難しい

近場の野っぱらで遊んだ。(義父母連れ)
梨狩りでも連れてってと言われていたが、
近場はもう時期が終わっているようで。
どこさいくよーーと時間はどんどん過ぎていく。
後で義父が「婆は、ちっとも電話かかってこない
って怒っちゃって大変だった」と漏らしていた。
義父も大変だけど、こっちも大変。

行ったのはただたんに「行ったことがないとこ」というだけの広場。
池があるだけであとなんもなかった。
シートひいてなんか喰ってキャッチボールとかしてた。

トイレが汚すぎなので2度と行かないであろう。
義母はあまりの汚さにめげて男子用に入ってしまった。(立ちション用)
わたしは他人の振りをした。
出来たのだろうか…今までで一番の謎である。

手洗い場は蛇口をまわしたままおさえてないと水が出ないという
珍しいやつだったのだけど、もちろん義母は使えなくて
すごい勢いで何度も出していて、全身&バッグの中まで
びしょ濡れになってしまった。
あっという間の出来事でわたしは止めることが出来なかった。汗

9月25日 火曜日  以下ほぼ同文

日記って究極の以下同文だねえ。謎爆
まあ、つまり同じような日々ってことだけど。
それを言っちゃ~…だね。笑
そうよ。日記修行中の身としては、そんな初歩的なところで
行き詰まってはいけない。気づかない振りをしよう。

今日は義母の病院。(ほらね。爆)
これからにわかに忙しくなりそう。
手術を早くしたいのだけど、血糖値の方もやばいそうで。
糖尿病ってことだね。次は腎臓内科、眼科、心臓エコーを受けるらしい。
ボスは外科、ボケは神経内科。
そして義父の呼吸器、循環器もあるわけで、
病院通いにさらに拍車がかかるわけだ。
ん~ますます以下同文日記になりそうだ。
しかしそれでも日記修行中のわたしは「日記」を書き続けるのだ。

9月26日 水曜日  くたくた

はーもうくたくただぁ~
説明できないくらいくたくた
いやもうほんとくたくた
くたくただーって叫びたいくらいくたくた
くたくたって日記書けるだけはくたくたじゃないじゃん
ってゆう突っ込みなしね
しかしくたくたはくたくたなんだよぅぅ!
え~いいつまででも言ってやるーー!
夢に出るまで言ってやるーーー!!
誰がなんと言おうとわたしはくたくただーー!! タグ使う余裕はあっても くたくただーーー!!!

9月27日 木曜日  発狂寸前

昨日も義母の病院一日がかりでした。
朝一番で腎代謝内科(だったかな)糖尿病の科だね。
とりあえず糖尿病で即入院することになった。
のだけど、夕方になってやっぱり外科で入院するので延期との連絡が入る。

インスリン注射を打つことになった。
万年筆みたいな注射器で一日4回本人が打つものなんだけど、
打てる打てないって話しで義父は自分の病気のことを延々と話し始める。
もういいよおまえは…。おまえも一緒に入院しろ。
医者も困って「どなたかしっかり覚えてもらえばよいんですけど」と。
はいはい、わたしなのね…。

その後眼科。網膜を見るために、眼に小さな穴を開けるとか。
説明はややこしかった。全部理解して臨むのは厳しいだろう。
簡単にいうと、糖尿病ゆえに手術で失明しないための検査
によって失明しないために穴をあけて検査する。ということ。^^;
これじゃ義父母も混乱するよなぁ。
義母はついには「ほらあそこの時計もあっちいったりこっちいったり」
って200%意味不明発言をしていた…。はぅ

他にも糖尿病というのは身体のあちこちで悪さをするので
それだけでもクセモノなのだが、手術するには最高に邪魔者のようだ。
失明するとか、傷口がくっつかないとか、心臓が止まるとか、足が腐るとか。

今日はやばいなと思ったね。
買い物では死人のように歩きながら、常に義父と2m以上離れることだけに
命をかけていた。(死人だったら命かけられないけど)

いつもなら平気な義母の数知れない意味不明発言に、
うまく付き合いながらも、常に聞こえないようにぶつぶつと
悪態をついていた。
叫びそうだった。気が狂いそうだった。

今日は薬だけだったのだけど、帰ったら義母の長姉が来た。

あーもう気が狂うほどに全部書きまくりたいけどとてもでも書ききれない もうわたし最低最悪 ありがとうそしてごめんよ

9月28日 金曜日  頑張ります

お見苦しいところをたっぷりとお見せして面目ない。
出動が朝いちじゃない日は子供を送り出した後、
こうやって朝の平穏な一時を過ごせます。(家事もしろですが^^;)

間が置けるとよいのです。今毎日顔を合わせるから。
もし同居してたら、それが当たり前なんだけどね。
自分の均衡が保てなく。
疲れ(心身ともに)がとれないうちに次がやってきてしまうから
またすぐに発狂モードに到達してしまいます。

実母のときもそうだった。間を置けたら優しくなれるのに。
義父が入院したときもそうだった。
この時が一番最初で、ほんとに壊れそうだった。
そういう事態になってからわたしは1週間口がきけなくなったのでした。

このときは義母を家に置き、かたときも離れられず
(痴呆の状態が不安定だった)、義父が退院してからは、
義母が自分の家じゃないと廃人のようになる、
毎日脱走されるという事態だったので、わたしが義父母の家へ通いで
朝昼晩の食事を毎日作りに行っていました。

これがものすごく大変だった。2重生活だったからね。
この時義父はもうわたしが毎食作りにくるのが当然のような扱いだった。
「うちは嫁が全部考えてやってくれるから」
と人に話したりするのを聞いて、もうダメだと思った。
それに始末の悪い義弟も問題だった。

夕飯配達は義母がイヤだと、ヘルパーは義父がイヤだと。
それがイヤならある程度自分たちでやってもらうしかないですと、
義父母の状態も少し落ち着いてきていたので、よくよく相談して
ダンナから話してもらって間引きができるようになり、
わたしも平穏を取り戻していた。

そして今回。もう待ったなしでしょう。
義母がいよいよ入院した以降の生活については、
わたしが潰れないことを大前提に全て考えたい。

病気と闘う義父母が一番大変だろう。
でもわたしはわたしが大事で、
わたしが潰れるのが誰にとっても今一番困るのだから。
強気でいくよ。どこまでできるかわからないけど。
自分の冷たさや許容の狭さにめげてしまいそうになるのだけど、
結局はそんなこと言ってる場合じゃなくなってしまうから。
わたしは十分やっている。よくやっている。やっている…。

そう。わたしは自分で言うのもナンだけどむちゃくちゃ明るい。
若いし、動けるし、元気だし、パワーあるし、少しは賢い。
わたしが沈んだらみんなどっと暗くなるだろう。
パニックになるだろう。ぐちゃぐちゃになるだろう。
だいじょぶだいじょぶ。わたしが居れば未来は明るい。
だからみんなわたしを大事にしなさい。よろしい?なはは

また叫んだり、愚痴ったり、へこたれたりするかもだけど、
そのときは m(__)m
さて今日は心臓エコー検査へレッツゴーだ。ガンバレ自分。

9月29日 土曜日  体力温存デー

明日は小学校の運動会~。
朝早く起きて子供たちのリクエスト弁当作り。ここまでなら正常。
そう、義父母がからむからねぇ。6人分の弁当を作り、
義父母を迎えにいき学校へ置き、わたしは自宅へ戻り自転車で出直す。
帰りも同じ。わたしがひとり自宅へ戻り車で迎えにあがる。
これが超めんどくさくって、すごいいやなのよ。
早起きして大量の弁当作るだけで大変なのにーー。
あーまったくもう。

わたしがなんとなく被害妄想気味に滅入るのは、
ボケてる義母がまだ若いから。
もちろん世の中いろいろ病気やらであることだけど、
よくある高齢のボケとは明らかに違うって感じで。

このあいだとある人と話したときに、
いろいろ情報を教えてくれながら、ボケ老人の扱い方を
その人のお母さんを例に出しながらしてくれたのだけど、
でもそのおばあちゃんはわたしも会ったことがあって様子はわかるけど
高齢なんだもん。いかにも足元もおぼつかない耳の遠い「おばあちゃん」
なんかね、話しを聞いててなんとなくだんだん悲しくなってしまった。

もちろんそうじゃない場合もたくさんあるんだろうけども。
「老人はこうよ」とか「こうすればいいのよ」「そんなもんよ」
って人生の先輩たちのたわいない言葉にわたしは滅入る…。

義母は65歳。中肉中背で姿勢がよくてお洒落で…
どこも悪そうに見えないんだよ。
しまいに「若いから出来るのよ」なんて言われた日にゃ…返す言葉もなく。

さて、今日は「体力温存デー」と宣言。
細則として「車に乗らない」「義父母と会わない」
もちろん誰も(ってーかダンナってことだけど)異存はない。
ところがー、早速義父から電話。
義母が美容院に行きたいって。わたしに連れてってもらえないかと。
はーどうしよう、いやだって言えないじゃーーん。

電話しながらダンナに助け求める視線を送る。
(さあ)というように首をかしげるダンナ。
でもしばらくしたら「今日は車乗らないって言ってたじゃん」
と言ってくれたので「今日はパスだな」と義父に伝える。

義母にも心苦しかったけど「わたしは行けないけども」と伝える。
それにこないだ美容院行ったばっかじゃん。一日がかりの大騒ぎで…。
(→朝行方不明になって、したら義母は美容院に行こうとしてたらしく、
でも妹の家に行っていて、その叔母さんが近所の美容院に連れていって
くれて、二人自転車で送ってきてくれて、その後義父の要望で
お礼がわりにわたしの車で夕飯をご馳走しに行った)

結局ダンナと二人で散歩がてら自転車で義父母んち方面へ行き、
前に行ったことのある美容院の所在を確認。その足で実家へ寄る。
義母だけなら…と妥協して、しょうがないからわたしは
「少しでも義父の気配を感じたら逃げるゲームをする」とダンナに宣言。

でももう気がのらなかったみたいで、出てこなかった。
で、その後ダイクマ、スーパーとまわって、結構疲れた。
全然体力温存されてないじゃん。笑
ま、ほんとは「義父母なしデー」って意味だったのよ。

9月30日 日曜日  そりゃ~もう頑張りました

今日の運動会は終わったとたんに雨がパラパラのセーフ。
朝はダンナがわたしのために義弟に義父母の送りを頼んでくれました。
6年目の奇跡!笑
ほっとしてのんびり弁当を作ってたら思わぬところにワナが!
油断しての落とし穴か?! 日頃の怠慢さのツケか?!
いや~主婦10年以上やってるけど、こんなこと初めてだったわ。
まぁ、事故や怪我じゃなかったからよいのだけどさ。

だから、なにがあったのさって。笑
からあげしようと油をフライパンに入れて暖めていたら…
な~んか様子が変かなぁとは思ったけど、いきなり
パン!って油が爆発~~!!
台所中油まみれ、自分の頭にも降ってきましたとさ。
あまりに突然のびっくりする出来事に、ものすごい冷静だったな。
「最低限の手当て分の時間を差し引くと間に合うかどうか」
なんて計算をおぼろげにしながら、ざっとそこらを拭いて、
テロテロな台所の中、何事もなかったかのように作業続行。
そしてシャワーを浴び、支度して自転車で学校へ行きました。

運動会の内容をひとつ挙げるとすれば、次男はビリ、長男はトップでした。
次男は「練習でいつもビリなんだけど一度だけ4位(6人中)になったんだよ。
本番は一等を目指すぞ。おーー!」と言っていたのがいとおしく~。^^;
小学校最後の長男の方はリレー第2走者。(重要なポスト←ただの親バカ)
走りは早いほうなので安心して見れました。^^v

んで帰りは、雨が降ってきたので、前例からいくとわたしが気をきかせて
早めに一人で家に戻って、車でお迎えに参上するわけですが、
今日は 「マヌケになった振り作戦」 決行。いつまでもボケーっとしてました。
したらちょうどよく次男(小3)がトイレに間に合わずおもらし~~(なさけな)
それも見てあげたいし、帰りも待っててあげたいし、ってなシナリオに。

だって、雨ん中一人で自転車で帰宅して、尋常でない学校前の渋滞の中
車で迎えに来るのなんて、やだねったらやだね。(前はやってたんだけど)
それに「見にきてね」ってわたしらも子供らも言ってないしー。
すげえ意地悪嫁さんって気もするけど、それでよし。
義父に「義弟は迎えにこないの?」とトボケて言うと
「電話してみるか」。はい携帯。と電話させまして、
義弟はしぶってたようだけど義父が「頼むよ」って言っていた。
なんかノリとしては逆切れのように、妙に腹ただしさがじわじわと。

それで義弟に迎えにきてもらって、さっさとお帰りいただきました。
わたしは次男と自転車で濡れながら帰宅。長男は後からびしょ濡れで帰宅。
最後にダンナがびしょ濡れで帰宅。
あ~しあわせなびしょ濡れ家族水いらず。笑
(あ、ダンナはPTA役員のため完全別行動でした)
そしてわたしは台所の大掃除。ぁぅ
夕飯はピザ。今日の掃除はここまであと明日。

つづく。

次回以降アップ予定
義母乳癌判明(アップ済み)
入院前←-----
入院中(義父仮同居開始)
退院後(同居介護)



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