恋涙 ~ renrui ~

恋涙 ~ renrui ~

前世の追憶壱拾参


どうしたらいいのか答えさえ見つけられずにいた

金曜日、夜八時
社内に残るのは来週行われるプレゼンの為に残業する
私だけでパソコンディスプレイからの灯りと手元を照らすスタンドの灯りだけが
私を照らす

区切りをつけ一休みしようと大きく伸びをし首を回すと
扉を開く音と靴音が室内に響く
私はその音に空を見ていた視線を返し音のするほうを見ると
心臓がドクンと大きく波打った
視線の先には緑青秀の姿があり彼は後ろ手で扉を閉めると
ゆっくり私に近づきコトンと音を立て珈琲が注がれたカップを私の机に置くと
私の隣の席に腰を下ろす

「お疲れ様です、梓さん」

いつの頃からか彼は私を名前で呼ぶようになっていて
社内の親しい人間なら珍しくなかったので私は気にもしていなかったが
雪はヤキモチをやき子供みたいにむくれていた

「ありがとう、緑青君」

私は珈琲が注がれたカップを手に取り口を付ける

気付いていた、今日彼女が一人で社内に残ることは
千年の時を越えようやく巡ってきたチャンス
彼女は警戒することなく珈琲香る白いカップに艶やかな唇をつける

それだけの仕草で俺は魅入られる

まとわりつくような視線を感じとっさに彼を見るも彼は穏やかな笑み
を湛えていて私はカップを置き室内を見渡してみるも人気はなく
居るのは私と彼の二人だけだった

コピー機が稼動し私は印刷された書類を取りに立ち上がり彼の横を
通りすぎようとした瞬間ガタンと大きな音が室内に響いたと思えば
私は彼の腕の中にいた

「ちょちょっと、離して」

突然の事に止まっていた思考がようやく働き彼の躰を突き放そうと
両手を彼の胸に当て押してみるももがけばもがくほど腕の力が強く
なり女の力ではどうすることもできないでいた

「好きだ・・梓」

耳元にかかるように放たれた言葉に私は無条件に頬を
紅潮させる

限界だった、彼女が俺の横を通った瞬間
彼女から香る甘い匂いが近づき一気に俺は動いていた
愛しい彼女が・・腕の中に居る
もがく小鳥を俺はもう離さない

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